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九話



「班長は何処に行ったんだ! こうして、わざわざ来てやったというのに!」


 その怒声を聞き、出て行くに行けなくなった三人は一番小柄なナツメに覗いてみるよう促す。ナツメは嫌々ながらも誰かと話をしているらしいその男が気になり、ロッカー室入口のドアに付けられた大きな窓から事務室を覗き込んだ。

 すると、班長室のドアの前で、自分よりも背の高い細身の男が誰かに怒鳴りつけていた。どうやら、偶然にも班長室から出てきた所を捕まったらしいアキチカが男の前にいるらしく、テクノカットに近い刈り上げを時折撫で付ける男は、問答無用でアキチカに詰め寄っている。男の白いスーツ越しに僅かに見えたアキチカは耳を塞ぎながら困った顔で男に返答しているようだが、その度に男の声は大きくなるばかりだ。

 きっと、そのせいでヨシナガ達も出るに出られないのかも知れない。

 ナツメは振り向いて、まだ階段にいる皆に今の現状を話した。


「やっべぇ、アキさんが餌食になってるっス! 班長室の真ん前で『いつものアレ』状態なんで、班長とマツさんも出てこれないっぽいっスよ!」

「嘘やん、どないしょ! アキチカの旦那もああ見えて意外と気ぃ短いのに、殺してまうかも知れんで!」

「二人共、落ち着いて。慌てても仕方無いでしょう」


 事務室の一方的な攻撃はヒートアップしている。急がなければ、アキチカが『回収対象』になってしまうかもしれない。

 カズヒサが身を隠しながら窓から向こうを覗き込み、ナツメと並んで様子を伺う。


「……きっと、用向きは班長の新案だな。皆はここに居てください。僕が行ってみます」

「本気っスかっ? カズさんカッケー!」

「ナツメさんは様子を見計らってアキチカさんの救出を頼むよ。僕が班長の名前を出した瞬間に『ここ』へ彼を呼んで、そのまま様子を見ながら待機。わかったかい?」

「了解っス!」

「トシユキさんは何があっても、アレが帰るまではここから出ない事。アキチカさんが入ってきたら、彼にこっちの状況を説明してあげてください」

「なぁカズ坊、もしあのクソ副班が、こっちへ気ぃ向かしたらどないすんね?」

「ナツメさんに監視を頼みますから、彼女の合図で作業室へ避難してください。なるべく、そんな事にはならないよう気をつけますが……トシユキさん、ファイルを預かります」


 カズヒサはトシユキからファイルを受け取り、自分のロッカーから『サーチャー』を取って腕に嵌める。電源を入れ、深く息を吸って吐き出すと、その時、後ろに下がったナツメに「頑張ってくださいっス」と励ましの言葉をもらって大きく頷いた。


「身を小さくして、声を出さないようにね」


 二人の頷く姿を見て、カズヒサは遂に立ち上がる。

 ロッカー室のドアを開け、第一声、その男に笑顔で声を掛けた。


「おや、居らしてたんですか、セキモト副班長。すみません、席を外していたもので」


 細身の白いスーツがカズヒサへと視線を移す。同時にカズヒサに目を向けたアキチカが、明らかに安心した様な表情を浮かべた。

 べっ甲柄をした太い縁の眼鏡を上げ、男は嫌味ったらしく言葉を返す。


「……これはこれは、雑務係のカズヒサ殿。おたくの班長はどちらかな?」

「まぁそう焦らず、一度こちらの席に落ち着かれては如何ですか? あなたの様に真面目な方が立ち話というのも、ユーモアがあって良ろしいかと思いますが」


 どうされますか? と問いかけるカズヒサに、回収班の敵であるその男は咳払いを一つ、襟を正して歩き出した。

 皆のデスクの脇に置かれた、待合場として使っている黒い革張りのソファに男は近付く。変わらず笑顔を見せたまま手で促したカズヒサを一瞥すると、彼はソファにどっかりと腰を下ろした。


「よろしければ、コーヒーでもお出ししますが」

「回収班の物など、私の口には合わないと思うがね」

「それは失礼しました。では、ヨシナガ班長をお呼びしますので少々お待ちください」


 カズヒサは立ち尽くしたままのアキチカに視線を向ける。目が合ったアキチカは目配せでロッカー室を指され、そちらへ目を移すと、ドアの向こうで懸命に手招きをしているナツメの姿がドアの奥に見えた。

 此方に歩いてくるカズヒサの口が「歩いて」と動き、カズヒサと入れ違いに班長室の前を離れ、ごく自然を振舞ってロッカー室に向かって足を進める。

 何でもないように、さもこの部屋に用事があったように、何食わぬ顔でロッカー室のドアを開ける。ドアを閉め、ナツメに案内されるまま奥に移動して身体を低くすると、糸が切れたようにアキチカは床に倒れ込んだ。

