第112話 見惚れる水着姿と、まさかの宣言
栞の水着姿は、俺の好みのど真ん中を容赦なくぶち抜いてきた。栞が着たらどんなものでも好きになってしまいそうだが、それはそれ。
栞が選んだのは、真っ白なビキニだった。楓さんが「めっちゃ大胆」と言っていた通り、まず布面積が少ない。栞は透き通るような肌を、惜しげもなく晒している。
とはいえ、変にいやらしくならないギリギリのラインは守られていて、むしろ、栞の清楚な容姿と相まって、上品にすら見えた。
胸元と腰回りには大きめなフリル、可愛らしさの演出にも余念がない。
そして最後に、胸の谷間の下できゅっと結ばれた黒いリボンがワンポイントになって、全体を引き締めていた。
「……涼?」
首を傾げたまま、栞は下から俺の顔を覗き込んでくる。さらりと流れる黒髪が、ワンサイドアップに結われていることに気が付いたのは、その時だった。
普段は落ち着いた雰囲気を醸しているのに、あどけなさと快活さが加わって、それがまた水着姿によく似合う。
……これは、反則なんじゃ?
このまま家に連れて帰って、俺の部屋で二人きりの鑑賞会を開きたいくらいだ。栞のこの姿が衆目に晒されることを気にする前に、俺が耐えられそうにない。
俺は無言でラッシュガードを脱ぎ、そっと栞の肩にかけた。
「……え、いきなり隠しちゃうの? そんなに、変だった?」
栞の声が不安げに揺れる。俺は慌てて首をぶんぶんと横に振った。
「そんなわけないじゃんっ! 可愛すぎてやばいっていうか……だから、その。それ、着といてよ」
「……ふぅん?」
栞は顔をにんまりさせて、肩からラッシュガードを剥ぎ取って俺に押し付けた。
「そういうことなら、これは返すよ。ちゃんとドキドキしてくれてるってことだもんね。なら、隠しちゃったらもったいないでしょ?」
「……で、でもっ」
頭がくらくらする。これは、強い日差しのせいなんかじゃない。なのに、栞は俺に見せつけるようにくるりと一回転してみせた。
「えへへっ。ねぇ、見て見てっ! 腰の横もリボンになってるのっ。可愛いくなぁい?」
そう言って、栞はいつもと変わらないノリで俺の左腕に抱きつく。そして、すっと背伸びをして、俺の耳元に口を寄せた。
「これね、引っ張ったら解けて脱げちゃうの。試して……みる?」
「えっ、えぇっ?! 脱げっ……?!」
……脱げたら、まずくない?!
慌てる俺を見て、また栞が笑う。
くすくすと、楽しそうに。
「んふふっ、想像しちゃった? でも残念でした、冗談だよっ。ただの飾りだから、脱げたりしないもんっ」
……やられた。
今日の栞は、また一段と手強い。ある程度の覚悟はしてきたが、来て早々に栞の手の上で転がされることになろうとは。
心を落ち着けるためにどうにか栞から視線を外すと、その先で遥が楓さんに目隠しをされていた。
「ちょっと遥っ?! しおりんのこと見すぎっ! あたしというものがありながらぁっ……!」
「いでででっ! 彩っ、やめっ……! 指がっ、爪が食い込んでる! 目玉、抉れるっ……!」
すでに栞が視線を集め始めているのには、俺もなんとなく気付いていた。もしかするとその中に、遥もいたのかもしれない。
友人のよしみで今回は許すけど……。
もし栞をいやらしい目で見ようものなら、たとえ遥だろうと、俺が目玉を──
いや、その必要はなさそうか。
「やめるわけないでしょーっ! 遥のバカっ! えっち! 浮気者ーっ!」
「ちがっ……ちげぇって!」
「なにが違うのよーっ?! そりゃしおりんが可愛いのはわかるけどさぁっ、ちょっとはあたしのことも見てくれたっていーじゃーんっ!」
「わかった、わかったって! 彩もすげぇ可愛いからっ! なっ? これで機嫌直せって!」
「あたしもって──そんなついでみたいに褒められても、ちっとも嬉しくなーーいっ!」
……あ、なんか一気に落ち着いたかも。
あっちはあっちで、いつも通りだった。
楓さんの水着も、栞と同じようにビキニだった。明るい楓さんによく似合う、オレンジ色。腰に空色のパレオを巻いているのが、栞との違いだろうか。
一瞬だけ、楓さんの水着の感想も言った方がいいかと思ったが──やめておいた。
そんなことしたら、絶対に栞が拗ねる。
現に今も、俺の脇腹に栞の手が伸びてきている。栞に視線を戻すと、ハイライトの消えたような瞳がじっと俺を見つめていた。
「……涼? わかってるとは思うけど……余所見なんかしちゃ、めっ、なんだよ?」
「わ、わかってるよ……? ほ、ほら……あの二人、またやってるなーって見てただけだから」
「あ、なーんだっ。そういうことかぁ。こんなところに来てまで──本当、彩香はしょうがないね」
「……そう、だね」
どうやら俺の方は、事なきを得たらしい。相変わらず、腕に胸が押し付けられてはいるけど。
遥が楓さんから解放されたのは、それから数分後のことだった。
遥は目の横にできた爪跡をさすりながら、盛大に息を吐いた。
「……はぁ。ったく、いきなりひでぇめにあったわ。でもまぁ、せっかく来たんだし──そろそろ遊ぶか。このまま入り口で突っ立ってても、時間がもったいねぇしな」
「おーーーっ! ほーらっ、しおりんたちもっ!」
さっきまでぷんすこ怒っていたとは思えないくらい、楓さんのテンションが高い。俺たちの背後に回って、背中が押された瞬間──
「……あ、あのね。その前に、ちょっとだけ、いいかな?」
ほんの少しだけ眉を下げながら、栞が待ったをかけた。
「んー? どったの、しおりん?」
「……えっと、すごく言い辛いんだけどね。実は私──えへへ、泳げないの」
空気が凍り付いた。
「「「……えっ?!」」」
一拍置いて、俺、遥、楓さんの声が重なる。ここにきてまさかの、泳げない宣言とは。
すると、栞がわたわたと手を振った。
「あっ、でもね! 別に水が怖いとかってわけじゃなくて、だけど溺れたりしないとも限らないし──だからその、ね……お願い、涼。ちゃんと私のこと、捕まえてて?」
じっと見つめてくる栞の瞳が、うるうると潤んでいる。俺はすかさず、栞の手をぎゅっと握った。
「わかった、任せてよ。絶対、栞を溺れさせたりしないから。ずっとこうして、捕まえてるからね」
「よかったぁ。涼ならそう言ってくれると思ってたよぉ。ありがとぉ」
栞は安心しきった表情で、正面から抱きついてきた。
栞が、俺を頼りにしてくれてる。
そう思うだけで、俺はなんでもやれそうな気がした。
「あー……まぁ、なんだ。ガチ水泳するようなとこじゃねぇし、適当に楽しみゃいいんじゃね? なぁ、彩」
「え? あー、うん……そだねー。とりあえず、話はまとまったみたいだし、いい加減プール入らない? なんか、急に暑くなってきちゃったよ」
なぜか遥たちが呆れたような視線を投げてきたが、俺にはその意味がさっぱりわからなかった。
なにはともあれ、軽い準備運動のあと──
俺たちはいよいよ、きらめく水面に向かって足を進めた。




