第68話 先生の暴走
ゴンッゴンッ!
「いい加減話を聞きなさぁあいっ!!」
鈍く大きな音と、連城先生の叫び声が教室に響き渡った。それだけで、一気に騒がしさが引いて、しんと静まり返る。
真っ先に返事をしたのは、楓さんだった。
「あっ、れんれんおっはよー!」
「れんれん言うなっ、連城先生でしょうが! って、そんなことより、なんなのよこの騒ぎは」
「あー……これ? これはねぇ、簡単に言うとそこの二人のせい、かなぁ?」
「そこの二人って──」
連城先生の目が俺と栞に向く。
さすがに恥ずかしくなって、俺たちはぱっと離れた。
ぱちりと、先生と目が合う。
数秒、時が止まったように感じた。
先生はじっと俺を見て。
それから、もう一度見直して──
「……誰?」
真顔で首を傾げた。
思わず、俺はずっこけかけた。
栞はしっかりと膝から崩れ落ちていた。
そんな俺たちを見て、先生はため息をつく。
「まったく。もう始業のチャイム鳴ってるんだから、早いとこ自分たちのクラスに戻りなさい」
「いやいやっ! 俺、高原ですって! このクラスの!」
……なんで俺、自分の担任に改めて名乗ってるんだろ?
栞はともかく、他のクラスメイトは俺のことわかってくれたのに。
「……私の知ってる高原くんはそんな爽やかじゃないし、そんなはきはき喋る子じゃないんだけど?」
「うっ……! それは、信じてもらうしかないんですけど……」
「まぁいいわ。ひとまず高原くんのことは置いとくとして。そっちの子は他のクラスでしょ? ほら、急がないと遅刻に──」
「あ、いえ……私も、このクラスで合ってます。あの、先生……私、黒羽です」
俺と同じように、栞も申し訳なさそうに答えた。
同時に、先生が凍り付いた。
「……へ? 誰が?」
「えっと、私が、です……」
「……黒羽さん、なの?」
「はい」
「出席番号は?」
「八番です……」
「……あってる。ということは、本当に黒羽さん?」
「最初からそう言ってますけど……」
いくらなんでも、疑いすぎだと思う。でもそれは、裏を返せばそれだけ栞の見た目が変化しているということでもある。
先生は栞を見つめたまま、完全にフリーズしてしまっていた。
情報の処理に時間がかかっているのかもしれない。
栞は疲れ切ったように眉尻を下げた。
「ねぇ涼。私、なんか嫌な予感がするよぉ」
「奇遇だね。俺もだよ……」
俺たちはこの後の先生の反応を予想して、揃ってがっくりと肩を落とした。
そして、そのおよそ一分後。
ようやく先生が再起動した。
「……えー、ひとまず整理させてちょうだい」
先生はこめかみを押さえて、深く息を吐いた。
「えーっと。まずは高原くんが高原くんで、黒羽さんが黒羽さんってことでいいのよね?」
「……言ってることがめちゃくちゃですけど、たぶんそういうことです」
「……はい。たぶん合ってます」
「で──私の見間違いじゃなければ、さっき抱き合ってたわよね? ということは、二人は付き合ってたり……?」
「それは……まぁ」
「えへへ。改めて言われると、ちょっと照れちゃうね?」
……なんで少し嬉しそうなの?!
もしかして栞、状況がわかってないのかな?
まぁ、俺にもよくわかんないけど──
それはともかく、ついに先生が吠えた。
「ちょっとぉっ! なにがどうしてそうなったのっ?! だって、あの高原くんと黒羽さんでしょ? え、待って待って! なんで私を除け者にしてそんな面白そうな話してるのよぉっ!!」
「「……そこっ?」」
栞と、声が重なった。
この反応は、まったくの予想外だった。
……この人、教師としてどうなんだろ。
怒るところ、絶対に間違ってるって。
あと、生徒のプライベートに踏み込みすぎなんじゃ?
……なんて、言えるわけないよなぁ。
怒られたら嫌だし。
先生は教壇から降りて、つかつかと歩み寄ってくる。
「あんだけ盛り上がってたってことは、どうせみんなはもう話聞いてるんでしょ? なら、私にも教えなさいよ! ほらっ、最初から最後まで、全部!」
「……えぇ」
途方に暮れていると、遥がわざとらしく、しゅびっと真っ直ぐに手をあげた。
「せんせー。この後って、全校集会があるんすよねー? 他のクラスはもう移動してますけど、うちはいいんすかー?」
「お黙り、柊木くんっ! 全校集会なんてどうでも──」
俺たちの数歩手前で、先生はぴたりと足を止めた。そして、回れ右する。
「……よくはないわね。あぁもうっ! 気になってしょうがないけど、話は後っ! 全員、体育館行くわよーっ!」
どうやら、一時的とはいえ、解放されたらしい。
俺と栞は、揃って大きなため息をついた。
なんだかどっと疲れた。
朝だけで、一日分の気力、全部持っていかれた気がする。
まぁ……あれで連城先生も悪い人じゃないというか、意外と面倒見が良かったりするんだよなぁ。生徒からは、結構人気あるし。
でも、まさかあんなに食いついてくるとはなぁ……。
全校集会終わったら、また一から説明かぁ。
軽い頭痛を感じながら教室を出ようとすると、栞は楓さんに捕まって、女子の集団に取り込まれてしまった。そして代わりに、俺の横には遥がやってきた。
「よう、お疲れ」
「あぁ、遥……さっきは助かったよ」
「つっても、俺は時間稼ぎしただけだけどな。あの様子だと、話すまで帰れねぇぞ」
「……このままサボって帰りたくなってきた」
「ははっ、んなことできねぇくせによく言うわ。ま、潔く諦めることだな」
「他人事だと思って……」
「実際他人事だかんな。俺は見てるだけだから面白いぞ」
「……はぁ」
……地獄だ。
絶対、クラスのみんなに話したこと以上に聞かれるだろうし。付き合うことになった経緯とかまで、全部。
さすがに、クラス全員の前でそれを話すのは恥ずかしい。
でも……逃がしてはもらえないんだろうなぁ。
俺は、もう何度目かもわからないため息をついた。
その直後。
「あ、あのさ、高原……ちょっといいか?」
遥とは反対側から、声をかけられた。
どうやら、俺をそっとしておいてくれないのは──
先生だけじゃなかったらしい。
でも、その声にはさっきまでのざわめきとは違う、どこか真剣そうな色が混じっていた。




