第27話 三日後の舞台と、火照る身体
スマホの画面の上で、指が彷徨う。
緊張する。
深く息を吸って、吐いて。それでも全く落ち着かないけれど──
俺は意を決して通話ボタンをタップした。無機質なコール音。心臓が、変に脈打つ。
しばらく待つと、通話は静かに繋がった。
『……はい』
かすかに震える声が、スマホ越しに聞こえてくる。
「えっと……花火大会で会った、栞と一緒にいた者ですが……」
『……そうかなって、思ってました。わざわざ、すみません』
「いえ……俺こそ、あの時は怒鳴ってすみませんでした」
『いいんです。私もきっと、誰かにあんな風に怒ってもらいたかったんです……』
「そう、ですか。じゃあ、本題に入りましょうか。栞、あなたに会ってもいいと言ってくれましたよ」
少し、間があった。小さく息を呑むような音が聞こえて、
『……本当、ですか?』
疑うような声が返ってくる。
それでいて、喜んでいるようにも聞こえた。
「本当です。ただし、その場に俺も同席するのが栞の出した条件です。それでも構いませんか?」
『……もちろんです。断る理由も、権利も、私にはありませんから。栞に会えるなら、それで……』
「わかりました。では、時間と場所なんですが──」
***
無事に約束を取り付けて、俺はスマホをポケットに押し込みながら、夜空を見上げた。
三日後の午後四時、場所はファミレス。
全部、こちらの希望通りになった。
ファミレスにしたのは、なにかあった時に周囲に人がいた方がいいだろうという判断からだった。
これで、舞台は整った。
あとは、そこで栞がどうするか。
いや……。
それまで栞は不安な時間を過ごすかもしれない。
なら、俺が──
寄り添ってあげたい。
「……会いたいな」
つい、口からこぼれた。
家まで送り届けたばかりなのに、そんなことを思う自分に苦笑する。
これじゃ、栞のためだなんて言っておきながら、自分のためだ。
けど、それでもいい。
好きだから、会いたい。
側にいてほしい。
そしてなにより──
いつも、笑っていてほしい。
栞の笑顔を思い浮かべると、それだけで胸の奥がじわりと熱を持つ。愛おしいって、思ってしまう。
……三日後が、栞にとって意味のある時間になりますように。
ただ、願う。
祈る。
今は、それくらいしかできないから。
◆side栞◆
お風呂からあがった私は、自分のベッドにごろりと横になった。
エアコンが吐き出す冷たい空気が頬を撫でる。でも、身体の火照りはまったく取れなかった。
帰り道、うっかり言いかけた言葉を思い出す。
──すき。
たった二文字。
その半分が口からこぼれて、慌てて誤魔化した。
本当は、言いたかった。
言えなくて、残念だった。
けど……。
あそこで言わなくて正解だったとも思う。
あんな重たい話の後に告白なんて、絶対変だもん。
だから、まずは美紀とのことを、ちゃんと片付ける。話は、それからだよね。
三日後、私は美紀と会う。
会って、話をする。
正直、まだ怖い。怖くて怖くてたまらない。
気持ちの整理だってしないといけないのに──
……涼。
涼、涼、涼。
すぐ、頭の中が涼でいっぱいになっちゃう。
涼の顔を思い浮かべるだけで、胸が苦しい。
「……涼、好き。大好き」
思わず、声がもれた。
抱きしめてもらった時の、腕の力、胸板の厚さ、汗の匂い。男の子なんだなって、すごく実感した。
もっと、一緒にいたいよ。
もっと、声が聞きたいよ。
もっと、触れたいの。
もっと、触れてほしいの。
誰にも、涼のことを渡したくない。
私だけを、その腕で抱きしめて。
考えれば考えるほど、思い出せば思い出すほど、火照りは強くなる。息もできないくらい、ぎゅっと胸が締め付けられる。
ダメなのに。
今は、そんな場合じゃないのに。
それでも止まらない。
枕に顔を埋めて、思いを吐き出す。
「好き。涼、好きだよぉ……」
何度も、何度も。
どうして、こんなにほしくなるの。
こんな自分、嫌なのに。
頼りっぱなしのくせに。
……こんな私が、涼を好きになってもいいのかな?
ふと、熱が急激に冷めていく。
怖くなった。
もし、この気持ちを涼が受け止めてくれなかったら──って。
なのに。
「……会いたいよぉ、涼」
さっきまで一緒にいたのに、私、おかしいのかな。
でも、ね。
不安なの。
寂しいの。
笑いかけて、ほしくなるの。
それから、『栞』って、優しく呼んでほしい。
そうしたら……少しは安心できるから。
……明日は、朝から会いに行っちゃおうかなぁ。
なら、早く寝なくちゃ。
隈のできた顔なんて、見せられないよ。
涼には、私の可愛いところだけ見てもらいたいもん。
明かりを消して、タオルケットに包まる。
目を閉じて、呼吸を整える。
それでも──
ドキドキして、なかなか寝付けなかった。




