第110話 白状させられた婚約と、内緒の水着
八月も終盤のこの時期に、まだ水着が売っているのかという疑問はあったが──
大急ぎで向かったショッピングモール。楓さんと遥と合流して店内に繰り出すと、まだかろうじて水着売り場は残っていた。
「さぁてっ! それじゃあ早速、しおりんにぴったりの水着を選んじゃうよーっ! しおりんはあたしと一緒にこっちね。高原くんには遥貸してあげるから、そっちはそっちで自分の分を選んできてねっ!」
課題という呪縛から解き放たれた楓さんはのっけからハイテンションで、栞はその言葉にわずかに顔をしかめた。
「……えぇ、どうせなら涼に選んでもらいたいんだけど?」
「いやいやいやっ、しおりんはわかってないなぁ。こういうのはねぇ、とびきり可愛いのを選んでおいて、ぎりぎりまで焦らすのが大事なのですよ! そっちの方が、高原くんをドキドキさせられるんじゃないかなぁ?」
その一言で、栞の目の色が変わったのがわかった。
「……そうなの、涼? そういうもの?」
「えっ? あ、あぁ……まぁ、そうかなぁ?」
違う意味でドキドキしていた俺は、とりあえずこくこくと頷いておいた。
……俺が栞の水着を選ぶとか、絶対無理っ!
前回の服選びですらギリギリだったのに、水着なんて何着も見せられたら、心臓が耐えられる気がない。楓さんの提案は、まさに渡りに船だった。
「……ふぅん、そっか。涼がそこまで言うなら──わかった。涼が好きそうなの、頑張って選んでくるね。というわけで彩香っ、早く行くよ!」
「わわっ?! や、ちょっ、しおりん?! 引っ張ったら危なっ──というか、そんなに急がなくてもよくない?!」
「いーいーかーらーっ!」
「ま、待って待って! えっと、遥、高原くんっ、またあとでーーっ!」
栞にずるずると引きずられて、楓さんは色とりどりな女性用水着を着せられたマネキンたちの間に消えていった。すると、遥が眠たげにあくびをもらす。
「ふあ、ぁ……。ったく元気だねぇ。こちとら寝不足のところを無理やり連れてこられたってのによぉ」
「あ、やっぱりずっと楓さんの課題に付き合ってたんだ?」
「まぁな。放置しても、どうせ後から泣きつかれるだけだしよ」
「なんか悪いね。俺たちの買い物にまで付き合わせちゃって」
「んや、別にそれはいいんだがな。ってなわけで、さっさと涼の選んじまうか。つっても、男モンなんて選ぶほど種類ねぇけどな」
「……確かに。売り場面積の差がすごすぎるよね」
ざっと見た感じでも、男物は女性物の四分の一──いや、もっと少ないかもしれない。
「まぁなんでもいいからはよ行くぞ。あっちは時間かかるだろうし、こっちはサクッと済ませてだらだらしてようぜ」
「あ、うん。そうだね」
というわけで、ものの十分程度で俺の買い物は終わった。俺が選んだのは、無難な黒のハーフパンツタイプ。遥がふざけてブーメランパンツを持ってきたが、それは断固拒否した。
あとはついでに、遥の強い勧めでラッシュガードも購入しておくことに。日焼け防止とか、栞が視線を集めすぎた時に着せるとか、いろいろと使い道はあるらしい。
彼氏としての欲目を除いても、栞はクラスで一騒動起こすレベルで可愛らしい。まだどんな水着を選んでくるかはまたわからないが、俺としても栞の素肌を他の男にじろじろ見られるのはよい気分がしない。
そういう意味では、無駄ではない出費だっただろう。
そうして俺は、片手に紙袋をぶら下げて、手近にあったベンチに遥と並んで座って栞たちを待つことになった。
「さて……女の買い物はなっげぇからな。こっからどんだけ待たされることになるやら。涼も覚悟しとけよ」
