第135話 修行の成果
「トオルさんね、中層のボス……ダブルヘッドドラゴンの狙撃からウチらを守るために、囮になってくれてたみたいなんだよね」
「え、そうなんですか!?」
配信を見ていれば気づいていたかもしれないが、イカダに乗っていた五人には当然そんな余裕はない。あの場でトオルの手助けを理解していたのは、経験者であるクライとマカリだけであった。
「本当はもっと攻撃が激しいんだよね。あいつ二本首だから、一度見つかったら交互に狙撃されるから、攻略どころじゃなくなっちゃうんだよ」
「あ、そっか……クライさんはAランクだから、中層をクリアした事があるんですね」
「そうそう。あそこの攻略法は、狙撃を引きつける盾役を準備するか、そもそもボスに見つからないようにする事。まあイカダ下りなんかしてたら後者は絶対無理だし、今回はトオルさんが盾役を引き受けてくれてたって訳だねー」
「……もしかして、俺たちがボスの攻撃で死なないように?」
「まあボスの狙撃が本来の勢いで襲ってきてたら、正直ウチらがいても危なかったかな。真正面からイカダ下りとか一番危険な攻略コース、流石にウチらも経験したことなかったし」
ユダもようやく、クライの伝えたい事を悟った。
トオルが囮役を務めなければ、五人はもっと大きな被害を受けていた可能性もあっただろう。
無茶苦茶な訓練メニューを課したトオルだが、訓練生五人の実力を鑑みて、どのラインまでなら耐えられるかを見極め、攻撃の勢いを制御していたのだ。
「……ただ、この訓練内容だと現状、トオルさん頼りなんだよね。そんな訓練何度も続けられる訳ないし、何か別の意図がありそうなんだよなー。ウチも詳しくはわかんないけど!」
「へぇ〜、そうなんですね」
ヒヨリが感心したような声をあげる。
実際トオルが密かに見守っているというならば、よほどのことがない限り事故は起きないだろう。
それだけトオルという存在が規格外であることは、ユダにも十分理解できていた。
「ところで二人とも、今日の修行の目的だった“第六感の体得”。どう? 成果はあった?」
「う〜ん、私はさっぱりですね……回復したり回避したりでてんやわんやで、その、体感時間の変化? っていうのはよくわかりませんでした……
皆さんの中で私が一番ランクが低いですし、仕方のないことだとは思いますが」
「ヒヨリちゃんはヒーラーだから普段は後衛でしょ? それならあの感覚がすぐ理解できなくても無理ないし、あんな攻撃の嵐の中で十分頑張ってくれてたと思うよ!」
ヒヨリのフォローをするクライだったが、ユダはそのセリフに違和感を抱いた。
「……え、その口ぶりだと何か掴めたんですか? クライさん」
「んふふ、ちょっとね〜」
「さ、流石Aランク探索者です!」
「まあウチは、経験はそれなりに積んでるからね。年の功ってやつ?
……それにユダくんも、何も収穫がなかった訳じゃなかったでしょ?」
「え」
まだ何も話していないユダだったが、内心をクライに言い当てられてしまう。
「後半になって、明らかに射撃の精度が上がってたよ。あの激流と狙撃の嵐の中で、周囲の水流を操作しながら正確に射撃する……それって、すごく集中してないとできない事でしょ? ユダくんも感じなかった? なんか途中から自分の中のギアが上がって、一気に集中力が増した感覚」
……心当たりはあった。
ユダとて数年ではあるが、探索者を続けてきた身だ。
何度か修羅場も潜り抜けてきたし、その度に極限の集中状態を求められる事もあった。
思考・身体・感覚が研ぎ澄まされ、自分の中の時間感覚が曖昧になるあの感覚。
何度か体験してきたそれを、この修行でもユダは感じ取ることができていた。
「……気づいたのは修行が終わった後なんですけど。確かにイカダに乗ってる時、かつてないくらい集中してたなって感じました。トオルさんはあの感覚を、俺たちに教えたかったんですかね?」
「多分そうだね! それを意識的に発動できるかどうか。そこがこの修行クリアの鍵だと思うなー。自覚しているかどうかって、結構違うからね」
(あの集中状態を意識的に……? いや、そりゃできたら楽なんだろうけど)
「……正直俺、そこまでやれる気しないです。クライさんみたくAランクまで辿り着けるとも思ってませんし」
人間はそう都合よく、自分の意識を操作できたりはしない。
それは積み重ねた経験と精神を昇華させて、ようやく至れる領域だ。
ユダは自身がそこまで辿り着けるとは今も思っていないし、ぶっちゃけこれ以上ランクを上げたいとも思っていなかった。
彼がこの修行に参加したのは、探索者教会からの心象を悪くしないようにするためである。
「んー、そんな事ないと思うけどなぁ? イカダでのユダ君の活躍凄かったし、鍛えればBランクは余裕でいけると思うよ。もちろん、その先の領域も。ソロでそこまで上り詰められるなら、ユダ君十分才能あるよ」
「そ、そうですかね……?」
ユダはなんだかいけるような気がしてきた。彼はおだてられると弱いタイプの陰キャなのだ。
「お、いたいた」
と、三人で会話している所にやってきたのは、件の人物サカガワトオルだった。
「トオルさん」
「そろそろ食事の準備ができるから呼びにきたんだけど。食欲とかある?」
「おー! やっぱりここでもトオルさんの料理食べられるんだね!」
「まあ店と違って、キャンプで提供するやつだから大人数向けの料理になるけどねー」
「私、トオルさんの料理って初めてです。ちなみにメニューはなんでしょうか?」
「そりゃもちろん、キャンプの王道カレーライスだよ」
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