第49話 制御不能な、欲求
◆side栞◆
隣を歩く涼を見上げると、胸がときめく。ドキドキしすぎて、あんまり長時間は直視できないくらいに。
完全に私の好みで選んだから当然と言えば当然なんだけど──
爽やかで、落ち着いた雰囲気で。ぐっと大人っぽくなったと思う。初対面で大学生だって言われたら、信じちゃうかも。
服が変わっただけ。たったそれだけなのに、いつもより何割も増して素敵に見える。
もちろん、私が一番好きなのは涼の中身だけどね。
誠実で、優しくて、ちょっぴり不器用で。でも、いざという時には頼りになるの。
今日も、突然クラスメイトに出くわして慌てていたら、全部どうにかしてくれちゃった。しかも、ちゃんと私の意思を確認したうえで。
涼はわかってるのかな?
こういうことがあるたびに、また好きになっちゃうんだよ?
……本当、ずるいよね。
だって、たぶん無自覚でやってるんだもん。
そんな涼が彼氏だなんて、私ってすごく幸せ者だよね。
でも、さっきから少しだけ落ち着かない。
なんだか、周りの視線が気になる。特に、女の人の視線が。
ほら、今も。
すれ違った女の子二人組が、涼のこと見てた気がする。
気のせい……かな?
胸の奥が、ちくりと疼く。
……わかってる。
この気持ちが、なんなのかくらい。
でもね、止められないの。
涼は、私のなんだもん。
気が付けば、私は涼の腕にぎゅっとしがみついていた。
「……どうしたの、栞?」
「え……えっと、なんでもない。こうしたかっただけ。もうちょっとだけね……くっつきたかったの」
「そ、そう? 結構歩き回ったから疲れたのかなって思ったんだけど。ほら、もう昼も過ぎてるしさ」
「──あ、本当だ」
涼にいろんな服を着てもらうのが楽しすぎて、時間が経つのも忘れていたみたい。時間を確認すると、もうすぐ十四時になろうかとしていた。
「ごめんね。たくさん連れまわしたから、涼も疲れちゃったよね」
「それほどでもないけど。まぁ……ちょっと腹は減ったかな」
「そうだよね。なら、ひとまずお昼ごはんにしよっか」
「え……でも、栞の服は? まだ全然見てないじゃん」
「そんなの後でもいいよ。大丈夫、ちゃーんと付き合ってもらうから」
「そっか。じゃあ──」
「うんっ」
私たちは、またさっきのフードコートへと戻ってきた。お昼時を過ぎているからか、空席が目立つ。それでも、賑やかさは相変わらずだった。
「さて。栞はなにが食べたい?」
「うーん、そうだねぇ。どうしよっかなぁ」
ファストフードにラーメン、パスタ、丼もの、それだけじゃなくて、ドーナツやクレープ。様々なお店が、客席をぐるりと取り囲むように軒を連ねている。
つい甘いものに目がいっちゃうけど、ごはんっぽくはないし……。
これだけ種類があると、なかなか決められない。
私って、結構優柔不断なんだよね。
「……栞?」
涼が、立ち尽くした私の顔をじっと覗き込んでくる。少しだけ身を屈めて、目線を合わせてくれて、穏やかな瞳で。
そんなことされると、食べたいものを考えるどころじゃなくなっちゃうのに。
「うー……選べないよぉ。ねぇ、お願い。涼が決めて?」
頑張って考えようとしてるのに、涼のことばっかり気になっちゃうんだもん。
涼の目を見つめ返すと、一瞬だけ視線が絡み合って、くすりと笑われた。
「なぁに? なんで笑うの?」
「いや、さっきまでの迷いなく服持ってきた時とは全然違うなって」
あれはあれで、かなり迷ってたつもりなんだけどなぁ。涼ってば、なに着ても似合っちゃうんだもん。
「……変、かな?」
「ううん。いろんな栞が見れて楽しいよ」
「もうっ、今はそういうのいいからっ!」
