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入学初日にクラス全員を拒絶した女子と関わったら、愛が重すぎる甘々彼女になった。  作者: あすれい


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第15話 フリーズした母さんと、小さな言い間違い

「着いたよ。ここが俺んち」


 住宅街の中の一軒家。見慣れた我が家を指さすと、栞の手はするりと俺の腕から離れていった。


 名残惜しい、なんて思ってしまう。炎天下じゃなければ、もっとゆっくり歩いたり、あえて回り道をしたくなっていたかもしれない。


「ここが、涼のおうちなんだ……。ふぅん、思ってたより普通だね」


「……なに? 豪邸でも想像してたの?」


「あ、違うの。そういうことじゃなくてね、いい意味で普通っていうか……ちょっと安心したの」


「いい意味の普通がよくわかんないけど……とにかく入ろうか。母さんいるけど、あんまり気にしないでよ」


「気にするよっ!」


 突然、栞が大きな声をあげた。ちょっとだけ背伸びをして、しかつめらしい顔を寄せてくる。


「前に言ったでしょ、ちゃんとご挨拶しなきゃって。礼儀知らずだって思われて、涼との友達付き合いを反対されたら嫌だもん」


「されないと思うけどなぁ……。母さん、細かいことに頓着しないタイプだし。まぁ、栞のしたいようにしてくらたらいいけどね」


「うん、そうする」


 栞は胸の前で握り拳を作って、玄関に視線を向けた。そんな姿に苦笑しつつ、ドアに鍵を差し込んで回す。カチャリと、音が響いた。


 同時に、家の奥からドタバタと足音が聞こえてくる。俺がドアノブを引くよりも早く、内側から勢い良くドアが開いた。


「おかえり、涼! それで、お友達っていうのは?」


「……ただいま。あのさ、母さん。恥ずかしいからそういうのやめてくれない?」


「ずっと気になってたんだもの、やめられるわけないでしょ。ほら、早く紹介しなさいよ」


「わかったって。……栞、これがうちの母さん」


 振り返ると、いきなり現れた母さんに驚いたのか、栞は俺の背中に隠れていた。けれど、意を決したように一歩踏み出し、そっと俺の横に並ぶ。


「あのっ……はじめましてっ! 私、黒羽栞っていいます。涼くんとは最近仲良くなって……って、あれ?」


 不意に、栞はキョトンとした顔をする。

 その視線を追って、俺は察した。


 母さんがフリーズしていた。

 ポカンと口を開けたままで。頭の上に『NowLoading……』と書かれていても、まったく違和感のない表情で。


 試しに目の前で手を振ってみたが、反応はない。


 母さんが栞に変なことを言わないか心配してはいたが、まさかこんなことになろうとは……。


「あー……ごめん。母さん固まっちゃったみたい」


「えぇっ……! ってことは、またやり直し?」


「そうかも。本当にごめん」


「そんなぁ……。噛まないように必死で頑張ったのにぃ」


 栞はしゅんと肩を落とした。


 母さんが再起動するまで、たっぷり一分はかかったと思う。いきなり動き出した母さんは、俺の肩を力いっぱい掴んで詰め寄ってきた。


「ちょっと涼っ! 女の子だなんて聞いてないんだけど?!」


「……言わなかったっけ?」


「聞いてないわよっ! いきなりこんな可愛い子連れてきたら、びっくりするに決まってるでしょ!」


 激しく前後に揺さぶられて、なんだか気持ちが悪くなってきた。でも、母さんの目にも栞は可愛いらしく映っているらしい。そこにだけは、少しだけ安心した。


「あ、あの……お母様? それくらいに……。元はと言えば、私が悪いんです。涼のおうちに行きたいなんて言ったから……」


 栞が申し訳なさそうに言うと、ようやく揺れが止まる。母さんは俺を放り出すように突き放すと、余所行きの表情で栞に向き直った。


「ごめんなさいね、みっともないところを見せて。えっと、栞ちゃんだったわね。栞ちゃんはなーんにも悪くないのよ。むしろ、うちの愚息と仲良くしてくれて、感謝しかないんだから」


「愚息だなんて……。涼はその、素敵な男の子だと、思いますよ? すごく優しいですし、ちゃんと見てくれるっていうか……」


「あらあら……」


 体勢を立て直した瞬間、母さんの肘が脇腹に突き刺さった。


 痛い。普通に痛い。


 言いたいことがあるなら、普通に言ってくれれば──


 いや、今は言わない方がいいか。


 母さんは俺と栞の顔を交互に見て、小さく咳払いをした。


「……こほんっ。改めまして、高原水希(みずき)です。一応、涼の母親やってます」


「一応ってなんだよ……」


 その呟きは、あっさりと無視された。息子の扱いが雑すぎやしないだろうか。


 母さんは俺を完全にスルーして、栞の耳元に口を寄せる。なのに、俺にも聞こえるような声量で囁いた。


「ところで栞ちゃん……。実は、涼の彼女だったりしないの?」


「……ぶっ! 突然なに言い出してんだよっ!」


「そ、そうですよっ! 彼女なんてそんな……。友達、ですもん!」


「あら、残念。この感じは本当にそうなのね」


「……えぇ、まだ」


 栞がホッと息を吐いた、そのひとことに、俺は思わず耳を疑った。


「「……まだ?」」


 俺と母さんの声が重なる。

 栞は顔を真っ赤に染めて、両手を忙しなく動かした。


「ちっ、違うんです。そのっ……まぁ、って──えぇ、まぁ……って言いたかっただけで!」


 ……なんだ、言い間違いか。

 そりゃそうだよな。


 ちょっとだけ期待してしまった自分が恨めしい。母さんだけがなぜかニヤニヤしていたが、ここは触れない方がいいだろう。


 余計なことを言われて、栞と気まずくなりたくない。


「まっ、なんでもいいわ。栞ちゃん、こんな息子だけど、これからも仲良くしてあげてね」


「えっと……それは、はい」


 母さんは栞の返事に満足そうに頷くと、パチリと手を叩いた。


「さてっ、これから二人で課題やるって話よね。お邪魔しちゃ悪いし、私はお買い物にでも行ってくるわ」


「え……そんないきなり?」


「ちょーっと買い忘れを思い出したからね」


 母さんはそこで言葉を区切ると、俺の肩に手を置き、今度は栞に聞こえないように小声で言う。


「二人きりだからって、変なことしちゃダメよ。そんなことしたら一発で嫌われちゃうんだから」


「……余計なお世話だよ。いいからさっさと行けって」


「あら、反抗的ね。応援してあげてるのに」


「それが余計なお世話だっての。まったく……」


 ため息をつくと、母さんはくつくつと笑いながら俺から離れた。


「じゃあ栞ちゃん。あんまり緊張しなくていいから、ゆっくりしていってね」


「あ、はいっ」


「それじゃ、いってきまーすっ!」


 なんとも慌ただしく、母さんは出かけていった。取り残された俺と栞は、しばらく玄関を見つめていた。


「……なんだか、賑やかな人だね」


「いつもは、もう少し大人しいんだけどねぇ。たぶん栞のこと、かなり気に入ったんだと思うよ」


「そう、なんだ。……良かったぁ。でも──本当に二人きりになっちゃったね?」


 そう言って、栞はふわりと微笑んだ。

 その表情に、また胸がざわつく。


 母さんにからかわれたからじゃない。

 今日の栞が──ただただ魅力的すぎるせいだ。


 そんなの、意識しないわけないだろうに。

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