第46話 四人のフードコートと、新たな繋がり
その場に居合わせた人々の注目を集めた絶叫からほどなく。俺たちは、柊木くんと楓さんから詰め寄られることになった。
「お、おい、高原……。黒羽さんって、うちのクラスの《《あの》》黒羽さんだよな?」
疑うのも無理はない。今でこそ見慣れたが、栞が髪を切ってきた時は、俺でも最初は誰かわからなかったくらいなのだから。
「え、うん。そうだけど……」
「……まじかぁ。黒羽さんって、実はこんな可愛かったんだな」
「ちょっと遥っ! 隣にあたしがいるのに、人様の彼女を口説こうとすんなっ!」
柊木くんの頭に楓さんの平手が飛んで、ペシンッとなかなかいい音がした。
「いってぇなっ! 口説いてねぇよっ! ただの客観的事実だろうがっ!」
「というか、あたし的には二人が付き合ってることの方が驚きなんだけどっ! そんな素振り、まったくなかったよね?!」
「おい彩っ! 無視すんなよっ!」
「だって、遥も気になるでしょ? あの黒羽さんが、いつの間にか高原くんと付き合ってたんだよ?」
「まぁ……気にはなるな。黒羽さんって、なんか訳ありっぽかったし」
二人の視線が、じっと俺たちに向けられる。
栞の手が、ぴくりと震えた。
「……ねぇ、栞。そのへんのことも、話してみたらどうかな?」
「え……でも──」
「もちろん、無理にってわけじゃないけどね。でも、学校が始まったらたぶんまた同じようなことになりそうだし。それなら、事情を知ってる人がいた方が助かるかなって」
入学初日に栞がクラス全員を拒絶した事件の記憶は、未だに風化していない。一学期が終わるまで、俺以外の誰も栞に話しかけなかったのが証拠だ。
そんな状況で、二学期にいきなり俺と栞が教室で普通に話していたら──
きっと騒ぎになるだろう。
いらぬ反感を買うことだってあるかもしれない。
そうならないためにも、味方を増やす、というと打算的かもしれないが──この二人なら、大丈夫だと思えた。
入学当初から、二人ともが誰とでも分け隔てなく接していたから。
栞は一度だけ視線を落とし、小さく息を吸った。
「……うん、そうだね。それに、頑張るって、決めたばっかりだもんね」
「あ……ごめんね。なんか、聞いちゃダメなことだったかな?」
「ううん、平気。ちょっと長くなるかもだけど──聞いてもらっても、いいかな……?」
「ならどっか入ろうぜ。こんな炎天下で長話はつれぇだろ」
「おーっ! 遥、いいこと言うじゃーんっ。せっかくだから、お茶しながらにしよっか!」
「えっ……でも、いいの? そっちもデート中っていうか、買い物とかあったんじゃないの?」
これがいい機会なのは間違いない。でもそれは、俺と栞にとっての話だ。腰を据えて話すほど時間を奪ってしまうのは心苦しくもあった。
けれど、柊木くんは苦笑して、軽く手を振った。
「んや、構いやしねぇよ。朝から彩が暇だってうるせぇから出てきただけだしな。むしろ、興味本位で首突っ込んで邪魔しちまったのは俺らだろ」
その言葉で、栞の肩からふっと力が抜けた。
「……あの、ありがと」
そして、くいっと俺の手を引く。
「行こ、涼」
「うん」
「んじゃ、しゅぱーつっ!」
そうして俺たちは、ようやくショッピングモールへと足を踏み入れた。柊木くんと楓さんに先導されて館内を進み、フードコートへ。
そこは、多くの人で賑わっていた。開店から間もないというのに、さすがは夏休み。
人の話し声や食器の触れ合う音が響き合う中、俺たちはそれぞれドリンクを注文し、それを手に、空いている席に腰を下ろした。
周りの喧騒とは違う、静かな空気がテーブルに落ちた。柊木くんも楓さんも、なにも言わない。ただ黙って、話が始まるのを待っている。
俺は隣に座った栞の様子を、そっと横目で窺う。栞も、少しだけ不安そうな目で俺を見ていた。
テーブルの下で、しっかりと手を握る。それだけで、栞の表情が柔らかくなった。
深呼吸を一つ。
それから、栞はゆっくりと頭を下げた。
「まずは……ごめんなさい。クラスのみんなのこと、拒絶するようなことを言って。私、人間不信になってたの」
栞は、ぽつりぽつりと話し始めた。俺に聞かせてくれた中学時代の話を、ところどころ端折りながら。
二人とも横やりを入れることなく、じっと耳を傾けてくれていた。
やがて、話が一区切りつくと、柊木くんは眉間にシワを寄せて大きく息を吐いた。
「なるほどなぁ。あん時は驚いたが……そんな事情があったんだな。そりゃ人間不信にもなるわな」
「でもさ……高原くんだけは平気だったんでしょ?」