「あはは。栞が可愛くって、ついね」
「あぅっ……ばかぁ」
「ごめんごめん。このあとのこともあるし、俺が適当に決めさせてもらうね」
涼はまた小さく笑って、私の手を引いた。連れていかれたのは、ファストフード店だった。
そこでもまた私は悩みに悩んで、でも涼は嫌な顔一つせずに待ってくれて。結局自分で決められなくて、涼と同じセットメニューを注文した。
それからようやく、隅っこの方の四人掛けの席に腰を下ろした。
私たちにしては珍しく向かい合わせで。
「いただきます」
こんなところでも律儀に手を合わせる涼。
私も真似して、しっかりと手を合わせた。
「いただきます」
下品にならないように気を付けてハンバーガーに嚙みつきながら、涼を盗み見る。豪快に大口でハンバーガーを齧る姿は男らしいのに、口元にソースを付けてるところは可愛らしい。
正面から見る涼は、やっぱりいつもより輝いて見えて──
やっぱり周囲の視線が気になる。
「ねぇ、涼」
「ん、なに?」
涼は口元にソースを付けたまま、首を傾げた。
「あのね……そっち、行っていいかな? 隣じゃないの、なんだか落ち着かなくて」
「うん、いいよ。おいで」
涼は隣の椅子の上に置いていた荷物をどけて、ちょいちょいと手招きをする。
あ……。
こないだ言ったこと、覚えててくれたんだ。
私は嬉しくなって、涼の横に座って、腕を絡ませた。
「ちょっ?! 栞、食べにくいって!」
「ハンバーガーなら片手でも食べられるでしょ? あとね、口の横にソースついてるよ。まったく、しょうがないんだからっ。今拭いてあげるね」
「それくらい自分でっ──むぐっ」
ちょっぴり強引に顔をこっちに向けさせて、問答無用で紙ナプキンで拭い取る。涼は恥ずかしそうにしながらも、大人しくしてくれていた。
なんだろう、これ。
すっごく楽しい……。
こんなことするのは初めてだけど──
こういうの、母性本能がくすぐられるっていうのかな?
もっと、したいかも。
私はポテトを一本摘まんで、涼の口の前に差し出した。
「涼──あーん」
「いやっ、自分で食べれるよ?!」
「そんなの知ってるよ。私がしたいだけなの。だって、今日はデートだもん。これくらい、普通でしょ?」
言いながら、ハッとした。
あ、そっか。
視線が気になるなら、見せつけちゃえばいいんだ。
誰がどう見ても、涼が私のだってわかるように。
勘違いの余地なんて、残さないくらいに。
「ほら、はーやーくっ。あーん、して?」
「わ、わかったからっ」
おずおずと開いた涼の口に、ポテトを差し込む。顔を赤くしながらもぐもぐと口を動かす涼を見ていると、それだけで少し満たされる。
でも、まだ少しなの。
本当は、もっと、もっとほしいよ。
涼の服、本当は全部私が選びたい。
寝る時の服も、部屋着も、よそ行きの服も。
季節を問わず、全部。
涼が口にするものも、できるなら私が全部用意したい。栄養バランスも完璧にして、涼の好みにばっちり合わせて。それで、私が全部食べさせてあげたい。
どんどん欲が大きくなってきっている気がするけど──どうにもできない。
そんなの無理だってことも、わかってる。
けどね。
自分でも、制御不能なの。
だから、いつか……。
「ねっ、今度は涼が私に食べさせて?」
「う、うん」
涼の手でポテトを食べさせてもらって、また涼にも食べさせて。それを何回も繰り返して、お腹だけじゃなくて、心まで満たされていく。
もう、周りのことなんてまったく気にならない。
私の目に映るのは涼一人だけ。
涼も……そうなってくれてるかな?
なってるよね?
なってなかったら、私──
どうなっちゃうんだろ。