 ナツメとトシユキは屈んだまま駆け寄り、アキチカの身体を揺すって健闘を讃える。


「よう頑張ったなぁ旦那! ほんま、よう頑張った!」

「アキさん、本当にお疲れ様っス! オレももう回復したんで、後はオレらに任せて休んでてください!」


 アキチカは泣きそうな顔で「つらかった」と一言呟くと、床に突っ伏して動かなくなった。

 ナツメはトシユキにアキチカを任せると、カズヒサに言われた通りドアの窓から様子を伺う。するといつの間にかヨシナガは部屋から出てきており、待合用のソファにセキモトと向かい合って座っている。

 カズヒサはソファに挟まれたテーブルの横に膝を着いて座り、マツカゼの姿は見えない。

 彼女は、誰よりもあの男が嫌いである。ナツメはその理由を詳しくは知らないが、きっと、それ故に班長室から出てきていないのだろう。

 その時、ナツメのロッカーから小さく電子音が聞こえた。

 突然の音に一瞬緊張が走るが、二人は身振り手振りを用いて気持ちを落ち着かせ、場所が近かったトシユキがナツメのロッカーを開ける。『サーチャー』を取り出してナツメに投げ渡すと、ナツメは直ぐ様腕に嵌めて電源を入れた。

 通信要請が来ている。相手はカズヒサからだ。

 しかし、カズヒサは変わらず二人の間で話を聞いているように思える。


「何だろ……?」


 ナツメは通信要請に許可を出した。


《――――いてあっただろ。もうそっちの迷惑にはならない》

《そんな案が通るものか! 第一、案内出来る者が一人だけしかいないなど、認められる筈が無いだろう!》

「!……カズさん、さすが超頭良いっスね……!」


 カズヒサは、個性派揃いの回収班では珍しい、真面目で物静かな青年だ。彼のような真面目な人物が何故、回収班にいるのかと不思議に思う事もあるのだが、しかし時折思い付く突拍子もない考えや、こうして通信機能を盗聴器として使うあたり、ナツメはカズヒサもやっぱり回収班なんだな、と根拠の無い親近感が湧いた。

 ナツメはほんの少しだけ音量を上げて、皆に聞こえるよう部屋の方へ機械を向ける。自分は勿論ドアの向こうの様子を見ながら、全員でその会話に耳を澄ませた。

 ナツメから見える今日のヨシナガは、カズヒサが先程言っていた通り、確かに少し楽しそうに見える。


「でもよく考えろ、セキモト副班長殿。ウチの班がそっちから完全に分離すれば、あんただって嫌いなウチとはもう関わらないで済むんだぜ? ウチの子らもそっちが苦手、あんた等もウチが嫌い。ならそれで通せばいいじゃねぇか」

「私が言っているのはそういう事ではないぞヨシナガ班長殿。案内が出来る人員が、一人だけだと? そんな事があってたまるかと言っているんだ」

「おいおい、ウチは回収班だぞ? 案内出来る奴なんざ、変異種の処理が出来りゃそれでいいもん」

「何が『それでいいもん』だ、気色悪い!」

「現場係も、一通りはもう決めてある。ウチのベテラン二人なら簡単に回せるだろう」

「それが気に入らないと言っているんだっ!」


 テーブルを両手で叩き、セキモトはソファから立ち上がる。彼の怒りは収まらないようで、ヨシナガを指差して上から浴びせるように怒鳴り声を放つ。

 その様子を食い入るようにナツメが見つめていた時、いつの間にか全員が真後ろに迫っていた事に気付いて彼女は思わず飛び上がった。

 叫びそうになったナツメの口を、咄嗟にアキチカが右手で塞ぐ。皆で沈黙のまま頷き合い、ナツメはスピーカーの音量を聞こえる限界まで下げる。


「だったら、お前が『外』に出ればいいだろう! 普段何の役にも立っていないんだ、少しはお前が動けばいいんじゃないのか班長殿!」

「逆にテメェは無駄な仕事し過ぎなんだよ、副班長殿。テメェが裏で余計な手を回したりしなけりゃ、こんな事にはならなかったんだからな」

「だから素直に案内班へ頭を下げに来れば良かったものを! 上には、回収班が無理な人事で班員を危険に晒そうとしていると報告する。こんな案が通るはずがない、これで回収班も地に落ちたなヨシナガ!」


 ヨシナガが腰を上げた。全員が見守る中、班長の見せた笑みに誰もが顔を引き攣らせる。

 獲物を捕ろうと狙う肉食獣のように、鋭く輝くその眼差し。危険な作戦を立てている時や、高ランクを相手にする場合にも時折見せるその瞳は、まるで戦う事を楽しんでいるような、そんな狂気さえ感じさせるような光を灯していた。

 ヨシナガは、間違いなく戦いを仕掛けに行くつもりだ。そう、皆が悟った。



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