第31話 車内の密談と、固まる決意
◆side栞◆
「ねぇ栞ちゃん。栞ちゃんって──涼のこと、好きでしょ?」
走り出した車の中。助手席に座る私に向けられた言葉に、ビクリと身体が跳ね上がった。すぐに、顔まで熱くなってくる。
「……なんで、ですか?」
少し前、継実さんにも同じようなことを言われた。今度は、水希さんから。
私って……そんなにわかりやすいのかな?
「なんでってそりゃ、栞ちゃんを見てれば誰だってわかるわよ」
「……そんなに、顔に出てましたか?」
「うん、すっごく。そうじゃなくても、毎日涼に会いに来てくれてるしね」
……やっぱり、そうなんだ。
うぅ……恥ずかしいよぉ。
そんなに、バレバレだったなんて。
「まぁ、涼は気付いてないかもだけどね。あの子はほら、鈍いから」
「……そう、ですか」
なら、良かったのかな?
……あれ。
良くないのかな?
涼には、私の気持ちを知ってほしいって思う。
でも、まだ知られたくないような気もしてる。
どっちも私の本心で、自分でもよくわからなくなる。
それはたぶん──
「私ね、嬉しいのよ」
水希さんは、前を向いたまま言った。
「嬉しい、ですか……?」
「うん。今まで友達の一人も家に連れてきたことがなかった涼が、こんないい子を連れてきて。その子が涼のことを好きになってくれたんだもの。親として、そんな嬉しいこと他にないわよ」
「……私、そんなにいい子じゃないですよ。すぐ悩むし、迷うし、涼にも頼りっぱなしで……」
あぁ、そっか。
だから私、ずっと怖かったんだ。
ようやく、わかった。
口に出して、初めて。
涼は、変わったと思う。
私が話しかけるようになる前と比べて、すごく。
そんな涼の隣に並んでもいいのかって、思っちゃってるんだ。
……こんな、私が。
なのに、
「なぁんだ。栞ちゃん、そんなこと気にしてたの?」
水希さんはあっけらかんと笑う。私の悩みなんて、取るに足らないって言うみたいに。
「そんなの、どんどん頼っちゃえばいいのよ」
「え……でも──」
「男の子なんて単純なんだから、女の子に頼られたらそれだけで浮かれちゃうものよ」
「そういう、ものなんですか?」
「そういうものなのよ。特に、栞ちゃんみたいな可愛い女の子からなら、尚更ね」
「涼も、浮かれてくれますか……? 迷惑だって、思われないですか?」
涼からは、迷惑じゃないって言ってもらった。
けど、やっぱり不安なの。
だって、涼は優しいから。
面と向かって迷惑だなんて、涼が言えるはずないから。
水希さんは少しだけ考え込んで、それからゆっくりと続ける。
「栞ちゃんは、栞ちゃんがいない時の涼を知らないからわからないかもしれないけど──あの子ね、最近すごく変わったの」
知ってます、とは言えなかった。
水希さんの言う変わったと、私が見てきた涼は、少しだけ違うような気がして。
「これまでは、いっつもつまらなさそうな顔してたの。それがね、栞ちゃんが遊びに来てくれるようになってからは、すごく楽しそうなのよ。これを聞いてもまだ、迷惑になるって思う?」
「それは……」
「栞ちゃんが、涼を変えてくれたのよ。それはたぶん、涼自身もわかってる」
水希さんは、赤信号でブレーキを踏みながら、横目でちらりと私を見た。その横顔が、涼と重なる。
私が……涼を変えた?
こんな私でも、涼の役に立ててるってこと?
「ただね、栞ちゃんが不安になるのもわかるのよ。恋って、そういうものだものね。でも、その不安ごとぶつかってみてもいいんじゃないかな。涼はきっと、受け止めてくれるはずだから。だって涼も──」
なにかを言いかけた水希さんが、はっと口を噤む。
「……ってこれは、私が言ったらいけないことね。さすがに野暮だもの」
わざとらしく肩をすくめる水希さん。
なにを言いかけたのかは、すぐにわかった。
……涼も、私のことを?
水希さんからは、そう見えてるってこと?
都合よく考えすぎかな。
けど、もしそうだとしたら──
「まぁ……もし栞ちゃんが頼りっぱなしで申し訳ないって思うなら、まずは今夜、美味しいご飯でも作って、胃袋掴んじゃいましょ。私も協力してあげるから。ね?」
「……はい!」
あぁ、そっか。
お夕飯の話も、きっとこのためにしてくれたんだ。
……優しいな、水希さんも。
やっぱり、親子なんだね。
まだ完全に不安は消えないけど、やってみたい。
ウジウジしてたって、なにも変わらないもんね。
やっぱり涼のことが好きだから。
大好きだから。
私は、私のできることをする。
水希さんと一緒にご飯を作って。それで涼に「美味しい」なんて言ってもらえたら──
私……嬉しくて死んじゃうかも。
大丈夫。
昔はお母さんのお手伝いとかしてたし、ある程度のことはできる……はず。
それで後は──
美紀とのことに決着をつけたら、きっと伝えよう。もし届かなかったとしても、絶対に諦めない。
私には、涼が必要なんだもん。
心は決まった。
まだ不安はあるけど、もう迷いはない。
だから。
「あの……水希さん。さっき言ってた、涼の昔の話、教えてください」
もっともっと、涼のことが知りたい。
「あ、そうだったわね。うーん、なにから話しましょうか」
「涼のことなら、なんでもいいですよ」
「ふふっ、わかったわ。えっとね──」
それから、水希さんからたくさん涼のことを教えてもらった。
小さい頃から人見知りで、外ではいつも水希さんの影に隠れていたこと。でも、家では結構やんちゃだったこと。
それから、涼の好きな食べ物も。
「今日は特別に、涼の好物フルコースにしちゃいましょうか?」
「ぜひっ!」
知れば知るほど、ますます涼が好きになる。
もう、友達なんかじゃ我慢できないよ。
なら、ちゃんと私の気持ちを知ってもらわなきゃ、だよね。
ゆっくりと買い物を済ませて戻ると、涼はリビングのソファに横になって眠っていた。
「……涼、寝ちゃってますね」
「まったく、だらしがないんだから」
「でも……寝顔、可愛いです」
こんなに気持ち良さそうに寝ちゃって。
いい夢でも見てるのかな?
私の夢だったら、いいなぁ。
「あら。涼が好きなこと、もう隠さないのね」
「だって、水希さんにはもうバレちゃってますから」
顔を見合わせて、くすりと笑う。
そこでふと、思い付いた。
「あの、水希さん。涼の寝顔、写真撮ってもいいですか?」
「いいわね、やっちゃいましょうか。上手に撮れたら、私にも送ってくれる?」
「もちろんです」
先に水希さんと連絡先を交換してから、私はスマホを涼に向ける。
午後の日差しが、レースのカーテン越しに涼を照らしている。すぅすぅと、穏やかな寝息。
私は迷うことなく、シャッターを切った。
今、この瞬間の涼が、私のスマホに切り取られた。
これでいつでも涼の顔が見れるようになる。
涼も知らない涼の顔。
それが、私の手の中にある。
そう思うと、どうしようもなく頬が緩んだ。




