十一話
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「おう、おかえり。お疲れさん」
「ただいまっス、アキさん。帰ってたんスね」
「慣れない内の『外』は大変ですね……さすがに疲れました」
案内班の副班長が乗り込んできてから一ヶ月。回収班は完全分離という名の独立に向け、着々と試験的業務をこなしていた。
現場係としてマツカゼとカズヒサを置いたものの、他の仕事も受け持つ二人は交互に調査へ出る事になった。マツカゼは事務と経理をカズヒサの分も一手に引き受け、カズヒサは研修も兼ねてナツメやアキチカと共に『外』へ出動、移動容器での行動に身体を慣れさせていかなければならなかった。回収作業に至っては主に単独で出向き、アキチカは勿論、ナツメも低ランクの対象なら一人で任務に当たることも多くなってきた。
アキチカは、同時に帰還してデスクに着いたカズヒサとナツメにコーヒーを出す。受け取った二人がカップに口を付けると、カズヒサが「甘い」と顔を歪めた。
「ん? 甘かったか?」
「今日は久々に動いたんで、ちょっと疲れてるんです」
「目撃報告があった所の近辺調査だけだったんスけど……4Bと3Eだったんで、ついでだからカズさんと回収してきちゃったんス」
「見逃すにはランクが低いし、ナツメさん一人にお任せする訳にもいかなくて……」
「いやぁ、そりゃ困ったなぁ。回収班で下見に行くってのは、そこも課題になるのか」
自分達で出来る事をわざわざ見逃すほど、回収班の班員達は『不精者』ではない。しかし、逆を言えばそれはアキチカにとっては死活問題でもあった。
「このままじゃ自分等の役割がごっちゃになっちまう……ってか、調査ついでに回収されたら俺の仕事が減るっていう大問題が起きる気がするんだけど」
「僕達は『回収班』なんですから、目の前の最優先業務を見逃せっていうのは酷な話ですよ。結局は容器着て『道具』持って出るワケですし」
「何せ役割分担が曖昧なのは、すぐに改善しなきゃヤバいっスよ。アキさんやオレの仕事が減って、マツさんとカズさんが過労死したら本末転倒っスもん」
「まぁ僕が過労死する事はないけど……でも、確かにマツカゼさんとアキチカさんの仕事量の差はどうにかしないといけませんね」
うーん、と三人は腕を組んで唸る。その時、両手一杯に書類を抱えたマツカゼが、覚束無い足取りで事務室に入ってきた。
顔の上まで積み重ねられたファイルのせいで、前の見えていない彼女は書類を置く場所を探して足踏みをし始める。その様子を見た三人はマツカゼの元へ駆け寄り、上から順に下ろしては書類を手分けて持った。
「大丈夫ですか、マツカゼさん」
「もうヤダぁ。何がツラいって、事務班だけじゃなく案内係にも残ってる書類取りに行かなきゃいけないのがツラいのよね。あなた達の方はどう?」
皆が彼女から目を逸らす。先程話し合っていた事をカズヒサが話すと、マツカゼも薄々感付いていたのか深く溜め息を吐いた。
「やっぱり、そうなるわよねぇ。私としても回収作業は専門の二人に任せてカズちゃんに手伝って欲しいけど、コレばっかりは私とヨシナガしか出来ないし」
「トシユキさんは、あまり『外』には出られないから動けないし……」
「このまま分離しても、皆がどうにかなっちゃうっスよ」
「……さすがに今のままでは、どうかしらね」
これだけ沢山の課題を抱えた状態で、半年後に完全分離など到底出来る筈がない。再度、人事を練り直す必要性だけが浮き彫りになっていくばかりだ。
マツカゼは、通信室からヨシナガが帰ってきたら皆でもう一度相談し直そう、と約束した。
「あと、コレ。向こうの現場係からもらったんだけど」
