表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
入学初日にクラス全員を拒絶した女子と関わったら、愛が重すぎる甘々彼女になった。  作者: あすれい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/94

第91話 苦いコーヒーと、甘いキス

「……しっかし、どうしようかなぁ」


 一階のキッチンに降りてきた俺は、やかんを火にかけ、一人呟いた。


 勢い込んで今日の予定を考え始めたものの、良い案がさっぱりなにも思い付かない。


 いい一日にする。

 言葉にすれば簡単だけれど、実際に考えてみると、これがなかなか難しい。


 花火大会やショッピングモールへデートに繰り出したこともあるが、ここ最近の俺たちといえば家にこもりきりだった。


 夏休みの課題を二人でこなして、その後は俺の部屋でのんびり過ごす。それがお決まりになっている。


 けれど、課題は先日全て片付け終えたばかり。そうなるともう、ひたすらのんびりするしかなくなるわけで──


「……なんて。一人で考えても仕方ないか」


 栞と一緒に過ごす時間だ。なら、二人で考えた方がいいに決まってる。


 やがて、やかんがしゅんしゅんと音を立て始めて、俺は考えるのをやめた。


 食器棚からマグカップを二つ取り出して、インスタントコーヒーの粉を入れる。そこにお湯を注ぐと、ふわりと香ばしい匂いが立ち昇った。


 その香りに刺激されて、ふと思い付く。


 ……今度、ハンドドリップに挑戦してみるのもいいかもなぁ。


 栞が朝食を作ってくれている横で、俺がコーヒーを淹れる。なかなか悪くない──というか、すごくいい。


 そんな未来を妄想していると、シャワーを終えた栞が頭をタオルで拭きながら戻ってきた。


 その姿に、少しだけドキリとする。

 濡れていても、艷やかな髪。キャミソールとショートパンツという無防備な服装も相まって、俺の心臓を直撃した。


「ただいま、シャワーありがとね。なんかいい匂いがすると思ったら、コーヒーだったんだね」


「う、うん……ちゃんと、栞の分もあるよ」


「本当っ? やったぁっ! ちょうど喉渇いたなぁって思ってたところなの」


 栞はぴょんと跳ねるように近付いてきて、ぴったりと俺の背中に張り付いた。コーヒーの香りに、甘いシャンプーの香りが混ざり合う。


 また一つ関係が進んでも、俺は栞にドキドキさせられっぱなしだった。その緊張を悟られないように尋ねる。


「……栞はアイスにする? それとも、このままホットがいい?」


「暑いし、アイスがいいかなぁ」


「ん、了解」


 栞の分のカップに氷をいくつか放り込む。スプーンでからからとかき混ぜているうちに全て溶けてしまったので、さらに追加する。


 しっかり冷えたのを確認して差し出すと、ようやく栞は俺の背中から離れていった。じっとカップに視線を落とす栞を横目に、一口コーヒーを啜る。


 ほどよい苦みが、少しずつ心を解してくれるようだった。栞は俺が飲む様子をしばらく眺めて、自分もカップに口をつける。


 ちびり、と舐めるようにコーヒーを飲んだ瞬間、栞は顔をしかめた。


「うっ……やっぱりにがぁい」


「あ、ごめん……ミルクとガムシロ忘れてたよ。栞は甘党だし、必要だよね」


 慌てて冷蔵庫を開けようとした俺を、栞は服をちょこんと摘んで止めた。


「ううん……このままで、いいよ。甘い方が好きなのは事実だけどね──今は涼と同じの、飲みたい気分だったの」


 ……そんなこと言うの、ずるいじゃん。

 起きてからずっと、可愛いことばっかり言って──


 栞は、俺をどうしたいわけ?


 もう辛抱堪らずに、俺は栞の頭を撫で回した。

 どうせこの後乾かしてセットするんだし、多少乱れても構わないだろう。栞の髪は濡れていても触り心地がよくて、いくらでも撫でられそうだった。


「えへへ」


 栞の目が、気持ちよさそうに細くなる。理性がぐらぐらと揺れて、俺は栞の頬に指先を滑らせて、唇を奪った。


 栞はぱちりと瞬きをしてから、くすりと笑う。


「ふふっ、どうしたの? さっきのキスだけじゃ、足りなかった?」


「いや、だって……おはようのキス、俺からはしてなかったから」


「ふぅん? 本当にそれだけなのかなぁ? 理由がないとキスしてくれないのかなぁ?」


 完全にからかわれてる。それがわかっていながら、俺は栞の挑発に乗っかった。


「……理由なんてなくても、いくらでもしたいよ」


「んふっ、正直でよろしいっ。ほら、いいよ。涼専用の、いつでもキスしていい唇は──ここだよ?」


 栞は人差し指で、自分の唇をそっと撫でた。

 その仕草に誘われるように、俺はまた、栞と唇を重ね合わせる。コーヒーの苦味も、栞とのキスに甘く溶けていくようで──


 俺たちは、二人きりなのをいいことに、キッチンで心ゆくまでキスを交わした。


 とはいえ、ほどほどのところでお互いに我に返る。あまり夢中になりすぎると、時間なんていくらでも過ぎていってしまうのをわかっているから。


 俺はシャワーに行けないし、栞も髪を乾かせない。朝食だって食べられない。


 なにも焦ることはない。

 どうせ今日は、まるまる一日栞と一緒なのだから。


 ***


 シャワーから戻ると、栞がフライパンを片手に俺を出迎えた。


「あっ。おかえり、涼。ねぇ、涼は目玉焼きとスクランブルエッグ、どっちがいい?」


「スクランブルエッグかな」


 少しだけ迷いながら答えると、栞は卵二つをボールに割り入れた。


「はぁいっ。すぐ作っちゃうから、ちょっと待っててね」


「うん。じゃあ、その間にトーストでも焼いとくよ」


「ありがと。助かるよ」


 こんな短い会話でも、今の俺は全部を幸福感に変換してしまう。


 何気なくて、でも、特別な朝。

 いつか、これを当たり前にしたいと夢想するには十分すぎた。


 そうして、二人で準備をして。

 二人並んでの食事が始まる。


 栞の作ってくれたスクランブルエッグは、ほんのりと甘くて、とろりと滑らかで、優しい味がした。


「ところで、栞。今日、なにかしたいことってある?」


「したいこと? なんで?」


「いや、だってさ……このままだと、気付いたらまた夜になってそうじゃん?」


「……確かにねぇ。でも、それもありかなぁって思うよ。どこかに出かけたりとか、特別なことがなくてもね──涼がいるもん。誰にも邪魔されずに、時間だけが過ぎてくっていうのも悪くないんじゃないかなぁ」


 ……なんだ。

 俺だけじゃ、なかったんだ。


 二人でいるだけで、特別だって思ってたの。


「俺もっ──」


 そう言いかけた直後。


 ブーッ、ブーッ。


 テーブルの上に置かれた俺と栞のスマホが、同時に震え出した。


 通話の着信。

 その相手は──

 

「……遥?」


「……彩香?」


 登校日に連絡先を交換したばかりの、俺たちの友人だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