第104話 寝ても覚めても、幸せな朝
◆side栞◆
朝。
私はスマホのアラームで目を覚ます。涼よりも、少しだけ早く。
ゆっくりと目を開けると、ぼんやりした視界の中央に涼の寝顔があった。
……起きてる時はかっこいいのに、寝てる時はすごく可愛いんだよねぇ。
毎日のように寝顔を見ているくせに、毎回こんなことを思っちゃうのは、私がずっと涼を好きなままだから。
ううん。涼を好きになったその時から、その想いは日々最高を更新し続けてるの。もう好きなんて言葉じゃ全然足りないくらいにね。
お口をむにゃむにゃさせて眠っている涼は、私を優しく抱きしめてくれている。振りほどけないほどじゃないけど、だからといって弱くもなくて。涼らしい力加減。
大事にされてるんだなぁって実感できる、至福の時間なの。
しばらく涼の温もりを堪能してから、私はそっとその腕の中から抜け出す。いつまでもこうしてると、二度寝しちゃいそうだもんね。
さらりと前髪を払って、おでこにキスを落とす。涼は気付いてないかもしれないけどね、これは毎朝の習慣なんだよ。
本当は唇にしたいけど──
そっちはまた後で。涼の知らないうちにおはようの儀式を一人で勝手に済ませちゃうのは、なんか違うもんね。
それに、毎日お疲れだろうから、もうちょっと寝かせてあげたいし。
まぁ……。
私が涼の睡眠時間を削っちゃってる気もするけど、それはどうしようもないっていうか。
私をその気にさせることばっかり言う涼が悪いんだからね?
ちょんとほっぺを突くと、涼はくすぐったそうに身体をよじった。
さぁて──
涼の寝顔でエネルギー充電したことだし、そろそろ今日を始めよっかな。朝はやることてんこ盛りだもんね。うかうかしてたら、涼を遅刻させちゃう。
私はベッドを降りて、床に脱ぎ散らかされたパジャマと下着を集めて身に着ける。
可愛いパジャマを買ったって、すぐ脱がされちゃうんだから、涼は本当にえっちだよね──なんて、私もそれを狙って、ちょっとセクシーなの選んじゃうんだけど。
パジャマを着たら、洗面所で顔を洗って、軽く髪を整えて。それからキッチンへ。エプロンを装着したら、まずはお弁当作りから。
涼は「毎朝大変じゃない?」って心配してくれるけど、これが全然へっちゃらなんだなぁ。むしろ、涼が適当にお昼を済ませちゃう方が私には心配だよ。
涼にはずっと元気でいてほしいから。
だから、私が栄養バランスを考えてご飯を作るの。
もう少しで完成ってところで、起きてきた涼がキッチンに顔を出す。寝癖をいっぱいつけて、大あくびをしながら。
「……ふあぁ。おはよぉ、栞」
「おはよ、涼」
ここでようやく、おはようの儀式。
ちゅっ、とキスを交わすと、少し涼の目がしゃっきりするの。
「ほら涼、顔洗って髪整えといで。そしたら朝ごはんにしよ」
「ん……わかってる。行ってくるよ」
洗面所へ向かう涼を見送って、私は一段階ギアを上げる。
トースターに食パンをセットして、フライパンに卵を落として、牛乳をレンジにかけてカフェオレに。ヨーグルトと、前の日に用意しておいたサラダも冷蔵庫から取り出して。全部をテーブルに並べ終えると──
「お待たせ、栞」
「ううん、ちょうど今できたとこだよ」
タイミングぴったり。
涼が戻ってきた。
なるべく食事は一緒に。
それが、二人で決めたルール。
「うん、今日も美味しいよ。ありがとね、栞」
「えへへ、どういたしまして」
毎朝同じようなメニューでも、涼は欠かさずこう言ってくれるの。これだけで、早起きしたかいがあるってもんだよね。
朝ごはんが終わると、涼はスーツに着替える。これまた毎日見てるはずなのに、毎回見惚れちゃうくらいかっこいいの。
ぴしっとするっていうのかな。なんだかできる男って感じでドキドキしちゃう。
でも──
「涼、後頭部の髪が跳ねてるよ」
うーん、残念っ。
でも、それも涼らしい。
「あれ? 今日こそ完璧だと思ったんだけどなぁ」
「ふふっ、涼もまだまだだね。こっち来て、直したげる」
「うん、お願い」
寝癖を直すついでに、ちょっぴり曲がったネクタイも整えてあげて。
「はい、できたよ。もう、だらしないんだからっ」