ファイルの中から用紙を一枚引き抜いたマツカゼは、徐にアキチカへ手渡す。その用紙に記されていた内容は、新たな回収対象の依頼申請だった。
今度は三件、どの情報も距離が空いている。アキチカは頭を掻いた。
「嘘だろ、また連打かよー。さっきも四件行ってきたのに、最近ちょっと多過ぎない?」
「お彼岸中だからね。どうしても増えちゃうのよ」
「でも、絶対コレ嫌がらせっスよ。今までこんな事無かったのに、アキさんが一人で回収行く時に限って多いじゃないスか。オレも一緒に行くっス」
後輩の申し出に、アキチカの顔が嬉しそうに綻ぶ。
「えっ、ナツもついて来てくれるの? いやぁ、心強いなぁ」
「二人の方が早く回収できるっスからね。オレもだいぶ強くなったっスよ」
「ナツメさん、『護摩粉』の補充してあるからね。確認しておいて」
「了解っス」
「二人共、気を付けるのよ。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
実行係の二人は軽く相談の後、ロッカー室へと入っていく。マツカゼとカズヒサが大量の書類を待合スペースのテーブルに広げて仕分けを始めた頃、不意にロッカー室が開いてアキチカが顔を覗かせた。
「あらアキちゃん、どうしたの」
「副班長、班長が『もう帰らせてくれ』っつってるんですけど」
「ダメダメ、今日の物件は今日中に書類挙げなきゃ職務評価にマイナスが付いちゃうのよ。言いだしっぺなんだから、最後まで頑張って行ってきて!」
「了解でーす。聞いたっしょ班長、今日はこれで最後……俺だってもう充分班長の声は聞きましたから」
通信機に向かって何かを話しながら、アキチカは再びロッカー室へ戻っていく。それを見送ったマツカゼは、書類に目を落として再び深い溜め息を吐いた。
「最近は治安がいいから、日本で『零』なんて完全に稀有な存在になっちゃったわよね。やっぱり、違う区域の担当に人員回してもらうしかないのかしら」
「違う区域?」
カズヒサが聞き返す。マツカゼは苦笑した。
「そ。違う支部の回収班に、そこで見つかった保護対象をこっちに紹介してもらうの。あなた達『零』と呼ばれる存在は、情報に上がらないから偶然が偶然を呼ばない限り発見できない。あなたや皆だって、もしかしたら永遠に『外』で彷徨っていたかも知れないのよ」
『零』の目撃情報が極端に少ない理由としては、保護対象は死後、魂が『冬眠状態』にある事が挙げられる。直接案内班へ来る者もいれば己の死に気付かず生者の世界を彷徨う者も居る中、『零』は何らかの刺激を受けない限り、魂の活動を一時的に停止し続けている。
故に死亡時期からも大幅に発見が遅れてしまう例もあり、今もまだ、何処かに眠っている魂が存在しているかも知れないのだ。
「……僕は、愚かでした。己の我儘に愛する人を巻き込み、理の流れを踏み外してしまった。班長が見つけて下さらなければ……」
「皆そうよ、貴方だけじゃないわ。でも、だからこそ彼は命をやり直す可能性がある皆を見捨てたりしないの。見つけ出して、導いてあげたいと心から願ってる」
優しいマツカゼの言葉に、カズヒサは一度だけ鼻を啜った。
「……ですが、班長はどうやって『零』の気配を探っているんですか? 休止状態の魂は、どんな機械にだって察知する事が出来ないのに」
「ヨシナガが言うには、自分の実家が特殊だから出来る事なんですって。でも決して万能な能力じゃないらしいから、あなた達は本当に運が良かったのかも知れないわ」
「そうですか……まぁ、簡単に人材が見つかってしまうようでは、それはそれでこの国の未来を憂う事になりますが」
「ただ、もし言葉の通じない異国民族とか来たらどうしようかしら。意志疎通が出来ないのは、さすがに困るわ」