「最初は……怖かったよ。私、自分の寂しさを埋めるために、涼を利用しようとしてたんだけどね……。でも、涼は真っ直ぐ私と向き合ってくれて、こんな私をいつも支えてくれたの。それで──」
「気付いたら、好きになっちゃってたんだ?」
ニヤリと、楓さんの顔が歪んだ。その表情は、からかっているみたいなのに、どこか優しい。
栞は頬を赤く染めて俺を見て、それから小さく頷いた。
「……うん。涼は、私を救ってくれたから。涼はね、特別なの」
「俺としては、大したことをしたつもりはなかったんだけどね。逆に、俺は栞に助けられてたし」
「んで、高原も好きになってた、と」
「……そうだね。俺にとっても、栞は特別だから」
恥ずかしいことを言った自覚はある。でも、これだけは誰に対しても偽れなかった。誤魔化せなかった。
本当に、本気で栞のことが好きだから。
栞は、俺を見て微笑む。楓さんと柊木くんは、顔を見合わせて、わざとらしくため息をついた。
「ねぇ、遥。これってさ、惚気かな?」
「惚気だな、間違いなく」
なんという言われようだろう。なのに、不思議とあまり腹は立たなかった。少なくとも、俺は。
代わりに、栞が叫んだ。
「気になるって言うから話したのにぃっ!」
「ごめんごめん。でも、黒羽さんも普通の女の子だったんだなぁって思ったら、なんだかおかしくって」
くすくすと、楽しそうに楓さんが笑う。その姿に、栞は呆気に取られているようだった。
「え──私……普通、なの?」
「うん、普通だよ。辛いことはあったのかもしれないけどね──一人が寂しかったり、恋をしたり。それって、普通のことでしょ?」
「そう、なのかな……」
「そうだよ。あたし、黒羽さんってもっと気難しいんだと思ってたもん。だからさ、これからはみんなの前でも、どんどんそういうのを出していけばいいんじゃないかな」
「で、でも……。私、あんなこと言っちゃったから、きっと気に食わないって思ってる人もいるかもしれないし……」
「別に全員に好かれる必要なんてなくない? どうしても気になるって言うなら、謝っちゃえばいいだけだしね。きっと話せばわかってくれる人もいるって。実際、あたしは仕方なかったんだなって思ったよ」
あぁ、やっぱり……。
この二人に聞いてもらえてよかった。
心から、そう思えた。
栞の心を完全に癒すには、きっと俺だけじゃ足りてない。
誰かと話して、受け入れてもらって──
その最初の機会を与えてくれた偶然には、感謝してもしきれない。
それでも、栞は考え込むように、視線を落としていた。楓さんは、ふっと表情を緩めて続ける。
「まぁ……あれはなかなか強烈だったからねぇ、不安になっちゃうのもわかるよ。でもさ、今の黒羽さんには高原くんがついてるでしょ。あと──あたしらだってね」
「……えっ?」
栞は、驚いたように顔を上げた。
「だって、あんな話聞いちゃったらほっとけないよ! それに──」
「……それに?」
「黒羽さん、めっちゃ可愛いんだもんっ! 高原くんだけが独り占めなんてずるくないっ?! あたしだって仲良くしたーいっ!」
「「……はぁ?」」
楓さんの言葉が予想外すぎて、俺と栞の口から、揃って間の抜けた声がもれる。柊木くんは、なぜかこめかみを手で押さえて肩をすくめていた。
「というわけでっ! これからは二人にもガンガン話しかけていくから、そのつもりでねっ!」
「二人って……俺にも?」
「そりゃそうでしょ。黒羽さんのこと、あたしらが盗っちゃってもいいなら無理にとは言わないけど。ねっ、遥?」
「そこで俺に振んなよなぁ。でも、まぁいいんじゃね。俺もちょっと、高原のこと見直したし」
「俺の、なにを……?」
「なにをってお前──黒羽さんをここまで立ち直らせたのは高原なんだろ。俺は普通にすげぇって思うぞ」
あまり褒められ慣れてないせいか、なんだか無性にこそばゆい。
でも──
どうやら、俺のことを認めてくれるのは聡さんだけじゃないらしい。それが、なによりも背中を押してくれた。
「そういうことなら──うん。これからよろしく……ってことでいいのかな?」
「おう」
「涼がそう言うなら、私も……。よろしく、ね?」
「うんうんっ。二人ともよろしくぅっ!」
楓さんの声が弾む。
その声は明るくて、裏表のない彼女の性格をよく表しているようだった。
栞もようやく、楓さんたちに笑顔を向けた。ただ、その手はずっと俺から離れなかったけれど。
まさかの遭遇に驚きはしたが、良い方向へと転んでくれたようだ。栞のその表情を見て、気付けば俺の頬も緩んでいた。




