第118話 押し込む指先と、ダイレクトな感触
「……栞。最初は痛いかもだけど──すぐによくなるからね」
そう言って、俺は栞に手を伸ばした。手の平が触れただけで、栞の肩がピクリと震える。
「……私は平気だから──一思いにやっちゃって」
「わかった。いくよ、栞」
「……うん」
栞が頷くのを確認して、俺はぐっと指を押し込んだ。一思いにやれと言われても、相手は大事な大事な栞の身体。反応を確かめるように、ゆっくりと力を込めていく。
すぐに栞の悲鳴があがった。
「……んっ! んぅっ、いったぁいっ……!」
「ごめん、痛いよね。でも、こうするしかないから」
「……痛いけど、我慢するよ。だって、涼がしてくれてるんだもん」
「ん、栞はいい子だね。なら、続けるよ」
俺はまた、ぐりっと栞に指を押し込む。
「……あっ、んんっ。ちょっとずつ、よくなってきたかも」
「まだだよ。まだ強張ってるから、もっと力抜いて、俺に任せて。ね?」
こういう時は、まずリラックスさせるのが大事──だと思う。安心させるように、優しく声をかけるのも忘れてはいけない。
「はぁ……いぃっ?! んぁっ、涼っ……それ、ダメぇっ!」
「ダメじゃないでしょ。ほら、だんだん柔らかくなってきた」
「……あっ! だってぇ、涼がそんなにするからぁっ。なんか、少し楽に──あぅっ!」
栞の身体が、一際大きく跳ねた。俺のラッシュガードの袖口をぎゅっと掴んで、痛みと、それが解れていく感覚に耐えているようだった。
「……もうちょっと、かな? もう少し強くしても大丈夫そう?」
「うん、うんっ……! い、あっ……涼っ!」
栞は俺の名前を叫びながら大きく仰け反って、それからくったりと脱力した。そして、荒い息を整えて、熱っぽい吐息を吐き出した。
「はぁぁぁ……。ありがとぉ、涼。おかげで脚の痛いの治まったよぉ」
そんな栞の隣で、俺も大きく息を吐く。
はぁぁぁ……!
どうにか乗り切ったぁ……!
脚をつった栞よりも、俺の方がぐったりしているかもしれない。
……さっきのあれ、なに?!
俺、脚のマッサージしてただけだよね?!
足を膝の方に押してあげてながら、ふくらはぎを揉みほぐしていただけなのに、あんな──
栞の声はどこか艶っぽくて、いけない妄想が頭を過ぎらないようにするので必死だった。おまけに、触れていた脚の先、白い布地に覆われた部分が何度も視界に入ってきて。
その全てが、とてつもない破壊力をもって俺に襲いかかってきた。
もう栞の全部を見たことがあるのに、触れたこともあるし、その奥に進んだこともあるのにと自分でも思うが──むしろ、知ってしまっているからこそ、刺激が強かった。
心臓はバクバクだし、プールで冷ました熱は戻ってくるし、栞の声が周りに聞こえないかヒヤヒヤした。
栞もわざとじゃないとは思うけど──
……鼻血とか、吹き出さなくてよかったぁ。
そんなことを思ってしまうくらいには、衝撃的な体験だった。
おかげで、俺はすっかり立ち上がれなくなってしまっている。
そりゃもう、いろんな意味で。
ここは頭がくらくらするせい、ということにしておきたいところではあるが。
そうしてへたり込んでいると、栞が四つん這いでにじり寄ってくる。じりじりと近付いてくるたび、胸元がふるりと揺れて。それがまた、眼福──いや、目に毒だった。
「……涼、どうしたの? もしかして、涼もどっか調子悪い?」
「あぁいや……気が動転して疲れただけっていうか、少しフラつく程度だから問題ないよ」
「えぇっ?! そんなの問題大有りだよぉっ! えっ、えっ、フラフラするの? もしかして、熱中症とか?! 涼っ、辛いかもだけど少し立てる? とりあえず急いで日陰に移動しなくっちゃ!」
「待って?! そんな大事じゃないよ?!」
「ダーメっ! 今は大事じゃないって言えても、ひどくなってからじゃ遅いんだよ? お願いだからちゃんと言うこと聞いてっ! 私が支えてあげるから、早く立つのっ!」
俺は半ば強引に栞に引っ張り上げられて、やや前屈みになった情けない姿勢のまま、日陰へと連れていかれた。
「とりあえず、まずは安静にしとかなきゃね。というわけで──はいっ、おいで?」
「えっ……? おいでって……栞の膝に?!」
栞は脚を横に流して座り、自分の膝をぽんぽんと叩いていた。
「だって、地面にそのまま寝たら頭痛くなっちゃうよ。膝枕なんて初めてじゃないんだから、遠慮しないのっ!」
「いや、でもっ……!」
「でもじゃありませーんっ。はーい、ごろーん」
身体に力の入らない俺は、栞にされるがまま転がされた。頭を包むのは、もっちりとした柔らかな感触。
……うわっ。
ダイレクト膝枕、やばっ。
家でしてもらった時とは全然違う。同じなのは、優しく見下ろしてくれる栞の瞳だけだった。
栞は俺の頬を撫でたり、額に触れたりして、小さく息を吐いた。
「……よかったぁ、本当に大したことないみたいだね。でも、少しでも変だと思ったらすぐに言ってね? 無理したりしたらダメなんだからね?」
「……うん」
栞のせいでこうなった、とはもう言えなかった。そんなことを口にすれば、また「涼のえっち」なんて言われてからかわれるに決まってる。
「じゃあ、このままちょっと休もうね」
栞は片手で俺の目を覆い、もう片手で頭を撫でてくれる。ドキドキと安らぎを同時に与えられて、俺は大人しく栞に身を任せた。
……俺のことを心配性だなんだって言うけど、栞も大概心配性なんだよなぁ。
そんなふうに思いながら、俺は少しの間、目を閉じることにした。だってそれは、裏を返せば栞がそれだけ俺を大事に思ってくれているということだから。
まぁ結局は、栞の生太ももが気持ちよすぎただけなんだけど。




