第8話 繋ぐ言葉と、関係の変化
放課後の図書室では黒羽さんと一緒に、家でも娯楽は全て封印して、俺は試験勉強に邁進した。
全ては、黒羽さんとの約束を守るために。
そんな日々を過ごしながら、同時に少しだけ先のことも考える。それは期末試験が終わった後──
学生ならば誰もが待ち焦がれる、夏休みについてだ。
黒羽さんとは、それなりに仲良くなってきたと思う。図書室限定で、人目を忍ぶように行われる二人きりの勉強会──という名目の、この時間。
俺はすっかり、『誰かと共有する時間』というものに夢中だった。これまで一人寂しく過ごしていた俺にとっては、もはや手放しがたいものになっていた。
けれど、このまま夏休みに突入してしまえば、その間は例年通り、また一人に戻ってしまう。せっかくここまで積み上げてきた関係も、振り出しに戻るかもしれない。
なら……自分で行動を起こすべき、なのはわかってる。ただ、俺はその一歩をなかなか踏み出せずにいた。
気が付いた時には、期末考査の試験週間に入っていた。
「……高原くん、どうしたの? 手、止まってるわよ」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してて……」
「ダメじゃない、ちゃんと集中しないと。じゃないと、私に勝つなんて夢のまた夢よ」
「いや、そもそも勝てるなんて最初から思ってないから」
「そんなことないわよ。ずっと見てきたからわかるけど、今の高原くんとならいい勝負になるはずよ」
「そりゃ、こんだけつきっきりで教えてもらってれば多少はね」
「私が教えてるんだから当然──って言いたい気持ちがないでもないけど、それは高原くんが頑張った結果じゃない。だからもっと自信持ちなさいよね」
バシンと、軽く肩を叩かれた。
痛くはない。けれど、沁みた。
……自信、かぁ。
思い返せば、俺にはそれがなくて、これまで色々と諦めてきた。いや、逃げてきたと言った方がいいかもしれない。
この瞬間、俺の中でなにかがカチリと音を立ててハマった気がした。
「あのさ、黒羽さん。さっきの考え事のことなんだけど、ちょっと聞いてもらってもいいかな?」
「わからないところの質問じゃなくて、ってこと?」
「うん。勉強中に脱線するのは申し訳ないんだけどね」
「まぁ……少しくらいならいいわよ。それで、なに?」
「えっとね、最近さ、俺ずっと考えてて……。黒羽さんと、ちゃんと友達になりたいなって。どう、かな……?」
これが、今の俺にできる精一杯だった。自信なんて微塵も感じられないが、俺にしては上出来だとも思う。今までは、一度だって口にすることができなかった言葉なのだから。
俺は緊張で縮み上がりそうになりながら、返事を待った。
けれど、黒羽さんはなかなか口を開かない。彼女の指先が触れているノートの端に、小さくシワが寄った。
その沈黙が、俺の不安を煽る。
やがて、俺は重苦しい空気に耐えきれなくなった。
「ご、ごめんっ! いきなり変なこと言って。今の話は忘れて──」
「やだっ!」
突然、黒羽さんの大声が俺の言葉を遮った。その意図を理解しきれずに、俺は固まる。黒羽さんは、肩を震わせながら俺に顔を向けた。
「やだ……。なんで忘れろなんて言うの……? 忘れないよ、絶対に」
「え……。でも、嫌だから黙ってたんじゃ?」
「私、嫌だなんて言ってないもん……。なる、なるよ。高原くんと、友達に」
「い、いいの……?」
「そう言ってるでしょ……。だから、これから私たちは友達。今更なかったことになんて、させないから……」
黒羽さんが俯く。涙をこらえるように、小さく嗚咽をもらしながら。
しばらくすると、それは決壊した。黒羽さんが広げていたノートに、ポツリと雫が落ちた。しだいにその勢いは増していく。
この涙にどんな意味が込められているのか、俺にはわからない。ただ、悪い涙じゃない、とだけはわかった。
俺は無事に繋ぎ止められたことに安堵して、黒羽さんが泣き止むまでの間、そっと寄り添い、静かに見守っていた。
◆side栞◆
どうしてだろう。涙が止まらない。
ねぇ、なんでなの?
なんでいつも、私の欲しい言葉がわかるの?
そう尋ねてみたいのに、言葉がうまく出てこない。私の口から漏れるのは、みっともない嗚咽ばかり。
私から、言うつもりだったのに。
そのために、わざわざ勝負を持ちかけたのに。
そんなの全部、いらなかったみたい。
高原くんは、すごいなぁ。
元が低すぎたなんて、私が言えた立場じゃないけど。
彼はどんどん前に進んでいく。でも、私を置いていかない。一歩先から、手を差し伸べてくれる。
それがなにより、私には嬉しかったの。
もしかすると、高原くんのそういうところが、私が惹かれた理由なのかもしれない。
突然泣き崩れた私を、高原くんはなにも言わずにじっと見守っていてくれた。泣いている姿を見られるのがちょっとだけ恥ずかしくて、なのに心地良い。
ずるいよ、そんなの。
でも……友達になったんだから、少しくらいならいいよね。
私はそう自分に言い訳をして、高原くんの肩に軽く頭を預けた。
これくらいで固まっちゃうなんて、なんか可愛いな。やめてなんて、あげないけどね。
こんな気持ちにさせた、高原くんが悪いんだから。もうちょっとだけ、このままで。




