十話
「あの案件、実はもう許可下りてんだよバカタレ。おっと失礼、副班長殿」
「は……っ?」
回収班班長の言葉に、案内班副班長の目が見開かれる。
「テメェなんぞより、所長の方がよっぽどウチの班の実力を分かってくれてるらしい。半年間試しにやってみて、可能なようであれば案内班からの完全な分離化を手助けしてくれるそうだ。事務班もウチに協力してくれてるし、俺達はそちらさんに一切の接触を持たなくて済むようになる。これで胸糞悪ぃ面子ともお互いオサラバできるぜ。ざまぁ見やがれクソ野郎」
おっと失礼、副班長殿。
付け足したような物言いで訂正しつつも、ヨシナガは何とも悪い顔で笑っている。しかし、独立の話など寝耳に水なトシユキは目を丸くして驚いていた。
「なぁ……もし、回収班が分離したんやったら、ワシは『どっち』へ連れていかれるんじゃ?」
「トシさん、『どっち』って?」
「向こうへ行くんだけは御免じゃで……ずっと一人で作業出来よったんに、今更大工場勤務とか仕事んならんわ」
そわそわしだすトシユキに、事情を知っているアキチカとナツメは顔を見合わせる。小声で小さく笑うと、アキチカが二人に説明した。
「トッさん、何も心配するような事はないよ。俺達はこのまま回収専門として、所内で独立するだけだから。勿論、アンタも連れて」
「ほれやったら別にええけんど……でも、ウチに回されてきよった案内班の分の製造はどないするん?」
「元々、案内班にも製造係はあるんだ。もし必要なら、向こうで勝手に作るだろ」
小声でヒソヒソと話していると、ナツメの腕の機械からカツカツと指で叩くような音がする。どうやら、自分達の会話もカズヒサの機械から漏れているらしく、三人は「しぃー」と指を口に当てて言い合い、その後は身振り手振りと小声で話した。
その間も、機械からはヨシナガとセキモトの静かな戦いが続けられている。
「完全分離なんて……私は認めないぞ! この班は『ならず者』の掃き溜めだが、その中にも案内班に必要な人員はいるんだ! 彼等を全て案内班に異動させるというなら、分離でも何でもするがいい!」
「言っとくが、マツカゼは回収班に残ってもらう事が決まってるからな? まぁウチの班員は全員俺のモンなんだから、誰一人としてテメェごときに渡す気は無ぇが」
傍にいたカズヒサは笑みを隠して僅かに俯き、ロッカー室の三人は熱くなる目頭を懸命に堪える。
しかし、ヨシナガにとってそんな事は当たり前の事であり、敢えて口にした理由は部下達を感動させる為ではなく、相手の神経を逆撫でする為だ。
そして彼の思惑通り、セキモトは怒り心頭で青筋を立てている。
「……何を世迷言を……!」
「世迷言ぉ? 言っとくがな、俺は班長なんだぜセキモト副班長殿。どれだけ弱小で俗世かぶれで六人だけしか居ねぇゴミの掃き溜めみてぇなこの班でもな、『班長』としての権限はテメェんとこのヤナハラ班長様と同じなんだよ。俺より格下が、俺のモンを盗ろうなんざ百万年早ぇよクソッタレ野郎」
セキモトの歯軋りが聞こえる。口達者なこの男が、言葉すらも失うほど憤慨した所を見るのは皆初めての経験だ。
「ウチの副班長も他の奴等も、俺の大事な部下で大切なバカ共だ。だからアイツ等をどう扱おうと俺の勝手だし、俺の責任だって事も重々承知の上。元々テメェ等みてぇなインテリ野郎共にはとても扱えた代物じゃねぇんだ、早いトコ諦めて『次』を探しなセキモト副班長殿」
立ち尽くすセキモトに鼻で笑ってみせたヨシナガは、再びソファに腰を沈めた。
「分かったらテメェの大好きな案内班とやらに戻って新しい策でも練ってこい。俺は逃げも隠れもしねぇからよ」
「……その言葉、しかと覚えておくがいいヨシナガ班長殿。お前の宝を、お前の全てを、お前の大事な『回収対象の巣窟』を、私がこの手で崩壊させてやる」
「そうかそうか。楽しみにしてるぜ、セキモト副班長殿」
「……殺人者集団め」
吐き捨てるように言い放ったセキモトに、カズヒサが立ち上がろうとするのをヨシナガが肩を掴んで制止した。何か言いたげなカズヒサに首を横に振って座らせると、その様子を見ていたセキモトは鼻で笑った後ヨシナガに背を向け、意外にも背筋を正して真っ直ぐに事務室を出て行った。
ドアの閉まる音がした後、室内が静まり返るとロッカー室と班長室のドアが同時に開く。
ヨシナガは皆に手を振り、「もういいぞ」と号令をかけた。その顔は、先程とは違ういつもの明るい笑顔に戻っている。
「お前等も大変だったなー。アッキー、最初マジ助かったわー」
「……俺、近過ぎて顔舐められるかと思いましたよ。いやぁ、さすがにキツかったなぁ」
最初にヨシナガが口を開き、顔を出したアキチカがヨシナガに答える。その会話に笑い合いながらロッカー室から三人が出てくると、溜め息と安堵の苦笑を其々に浮かべながら、班員達はぐったりと各々のデスクに着いた。
その時、班長室から飛び出してきた一人がタックルする勢いでヨシナガの首に抱き付く。皆がいつもの事かと笑う中、明らかに普段とは違う様子を感じたヨシナガは震える彼女の背を摩った。
「……班長室に入ってろ。すぐに行く」