口ではこう言いつつも、こうして涼のお世話をするのが私は大好きだったりする。
「ありがとね。栞がいてくれて毎日助かるよ」
「どういたしましてっ。まだ出かけるまで時間あるよね?」
「うん、もう少しだけだけどね」
「じゃあ──」
準備が終わったら、ソファに腰を下ろして寄り添う。離れている間、寂しくならないようにって。といっても、どのみちお昼過ぎには寂しくなっちゃうんだけどね。
でも、これも今の私たちには大切な儀式みたいなものなの。するのとしないのじゃ、全然違うんだから。
涼のスマホのアラームが鳴ったら、この時間はおしまい。名残惜しいけど、涼はお仕事に行く。
私も玄関までお見送りに出る。
「はい、これ。今日のお弁当」
「ありがと。栞の弁当がないと、午後のやる気がないからなぁ」
お弁当の包を受け取って、涼は笑う。こう言ってくれるから、また明日も早起きして作ろうって思えるんだよね。
「それじゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい。なるべく早く帰ってきてね?」
「わかってるよ。終わったらダッシュで帰ってくるから」
「うんっ、待ってるね」
それから一度だけキスをして、涼は出かけていった。いつもなら涼を送り出した後、私も身支度をして仕事に行くんだけど──
……今日はお休みなんだよねぇ。
涼のいなくなった部屋の中はひどく静かで、私は半ば無意識に寝室へ足を向けた。
涼の気配の残るベッドに潜り込んで、涼の枕に顔を埋めて、思い切り息を吸い込んだ。
ジンと頭の奥が痺れて、瞼が重くなる。
本当はお洗濯とか、お掃除とか、やらないといけないことはいろいろあるけど。ここから離れられなくなっちゃった。
……ちょっとだけ、寝ちゃおうかな。
そうすれば涼のいない時間が短くなるような気がして、私はそっと目を閉じる。
もしかすると、夢に涼が出てきてくれるかもしれないし。
そんな淡い期待を抱きながら、私は意識を手放した。
***
どれくらい眠っていたのか。
近くでなにかが動く気配で、私は目を覚ました。
重たい瞼を持ち上げると、すぐそこに涼の顔があった。いつもと同じ、優しい眼差しで私を見つめてくれていた。
「おはよ、栞。よく寝てたね」
「……んぅ、涼? いつ……帰ってきたの?」
「なに言ってるの。俺、ずっとここにいたじゃん」
「……あれぇ?」
よく見れば、涼は裸だった。
おまけに、私もなにも着ていない。
ちゃんと、パジャマ着てたはず──
「……あっ」
目の前の涼の顔は、さっきよりもどこかあどけなくて、まだ大人になりきれていない。ということは、私も同じってことで。
しだいに、本来の記憶が輪郭を取り戻していく。
……あぁ、そっか。
昨夜も涼と──
で、そのまま寝ちゃったんだっけ。
ってことはつまり……。
なぁんだ……全部夢だったのかぁ。
「どうしたの、栞? まだ寝惚けてるのかな?」
「……涼のせいだもん。昨日、あんなに激しくするからっ。涼のえっち。おかげで変な夢見ちゃったんだからね?」
……なんてね。
本当は、すごく幸せな夢だったよ。
「え、いや……だって。栞がもっととか言うから。というか、どんな夢見てたの?」
「教えなーいっ」
「えぇ、いいじゃん。教えてよ」
「ダーメっ!」
「ちぇー。栞のケチー」
わざとらしく唇を尖らせた涼。
つんと主張するそこに、私は迷わず自分の唇を重ねた。
……大丈夫だよ。
教えなくても、いつか必ず本物にしてみせるから。それまで待っててね、涼。
「それよりも涼。私、今日の夕方には帰らなきゃだから──それまで、いーっぱいイチャイチャしようねっ。とりあえず……夜の続きとか、しちゃう?」
「え、いや……朝はダメって、昨日言ってなかったっけ?」
「昨日は昨日ですーっ! えへへ、りょーうっ!」
またキスをして、まだ裸のままの身体を涼に押し付ける。涼も控えめにだけど、私を受け止めてくれて──
気温の上昇に負けじと、私たちも熱を上げていく。
次にいつこんなチャンスがあるかわかんないんだもん。最後までしっかり堪能しないとね。




