表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
入学初日にクラス全員を拒絶した女子と関わったら、愛が重すぎる甘々彼女になった。  作者: あすれい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/44

第26話 静かな帰り道と、繋がった未来

「……涼、今日はありがとね」


 並んで歩く夜道の途中、栞がぽつりとこぼした。


 栞が着替えを済ませた後、俺たちは一緒に家を出てきた。もちろん、栞を家まで送り届けるために。


 街灯の明かりが、俺たちの影を地面に落とす。二つの影は寄り添い、腕の先の部分で繋がっていた。


 家から外に出た瞬間、栞は俺の手を取った。まるで、そうするのが当たり前みたいに。俺も、なにも言わずにそれを受け入れた。


「別に……お礼を言われるようなことは、なにもしてないよ」


「そんなことないよ。勝手にいなくなったのに探してくれたし、話も聞いてくれたでしょ?」


「それくらいはするって。だって栞は──」


 一度は飲み込んだはずの言葉がまた喉まで出かかって、俺は声を詰まらせた。


「……大事な、友達だから」


「涼はそうやってなんでもないように言うけどね……私にはすごく嬉しいことだったんだよ。だから、ありがと」


「……うん」


 俺と栞の足音が重なって、静かな夜の住宅街に小さく響く。栞は何度かちらちらと俺の顔を見て、肩を強張らせた。


「……それとね。私、涼に謝らないといけないことがあるの」


「俺……なにかされたっけ?」


 栞から謝られる心当たりは、全くなかった。なのに、栞はどこか遠くを見つめ、繋いだ手の力をきゅっと強める。


「私ね……今日を最後に、涼の前から消えようと思ってたの」


「……えっ?! 待って、なんで?」


「だって……怖かったの。涼は──あの時の美紀とは違うって、わかってたのに。理屈じゃなくて、ただ……怖いって思っちゃったの」


「でも……来年も一緒に花火見ようって……」


「うん。消えるのは、もうやめにしたんだ」


「それは……どうして?」


「……涼が、追いかけてきてくれたから。私を、ちゃんと繋ぎ止めてくれたから。それで……怖いなんて気持ち、全部消えちゃった。だけどね、黙っておくのは卑怯だなって思って、謝りたくて」


 栞の言葉に、背筋がひやりとした。


 俺が告白しようと考えていた裏で、栞が全く逆のことを考えていたなんて。


 もし、今日がなにごともなく終わっていたら──


 明日から、栞はうちに来なくなって……。

 連絡しても、返事すらなくて……?



