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入学初日にクラス全員を拒絶した女子と関わったら、愛が重すぎる甘々彼女になった。  作者: あすれい


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第5話 欲と、書き換えた当番表

 ◆side栞◆


「もう……なんなのよぉ……」


 吐き出した声は、駅前のざわめきに溶けて消えていった。


 高原くんの言葉が、まだ胸の奥で響いている。仮面を被って、壁を作って、必死に誰からも見えないようにひた隠しにしてきた、私の心の一番深くて柔らかい部分に突き刺さった。


 図書室に行けば、高原くんがいて。手を振ってくれて、嫌われてなかったって安心して。少し話して、それだけで胸が温かくなって。


 また今日も、楽しい時間になると思ってた。


 ……それなのにっ!


 勉強の話をしていただけだった。なのに自分の言葉に自分で動揺して。核心を突かれた瞬間、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃった。


『本当は寂しくて、誰かと話したかったんじゃないのかよ! 俺で良ければ、いくらでも相手してやる。でも──だったらそう言えよ!』


 高原くんの言葉が、頭から離れない。離れてくれない。見ないふりをしていたものに、名前をつけられたみたいで。


 ねぇ、なんでわかるの?


 友達の一人も作れない意気地なしのくせにっ!





 ……違う。


 彼はただ、臆病なだけ。でも、たぶん優しい人。そして、私と同じように孤独に悩んでる。


 そう思った瞬間、きゅっと胸が締め付けられた。


 あぁ、そっか。

 私、あの時嬉しかったんだ。


 だって、本当はわかってほしかったんだもん。


 高原くんならわかってくれるかもって、そう期待していたのは、紛れもない私自身だった。


 胸の内に広がっていたもやが晴れると、最後に一つだけ残ったものがあった。


 それは、欲だった。


 もっと、高原くんに近付きたい。

 もっと、彼のことを知りたい。

 もっと、私のことを知ってほしい。


 あなたが寂しいなら、私が埋めてあげる。

 だから、私が安心できる場所になってほしい。


 欲しがりすぎ、かな。

 でも……。

 私の、私だけの──


 大丈夫。たぶん彼は、私を傷付けない。

 確証はないけど、本能がそう言っている。


 なら、我慢なんてしなくてもいいよね?


 まずは、ちゃんと謝らなきゃ。

 そうしないと、何も始まらないから。


「……高原くん」


 無意識に、名前を口にしていた。その響きはどこか甘美で、余計に私を狂わせる。


 私、諦めないからね。


 今度は誰にも聞かれないように、心の中でそっと呟いた。


 ***


 翌日、私は早速行動を開始した。

 まずは、謝るための舞台を整えないと。


 登校して、真っ先に向かったのは教室──ではなく図書室。カウンターの奥には、図書委員の当番表がバインダーに挟まれて置かれている。私はそれを手に取ると、迷わず来週以降の当番を全て自分の名前に書き換えた。


 月曜日から金曜日まで、全部。


『黒羽』『黒羽』『黒羽』『黒羽』『黒羽』って。


 さらに、その下に書き加える。


『放課後暇なので、全て私が引き受けます 黒羽』


 これでよしっと。


 どうせ誰もやりたがらない仕事だし、構わないよね。ほとんど利用者がいないのをいいことに、すっぽかす人もいるくらいなんだから。


 そっと指先で、書き換えた文字を撫でてみた。なんだか、ちょっとだけいけないことをしているようで気持ちが昂ぶる。


 トクトクと、心臓のリズムが速くなった。


 これで邪魔は入らなくなった。謝って、またお話できるようになったら……。


 ふふっ。

 その後は、放課後は毎日──


 やることを済ませて教室に行くと、高原くんは机に突っ伏していた。昨日までよりも、もっと背中が丸い。その姿に、少しだけ胸がチクリとした。


 これってたぶん、狸寝入りだよね。

 昨日のこと、気に病ませちゃったかな……?


 さすがに、ここで声をかけることはできなかった。彼にそう言ったのは私だし、なにより、悪感情を抱かれていてもおかしくない私と話しているところを見られたら、高原くんの立場がもっと悪くなるかもしれないから。


 だから、なるべく彼のことを見ないようにして、その週をどうにか乗り切った。


 週末は、ソワソワしてなにも手につかなかった。月曜日が待ち遠しくて仕方がなかったの。いつもなら、月曜日なんて永遠に来なければいいと願っていたのに。


 私は週末の二日間のほとんどを自室に引きこもって、高原くんの顔と言葉ばかり思い出していた。


 日曜日の夜は、遠足を翌日に控えた小学生のようになかなか寝付けなくて。でも、朝はアラームが鳴るよりも前に目を覚ました。


 朝ごはんを食べて、身支度を整えても、いつも家を出る時間よりもまだ早い。いてもたってもいられなくなった私は、鞄を手に取り玄関へと向かう。


 リビングの前を通り過ぎると、ドアが開いてお母さんが顔を出した。


「あら栞、今日はもう行くの?」


「うん、やることあるから」


「そう。なら、気をつけていってらっしゃい」


「……いってきます」


 お母さんに見送られて、私は家を飛び出した。


 やることがあるなんて、嘘。

 お母さんに嘘をついたことにちょっとだけ罪悪感を覚えたけど、すぐに消えてしまう。


 ……高原くん、来てくれるかな?


 不安が、全てを上書きしていく。


 思い切って当番表書き換えちゃったけど、無駄になったら嫌だなぁ。

 来てくれて、謝れたとしても、許してもらえなかったら……。


 それだけは、私にはどうすることもできない。不安に支配された私の足は、自然と図書室に向いていた。


 早朝の図書室は、放課後よりも一層静かだった。古い本と、ちょっとだけ埃っぽい匂い。誰にも見向きもされず、忘れ去られたようなこの空間が、私は好き。


 でも今は、なにか物足りない。大切なピースが欠けているから。


 その穴を埋めようと、私はいつも高原くんが使っている椅子に腰を下ろす。そこに、彼の痕跡を求めて。


 ……大丈夫。大丈夫。

 きっと、今日もここに来る。

 そうしたら、私はうまくやれるから。


 もし来なかったら──

 その時は、その時でまた考えるだけ。


 始業のチャイムが鳴る直前まで、私は目を閉じ、気持ちを落ち着けていた。

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