「あぁ、うん、わかったよ。でも──」
楓さんを引っ張っていった時の栞の言葉を思い出す。俺が好きそうなのを選んでくれるらしい。
自分が好きなのじゃなくて、俺の好きそうなのを。
なら。
「こうやって待つのも、案外悪くないのかもよ」
「……変わってんなぁ、涼は。こんなの退屈なだけじゃねぇかよ」
「あはは、俺が変なだけかもね。栞が楽しそうにしてるなら、ちょっとくらい待つのは平気っていうか……。うん、全然苦じゃないよ」
「涼、お前……さらに黒羽さんにベタ甘になってやがんな。もしかして、あれからまたなにかあったのか?」
「へっ?! なにかって?!」
不意に図星を刺された俺は、思わず素っ頓狂な声をあげた。
「お、その反応はまじでなんかあったな? おもしれぇじゃん。どうせしばらく暇なんだ、洗いざらい吐いてもらおうか」
「べ、別になにもないけど?!」
「そういうのは、なにもなさそうな顔して言いやがれってのっ!」
遥にがっちりとヘッドロックを食らって、俺は逃げ場を失った。観念して婚約騒動のあらましを白状すると、遥の爆笑が周囲に響いた。
「ぶっはははっ! そりゃ涼がわりぃわ、勘違いされてもしかたねぇよ!」
「いや、でもっ! あれは母さんたちのせいっていうか……!」
「けどよ、黒羽さんの親父さんの前で覚悟決めてきたんだろ? んなこと言われちゃ、俺だって勘違いしちまうわ。てか、お前ら付き合い出したばっかだろ? なのに婚約とか──くははっ、腹いてぇっ!」
「……他人事だと思って笑いすぎじゃない? おかげで、なぜか俺、栞からプロポーズ催促されてるんだから」
「へぇ? それで、したのか、プロポーズ?」
「……いや、まだだけど」
「ならさっさとしちまえよ。黒羽さん、待ってんだろ?」
「そんなのわかってるよ……。っていうか、ようやく言えそうだったタイミングで楓さんから呼び出されたんだよっ!」
「あー……」
遥は静かに天を仰いだ。それから、ぽんと俺の背中を叩く。
「すまんな、うちの彩が。まぁ、その、なんだ……頑張れ。応援だけはしといてやるぜ」
「はぁ……ありがと」
それから遥はしばらく笑い続け、俺はもう肩を落とすことしかできなかった。
やがて、笑い疲れたのか、それとも寝不足のせいか、遥は船をこぎ始めた。そんな頃になって、ようやく栞と楓さんが買い物を終えて戻ってきた。
「涼、お待たせっ! ごめんね、遅くなっちゃって」
「ううん、それは全然。それより、気に入ったのは買えた?」
「えへへっ、うんっ! ばっちり涼の好みっぽいの見つけれたよ」
「いやぁ、高原くんっ! 期待してていいよー? しおりんの可愛さを前面に押し出しつつ、それでいて、めっちゃ大胆な──むぐぅっ?!」
横槍を入れた楓さんの口を、栞が手で塞いだ。
「もうっ、彩香っ! 言っちゃダメなんでしょっ! まだ内緒なのっ!」
「もがぁっ、むぐぅっ……?!」
もうなにを言っているのか聞き取れないが、肝心な部分はばっちり聞こえた。
……やっぱり、ラッシュガード買っといてよかったかも。
って……待てよ?
めっちゃ大胆って、どれくらい?!
「よーしっ! 準備も済んだことだし、明日はみんなでプールだぁっ!」
栞の手を振り解いた楓さんが拳を突き上げ、元気よく叫んだ。その声で目覚めた遥が、眠そうに目を擦る。
そして、俺の頭の中はあっという間に栞の水着姿への期待でいっぱいになっていた。それ以外のことを、まったく考えられなくなるくらいに。
どうやら俺は、楓さんの──いや、栞の術中にまんまとハマってしまったらしい。




