第71話 憎めない先生と、告白大会
蒸し暑い体育館の中。生活指導の教師が、終業式でしたのと同じような話を延々と語っていた。
本来なら早く終わってくれと思うところだが、今日に関しては全くの逆。この後に地獄の時間が待っているかと思うと、なるべく長引いてほしいと願ってしまう。
けれど、そんな願いも虚しく、暑さに配慮したのか、全校集会は予定よりもかなり巻きで終了した。
そして、嫌々ながら教室に戻ると、連城先生はもう待ちきれないといった様子で、高らかに宣言した。
「さぁてっ! それじゃ、早速お話聞かせてもらいましょうか!」
できれば先生には忘れていてもらいたかったが、そうもいかないようだ。
「……で、なにが聞きたいんです?」
「そりゃ全部に決まってるでしょ。だって、二人とも変わりようがすごいんだもの」
「いやまぁ……それは自分でも思いますけど」
「でしょ? というわけで──あっ」
なにか思うことがあったのか、不意に先生の動きがぴたりと止まった。それから、少し不安そうな顔をして、俺と栞を交互に見る。
「……どうしたんですか?」
「えっと、まさかとは思うけど……さっきのあれって、みんなに無理やりやらされてたわけじゃないわよね?」
「……は?」
「ほら、イジメとかだったらまずいじゃない! もしそういうのだったら、ちゃんと言いなさいね! 先生が、絶対になんとかしてあげるから」
……これだから、連城先生って憎めないんだよなぁ。
でも──
「あーっ! れんれんひどいんだー! あたしらがそんなことするわけないじゃん! だよね、みんな?」
真っ先に楓さんが噛み付くと、あちこちから「そうだそうだ」とブーイングが起きる。
……そりゃそうだよね。
俺と栞を受け入れようとしてくれたみんながそんなふうに思われるのは、俺も嫌だ。
「そういうのはないんで安心してください。ね、栞?」
「うん、そうだね。あれはその……私の気持ちが昂りすぎただけというか」
「あら、そうなのね。まぁ、私もみんなのことを疑ってたわけじゃないんだけど、こういうのはなにかあってからじゃ遅いから。気を悪くさせたのなら謝るわ。ごめんなさい」
先生が軽く頭を下げると、すぐに教室の空気がふっと緩んだ。どうやら、みんなも本気で怒っていたわけじゃないらしい。
「それから、高原くんと黒羽さんにも、改めて謝らないとね。一学期の間、ずっとどうにかしてあげたいって思ってたんだけど……私はなにもしてあげられなかったから。力不足な先生を許してちょうだい」
「いえ、そんな……!」
「そうですよ! 先生はなにも悪くないですからっ……!」
「……ありがとう、二人とも。でもね、だからこそ気になるのよ。なにがあったのかなって。言いたくないことは、言わなくてもいいから。話せる範囲で、聞かせてもらえないかな?」
こんなこと言われたら……。
もう話すしかないじゃん。
「……いいかな、栞?」
「うん、いいよ。心配かけてたみたいだし、全部話そ」
「わかった。じゃあ、最初から──」
俺と栞はお互いに補足を入れながら、初めて言葉を交わした瞬間から今に至るまでの経緯を、かいつまんで語った。
俺は、栞と会話を重ねるうちに少しずつ自信がついたことを。
栞は、抱えていた心の傷と、それが徐々に癒えていった過程を。
言葉にしてみれば、大した長さにはならないけれど。それでも、ここまでたどり着くにはいろんな葛藤があったりして。
その間、誰も声を発さなかった。
ただ静かに、俺たちの話に耳を傾けてくれて。
丁寧に記憶を遡っているうちに、自然と俺たちは手を取り合っていた。華奢な手を包み込むと、するりと指が絡め取られた。
大切で、愛おしい女の子。
話したことで、それを再認識できた気がした。
「──という感じですけど……って、先生?!」
話し終えて先生の顔に視線を向けると、とんでもないことになっていた。なぜか先生は、涙で顔がぐちゃぐちゃにしていた。
「……い"い"話じゃなぁいっ! ダメね……最近涙脆くって。思わずうるっとさせられちゃったわ……」
いやいやっ、全然うるっとってレベルじゃないんですけど?!
先生はボロボロとこぼれ落ちる涙を、しきりにハンカチで拭っていた。
「あの、先生……大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないでしょぉっ! これは愛だわ……愛が二人を変えたのね。うんうん、恋って素敵よねぇ」
そう言うと、先生は教卓をバンッと叩いて教室をぐるりと見回した。
「やっぱりね、みんなくらいの年頃は恋をするべきなのよ!」
さすがにそれは暴論なんじゃ……?
というか、なんだかおかしなことになってきてるような。
やけに熱のこもった先生の口調に、嫌な予感がよぎる。それは、すぐに現実のものとなった。
「というわけで! 誰か、この後に続こうって人はいない? 今なら、胸の内に秘めた熱い想いを吐き出せるんじゃないかしら。二人だけに話させるのも、可哀想だしね」
「……せ、先生? そういうのいいんで、もう終わりにしません……?」
「ダメダメっ。こんな機会、めったにないんだから!」
「そりゃないでしょうけど!」
……ダメだこりゃ。
こうなったらもう、さっさと先生を満足させるしかない。俺は漣の姿を探して、「行け」と視線を送った。
けれど、漣はイヤイヤと首を横に振る。せっかく助言をしてあげたばっかりなのに。
そうこうしていると、別のところから控えめに手があがった。
「おっ! じゃあ、橘さん!」
「は、はいっ!」
……なんだ、この授業みたいなノリは。
って、橘さん?!
先生に指されて立ち上がったのは、漣の想い人である橘さん。よくわからないけど、栞が熱心に橘さんへエールを送っていた。
「紗月、頑張って!」
「……栞ちゃん。はいっ、頑張ります!」
橘さんは胸の前できゅっと手を握り、大きく深呼吸をした。
「あ、あのっ……かづくん! ずっと好きでした! 私と、お付き合いしてもらえませんか?」
クラス全員の前だと言うのに、堂々とした告白だった。
かづくんって……漣のこと、であってるよね?
漣も、橘さんのことさっちゃんって呼んでたし。
……そんなふうに呼びあってるのに、まだ付き合ってなかったのか。
みんな固唾を飲んで、じっと漣に注目する。
漣は驚いたように固まっていた。
「ほらほら漣くん! 勇気を出してくれた女の子をあまり待たせちゃダメよ!」
先生の激が飛んだ。
それでようやく、漣は慌てた様子で立ち上がり、観念したように息を吐いた。
「……ごめん、さっちゃん。先に言わせちゃって。俺も、さっちゃんが好きです!」
その瞬間、どっと教室内が沸き上がった。
「よっしゃああぁぁーーっ!」
「やっとかよ、お前らぁ! ずっと焦れったかったんだぞー!」
「橘ちゃんよかったねー!」
「二人とも、おめでとー!」
たぶん、クラスの大半がこの二人のことを知っていたんだと思う。多少のひやかしはあっても、ほとんどが祝福するような声だったから。
思わず、俺も二人に拍手を送った。
さて、これでようやく終わりかな──
なんて思った俺が愚かだったようだ。
「よーしっ、まずは一組目っ! さぁどんどんいくわよーっ!」
『おおおぉぉぉーーーっ!!』
……え、待って。
なに、このテンション?!
ますますヒートアップする先生。それに呼応するように盛り上がり、拳を突き上げるクラスメイトたち。
教室内は、さながらライブ会場のようだった。
ライブなんて、行ったことないけど……。




