第128話 揺らぎ
「さっき人間をやめればって言ったけど、文字通りの意味じゃない。厳密には、人間には通常認識できない感覚を、知覚できるようにしてもらうって意味だ」
人間に備えられた感覚は視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚の五つ。
どの世界線でも大抵これは一緒だが、訓練によりそこにもう一つ追加することができる。
「時空の揺らぎ。世界によっては第六感とか呼ばれたりするけど、これを知覚できるようになることが、とりあえずの目標だ」
「はい! 質問です、時空の揺らぎ? とはなんでしょうか!」
手を挙げて元気に質問してきたのは、ヒーラーのヒヨリさんだ。
「うん。この世界線じゃ馴染みがない概念だろうし、簡単に説明しよう。
――世界における時間や空間っていうのは、液体みたいなもんだと考えて欲しい。ちょっとした衝撃でそれは揺らいで、不安定になったりする。
例えば、誰かが時間や空間を操作したりだとか。例えば、スキルを発動する瞬間だとか」
特に、ダンジョン内ではその特性が顕著に現れる。
地上と違い、ダンジョンの時空間は酷く不安定だ。ちょっとした衝撃で揺らいで穴が空いたりするし、特異個体が誕生したりする。深層に至っては潮の満ち引きのように、時の流れ自体がまちまちだ。
それらの事象が発生する時に生まれる揺らぎ。これを感知できるようになれば、探索者として大きく成長できる。
「例を挙げればキリがないけど、ダンジョン内ではこうした揺らぎが頻繁に現れる。それを感知することができれば、事前に危険を察知することもできるし、敵の攻撃タイミングを予期することもできる」
試しに、五人の前で人差し指を立ててみる。
指先の空間をわずかに歪ませ、わざと揺らぎを作る。
「これ。今俺の指先に、その揺らぎがあります。見える人いますか?」
「うーん……?」
「ふむ、なるほど」
「……」
「いや全然見えないです」
「私も見えないですね……」
やっぱり、大半の人が見えなかったようだ。
マカリさんだけは、ちょっと見えてそうな雰囲気だけど。同じ【召喚術】のスキル持ちだし気づくのも早かったか。
「まあ今は見えなくてもいいよ。ただ元々人間には、これを知覚できるようになる素質が備わっている。魔力に触れ、適応し、スキルと肉体を進化させていけば、自ずとこの第六感は身につくようになる」
多分この世界線の人間は、時間や空間の揺らぎとかに接する機会が少なかったから、この感覚を開花させた人が少ないんだろうなぁ。おのれもう一人の俺め。
「じゃ、じゃあ俺からも質問いいですか?」
「はいユダさん、どうぞ」
「その、第六感……? っていう、新しい感覚を身につけるって目的はわかりました。
ただ、それとこの修行の内容には、どういった関連性があるんです……?」
ユダさんが指差す先には、轟々と流れ落ちる巨大な滝があった。
中層にいくつかある滝の一つ。水棲の魔物がウヨウヨいる危険スポットだ。
「うん。この時空の揺らぎを身につける一番手っ取り早い方法は、臨死体験をしてもらうことだ。
生死の分かれ目、極限状態、歪む時間感覚と周囲の揺らぎ。これらの要素をまとめて抑えつつ、戦闘訓練も兼ねられるからすごく効率がいいんだよ」
「いや、あのでも、イカダで滝下りってのはちょっとおかしくないですか???
なんか訓練とか通り越していきなり死地じゃないですかねこれ!?」
「大丈夫だよ。俺特製の壊れないイカダを用意したから」
「イカダじゃなくて俺らが死ぬ!! 三秒で藻屑になって死ぬ!!!」
んー? 割といけると思うんだけどなー?
この五人、素質はあるしちゃんと連携すれば、多分滝下りくらい余裕だと思うよ?




