第50話 よそ見の代償と、罰
食事を終えた俺たちは、フードコートを離れた。
ここからは、俺にとっての試練の時が始まる。
いや……さっきまでも十分すぎるくらい試練だったけど。ついでに、今も。
なぜか、栞の密着度がさらに上がっていた。指先から肩までを全部、絡め取って覆いつくすみたいで。今や、俺の左腕の自由は完全に奪われている。
歩幅をしっかり合わせないと、うまく歩けないくらいだ。
それに、俺も年頃の男なわけで──
油断すると、意識が丸ごと持っていかれそうになる。これは気をそらさないと、本格的にまずい。主に、俺の理性の耐久値が。
それだけじゃない。
この後は、俺が栞の服を見繕うことになっている。今日のデートのメインテーマはそれだ。
ちゃんと選んであげたいし。
できれば、なにか参考になるものを……。
俺はどうにか栞の誘惑から意識を引き剥がし、周囲に視線を向けた。これはやましいことじゃない、と自分に言い訳をしながら。
同年代っぽい女の子は、いくらでもいる。ちらっと目に入るだけでも、参考になりそうな服装は多い。
とはいえ、栞が一番可愛いと思うんだけど……。
なんて思ってしまうのは仕方がないとして。
まずギャルっぽいのは──却下かな。
似合うか似合わないかで言えば似合うのだろうが……派手で露出が多いのは、俺の中の栞のイメージには合わない。
大人っぽいのは悪くない……気がする。
知的でクールなお姉さんっぽい雰囲気になるだろう。でも、ちょっと背伸びしている感じになってしまうかもしれない。これも却下だ。
なら……どんなのがいいのかなぁ?
そんなことを考えながら、きょろきょろとあちこちに視線を彷徨わせていると──
不意に、左の脇腹に鋭い痛みが走った。
「……いい"っ!! え、ちょ、なにっ?!」
慌てて真横を向くと、頬をぱんぱんに膨らませて唇を尖らせた栞が、じとっとした目で俺を見つめていた。
「むぅ〜……」
「えっと、あの……栞、さん?」
「……涼のばかっ!」
もう一度、痛みが襲ってきた。よく見ると、栞の指先がぎゅっと俺の脇腹を抓っていた。
「さっきから全然私のこと見てくれないの、なんで? なんで、ずっと他の女の子ばっかり見てるの?」
「そ、それは……」
思わず言葉に詰まる。
ただ理由を聞かれているだけ。
なのに、うまく言葉が出てこない。
それはたぶん、栞の瞳に小さく涙が浮かんでいたから。
「ご、ごめん。栞の服選ぶのに、なにか参考にならないかなって……」
「……本当に?」
「本当だって! それだけだからっ!」
「そっか。そういう理由なら、ひとまずは許してあげる。でもね──」
そう言って、栞は俺の腕をしっかりと抱え直した。
「涼の隣にいるのは、私だよ。よそ見なんてされたら、嫌。私のためって言うなら、私だけを見て考えてほしい……。ちゃんと、私だけ見ててよ」
「……栞」
俺は……なんて愚かなんだろう。
栞が不安になりやすいことなんて、とっくに知っているのに。
栞のためだなんて言い訳をして、目をそらして。こんなんじゃ、彼氏失格だ。
「ごめん、栞。俺が間違ってたよ。これからは、栞だけ見てるから」
「……絶対?」
「うん、絶対。もうよそ見はしないって約束するよ」
今度は、俺から栞を引き寄せる。さらりと髪を撫でると、栞の顔にもようやく笑みが戻った。
さっきまでの拗ね顔が嘘みたいに、ふにゃりと柔らかくなる。
「じゃあ、この話はもうおしまいってことにして──早速、成果を見せてもらっちゃおうかな?」
「……成果、って?」
なんとなく、嫌な予感がする。
「そんなの、いろんな女の子を観察した成果に決まってるでしょ。んふふっ、涼がどんな服選んでくれるのか、楽しみっ!」
「あんまり期待されると、逆にやりにくいんだけど……?」
「期待するよっ。それに、これはよそ見した罰なんだもん」
……。
まぁ、こうなるよねぇ。
正直、全然参考にしきれていないけど、もうよそ見は厳禁。改めて栞を見てみる。
今の栞の服装はサマーパーカーにジーンズという、カジュアルでラフなもの。普段俺の家に遊びに来る時も、こんな感じの服装が多い。
これはこれで俺は好きなんだけど……。
たぶん、栞が欲しがっているのはこういうものじゃないはずだ。じゃなきゃ、それをデートの口実にはしないだろう。
栞が俺に選んでほしい服。
つまりそれは、俺が栞に着てみてほしい服でもある。言い換えれば、もっと栞が可愛く見える服ということだ。
栞は制服以外だといつもパンツスタイルだから、スカートがいいかもしれない。それから、清楚な雰囲気の栞に似合う服。
まだ漠然とはしているが、だんだんとイメージが固まってきた。あとはもう、実際に見て考えるしかない。
しばらくモール内を歩き回り、それっぽいショップの前で足を止めた。
「……ここ、ちょっと覗いてみてもいいかな?」
「うん。全部涼にお任せするって決めてるから、どこにでもついていくよ」
「いや……気に入らない時は言ってくれるとありがたいんだけどね」
「ううん、言わないよ。涼だって、一回も文句言わなかったでしょ? 私も、同じだから。涼の好みにしてほしいの」
「……わかったよ。とりあえず入ろうか」
「はぁいっ」
一歩店内に足を踏み入れると、どこを見ても女性物の服がズラリと並んでいた。もちろん、店員も客も女性ばかり。
おまけに、俺の左腕は相変わらず栞の柔らかさに包まれたまま。
緊張と理性が揺らぐのを感じながら、俺は品定めに取りかかった。