 そんなの、絶対に嫌だ。



 俺は咄嗟に、栞の手を強く握り直した。もう二度と、勝手にどこかへ行ってしまわないように。


「……涼。ちょっと痛いよ」


 栞がかすかに顔を歪める。

 俺は反射的に手を離した。


「ご、ごめん……! つい……」


「……もう。そんなことしなくても、私はここにいるよ。でも……離したら、嫌。しっかり、掴まえててほしい」


 その声は、安心しているようにも、甘えているようにも聞こえた。

 すぐにまた、手が繋がれる。


「……うん」


 俺も、握り返す。

 今度は、優しく。絶対に痛くしないように。

 華奢な手の感触に、確かな栞の存在を感じた。


 俺にとって──特別な栞を。


「……なんか、あの人に感謝しないといけないのかも」


「あの人って……美紀のこと? なんで、感謝?」


「栞を傷付けたことは、正直許せないけどさ……あそこで会わなかったらって思うとね」


 彼女と遭遇しなければ、栞が逃げ出すことはなかった。栞が逃げなければ、俺が追いかけることもなかった。


 そして、その先に待っていたのは──


 なにも知ることなく、栞との関係を失う未来だ。


 なんとも複雑な心持ちだが、話を整理するとそういうことになる。栞もそこに考えが至ったのか、はっと息を呑んだ。


「……確かに、そうかも。ねぇ……美紀に、お礼言ったほうがいいのかな?」


「いや、いらないんじゃないかな……」


「そ、そうだよね。うん、そうする」


 栞はこくんと頷いた。その顔が妙に真剣で、つい頬が緩む。


「ところでさ……例の件、いつにしようか? 俺はいつでも構わないけど」


「あっ、そうだね。それも決めておかないと、だよね」


 じっと俯き、少しだけ考えてから、栞は顔を上げた。


「なるべく早い方がいい……かも。けど、色々考える時間も欲しいし──うーん、そうだなぁ。三日後、くらいにしようかな」


「わかったよ。じゃあ、後で俺から連絡しとくね。それでいいかな?」


「うん。場所とか時間は涼に任せるよ。……ごめんね、面倒事押し付けちゃって」


「ううん、全然。俺から持ってきた話なんだから、これくらいはするよ」


 栞はこれから、自分の傷と向き合わなければならない。それは、栞にしかできないことだ。


 だからせめて、場を整えるくらいのことはしてあげたい。


「はぁ……。なんか私、涼に迷惑かけっぱなしだなぁ」


 しばらくは無言で歩いていた栞が、不意にため息混じりに言った。


「そういうこと言わないの。俺がしたくてしてるんだからさ」


「だってぇ……」


「だってじゃないよ。それにさ、俺も栞に色々してもらってるから」


「色々って……たとえば?」


「たくさん勉強教えてもらったでしょ」


「それは涼に近付くための口実だったんだけど……?」


「理由はなんであれ、だよ。俺は栞に感謝してる。それを少し返してるだけだって」


「……もうっ。涼のそういうところ、本当にすっ──」


 言葉に詰まった栞の頬が、暗闇でもわかるくらい赤く染まる。俺は笑みを返して、問い直した。


「す……って、なに?」


「──す。……ず、ずるいっ!」


 栞はそう言って、ぷいっとそっぽを向いた。唇を尖らせて、膨れっ面になった栞は、どう見ても拗ねているようだった。


「えぇ……ずるいって言われても困るんだけど。思ったこと言っただけだし」


「それがずるいのっ! ばかっ」


 肩をとんっとぶつけられる。

 でも、手だけは離れない。


 思えば、今日はずっと手を繋いでいる気がする。この夜道の静けさが、まるで二人だけの世界みたいで。

 

 今はまだ、少し緊張する。

 でもいつか、これが普通になったら──


 そんなことを考えながら、俺は栞の横顔を見つめていた。


 やがて、一軒の家の前で栞が足を止めた。その頃には、栞の頬もしぼんでいた。


「着いたよ。ここが私のおうち」


「ここが栞の家かぁ。思ったよりも普通だね」


「あっ、それ私が言ったやつ! 真似しないでよぉ」


「だって、なんか思い出しちゃって」


「まったくもう……。そんな意地悪な涼には仕返ししちゃうんだから」


 栞の指先が、インターホンのボタンを押し込む。すぐに家の中からパタパタと足音が聞こえて、ガチャリと玄関が開いた。


 中から出てきたのは、目元が栞そっくりの女性だった。


「ただいま、お母さん」


「おかえりなさい、栞。それから──」


 栞のお母さんの目が、俺に向いてピタリと止まる。


「あなたが、涼くんね?」


「あっ、はい……高原涼です。はじめまして……」


 いきなりのお母さんとの対面に、喉がひりつく。どうにか挨拶を絞り出すと、ふっと微笑まれた。


「そんなに固くならなくていいのよ、栞から話しは聞いてるから。はじめまして、栞の母の文乃ふみのです。栞と仲良くしてくれてありがとね」


「い、いえ……。こちらこそ、栞さんには良くしてもらって……」


「涼? ガチガチだけど、大丈夫そう?」


 そう言う栞は、いたずらっぽく笑っていた。


「大丈夫じゃないって……。心の準備くらいさせてよ」


「仕返しするって言ったもーんっ」


 文乃さんはくすりと笑うと、俺たちの手元に視線を落とす。


「ふふっ、予想以上に仲良しなのね。栞が楽しそうで私も嬉しいわ」


「「……あ」」


 俺と栞の声が、見事に重なった。

 慌てて手を引っ込めようとしたが、がっちりと掴まれて離れない。


「もう少しだけ……このままでいて」


 栞は俺の手をぎゅっと握ったまま、耳元で囁く。それから文乃さんへ向き直ると、少し照れた顔で言った。


「涼はお友達だもん。だから……これくらい普通なのっ」


「あらあら、そうなのね」


 文乃さんは微笑んだまま、小さく肩をすくめた。


「余計なことをいっちゃったかしら。ごめんなさいね」


「本当だよ、まったく……。というわけで、涼。送ってくれて、ありがとね」


「え……あ、うん」


 頷くと、ようやくするりと手が解けた。生温い空気が手の平に触れて、なんだか寂しい。


 でもそれ以上に、ちゃんと繋がっているという実感が残っていた。


 栞も自分の手の平をじっと見て、それから一歩、俺から離れた。わずかに腰を折り、上目遣いで見つめてくる。


「じゃあ、また明日ね」


「うん、また明日」


「涼くん。また改めて、うちにも遊びに来てちょうだいね」


「は、はい」


 先に、文乃さんの姿が家の中に消えた。

 続いて、栞も。


 玄関が閉まる直前。

 ひょこりと栞の顔が覗く。


「涼、おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


 そして、栞は笑顔でバイバイと手を振って、今度こそ家に入っていった。


 たったこれだけのことで、胸の奥がじわりと熱を帯びる。今日という日を、栞が笑って締めくくれたことが、たまらなく嬉しい。


 それが当たり前じゃないって、特別なものだって知ってしまったから、尚更。


 だから、俺は俺のできることをする。


 一人きりになった帰り道。

 俺はポケットからスマホを取り出した。


 ぎりぎりで繋がった未来を、守るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