首を横に振る彼女に、ヨシナガは小さく溜め息を吐く。マツカゼを首に引っ下げたままソファから立った彼は、カズヒサにもう一度皆に独立の件を説明するように言付け、班長室のドアを開けた。
後ろ手でドアを閉め、彼女と共にソファへ座り直す。
「おい、何泣いてんだよお前」
「……うっさい、バカ」
マツカゼはヨシナガの肩に顔を埋めたまま、涙声で小さく怒った。
しゃくり上げ、鼻を啜る音だけが班長室に響く中、珍しい彼女の反応にヨシナガはただただ驚き、呆れたように苦笑する。
「なんでお前が泣いてんだよ。あの場面で、一番泣きてぇのはアッキーの筈だろ?」
「……私も一緒に戦う。あなたが班を抜ける時は、私も班を抜けるわ」
「おいおい嫌な事言うんじゃねーよ、これからって時に」
「聞いてヨシナガ、これはあなただけの戦争じゃないのよ。あんな吹っ掛け方して、班を巻き込んでまでケンカ仕掛けておいて、もしもの時には自分の首だけ賭けてりゃいいと思ってるんでしょ」
ヨシナガはマツカゼから目を逸らす。あからさまな反応に、マツカゼはわざとらしく溜め息を吐いた。
「……何があろうと、私はあなたから離れない。案内班にも絶対に行かない。負けた時は私も、一緒に地獄へ堕ちてあげるわ」
地獄。神格化された魂が悪に染まった際、追放処分を受ける永久の監獄だ。
生まれ変わる事も消滅する事もなく、与えられた過酷な労働を永遠に強いられる堕ちた神が送られる場所。その『地獄』へと堕ちた者に、未来永劫、希望などという言葉は無い。
「言ったでしょ? あなたが生まれ変わるまでは、わたしが傍に居るって。あなたが居なくても私はやっていけるけど、あなたが居なくなったこの世界には何の面白みも未練も無いもの。それならまだ、地獄の方が楽しめそうだわ」
マツカゼは美しく優しい瞳で訴えかけ、その細い指でヨシナガの両頬を包む。
初めて見る彼女の表情に、ヨシナガは思わず言葉を詰まらせてしまう。しかし徐々に縮まる二人の距離に、我に返った彼はマツカゼの肩を掴んで引き離した。
「近ぇ! 何寄ってきてんだよお前!」
「何よイケズ! 女を泣かせた責任ぐらい取りなさいよ!」
「テメェが勝手に泣いてんだろうが! それに考えてもみろよ、この案が俺一人の首で通るワケねぇだろっ?」
「はあっ?」
ヨシナガの言葉に、マツカゼは目を丸くする。
やれやれ、と溜め息混じりに頭を掻く彼は、キョトンとする彼女の肩を叩いた。
「ちゃんと思い出せマツカゼ。そもそもトッシーは『零』じゃねぇし、特にアッキーは『特別処遇』を受けてただろ?」
マツカゼは呆然とした表情で、呆れるヨシナガを見つめた。
特別処遇とは昭和中期に制定された規則で、『異例』とされる者を送還所の職員に採用する際に予め下される処分の事だ。
『零』と呼ばれる保護対象であっても、対象が特異な場合はすぐに職員として迎えるには危険だと判断される場合がある。その際、入所前に処分を下しておく事で、『本人の魂を人質』に職務を与える事を可能とした。
勿論、任期を迎えれば対象者も晴れて転生する事が出来る。それが特別処遇という対応であり、その規則を一番最初に適応されたのがアキチカだった。
彼は任期満了まで回収班にいられなければ、強制的に回収対象として『あちら側』へ移送される事になっている。案内班への異動は勿論、善の魂の糧としての転生すらも許されず、回収班が失くなった時点で抹消される事が決まっていた。
反対に、製造係のトシユキは元々『一般の案内対象』として送還所にやって来たため、神格化されていない魂は案内班や事務班へ入る事は叶わない。科学班が無くなった今、彼が特に他班への異動を望まない限り、回収班が無くなれば『あちら側』へ転生のために案内される事になるだろう。
「これで解ったか。最初から、俺だけの問題にするつもりはねぇんだよ」
ヨシナガが、膝の上のマツカゼをソファに下ろして足を組み直した。
「俺はハナっからお前等全員を道連れにするつもりだった。まぁ、黙ってた事は謝る」
「……じゃあ、私達が分散する可能性は……?」
「万に一つもあってたまるか。勝利か敗北か、俺達にはそれしか無ぇんだぜ。アッキー以外は別の道も選べるが、あいつ等だって、今更それは望まねぇだろう」
俺達は『回収班』なんだ。
彼の言葉に、再びマツカゼの瞳が揺れた。ヨシナガの肩に寄り掛かるように身を寄せ、その腕に抱き付くが、今度は振り払われる事はなかった。
「……バカ」
「お前な、仮にでも俺は上司だぞ。口にゃ気を付けろ」
「いいえ、バカよ。ヨシナガなんて、バカでイケズの大ウツケだわ」
「だったら離れろよ。馬鹿と一緒に居たら馬鹿が移るぞ」
しかし、マツカゼは抱き締める力を強くする。ヨシナガも何度目かになる溜め息を吐きつつ、微かに嗚咽を漏らした彼女の頭を撫でてやった。
「私……頑張るわ。あなたのために、あの子達のために。あなたの、大切な宝を護るために」
「……おうよ。期待してるぜ」
二人の会話はマツカゼが常に所持している『サーチャー』から全て班員に届いており、班長室から出てきた二人に、誰もが赤面した事は言うまでもない。
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