「言葉の壁は厳しいですね。トシユキさんへ、翻訳機を注文しておきましょうか」
「翻訳機なんて作れるのかしら? 蘭語なら、ちょっとは聞いた事あるけど」
「蘭語、って……」
聞き慣れない単語をカズヒサが質問しようとした時、突然事務室のドアが勢いよく開いた。
「だぁから、ちょっと待てっつってんだよ! こっちだって忙しいんだ」
「はっ?」
本来、ここに居てはいけない筈の声が室内に大きく響いたために、マツカゼとカズヒサは目を丸くしてドアに振り返る。するとノートパソコン四台と、黒く大きな金属製の箱を軽々と小脇に抱えたヨシナガが、不機嫌そうに何か言いながら辺りを見回していた。
その時、マツカゼ達と目が合う。ヘッドセットをしたままのヨシナガは舌打ちした。
「何だよ、ソコ使ってんのか」
仕方ねーなぁ、と手に持った機器類を流し台の脇に置くと、一番近かった実行係二人のデスクに近付き、ヨシナガは机の上に置かれた物を全て床へと払い除けた。唖然とする部下二人を余所目に機械を移動してノートパソコンを全て開き、コーヒーメーカーの電源を引き抜いて三股に分かれた黒いコードを差す。ケーブルを黒い箱に繋いで全ての機械に電源を入れると、ヘッドセットを外してパソコンの一つを手前に引き寄せ、そのキーボードを数回叩いた。
すると、モニターのスピーカーからアキチカの声が流れ始める。
《ちょっと班長、どうなってんですか? 何ですか、さっきの音》
「軽く片付けただけだ、気にすんな」
アキチカのデスクにある椅子を引き、どっかりと足を組んで座る。散らかった床には目もくれずに実行係のナビゲートを始めたヨシナガに、最初に口を開いたのはカズヒサだった。
「……何やってるんですか、班長……?」
「あぁ? 仕事してんだよ、仕事」
たった二言の会話に驚いたのは、実行係の二人だ。
《え、え? カズさん? なんで? なんで班長と? 通信室って、確か……え?》
《おいおい、待てよ。班長あんた今どこで何やってんですかっ?》
「だから仕事してんだっつーの。いいから五百メートル先の交差点右行け。公園内だ」
初めて見る『通信室での仕事』にカズヒサが釘付けになる中、マツカゼは驚いて言葉すらも出なかった。
あのノートパソコンは、確かマイク内蔵の旧式モニターだ。新型を取り入れたために廃棄処分となった筈だが、おそらく処理場から彼が勝手に拝借してきた物だろう。それよりも、あの黒い箱は、まさか。マツカゼは叫んだ。
「あんた本気なのっ? 『エリアシステム』を持って来るなんて!」
まさか、通信室の大切なメインブレーンを持ち出して来るとは!
怒る彼女に、ヨシナガは何の悪びれも無く首を振ってみせる。
「だってコイツが無ぇとモニタリングも会話も出来ねぇじゃねぇか。それに、これはウチ専用のヤツだから、誰も迷惑しねぇだろ?」
「いやいやいや、そういう問題じゃ無いし! 旧式のモニターに繋いだりして、壊れたらどうするのよっ? それにその中には機密情報が、見つかりでもしたら、また何か……!」
「大体あんな堅苦しい閉鎖空間に、この俺が何時間も籠ってられるかっつーんだよアホくせぇ。私語禁止、飲食禁止、おまけにデータは通信室内での閲覧のみで、外部への持ち出し禁止だと? 面倒臭ぇ、他の班は専用の通信室を持ってんのに、ウチだけ何で案内班なんぞに監視されなきゃなんねぇんだよ。第一、俺はこの何とかってヤツが『兜締め』みてぇで嫌いなんだ」
兜締め、とは、円形の金具を頭部に嵌め、ネジを回して徐々に締め上げる事で相手に苦痛を与える拷問器具の一つである。
ヨシナガは壁に向かってヘッドセットを投げ付ける。余程疲れているのか、はたまた案内班に何か言われたのか……滅多に見せない愚痴を捲し立てるヨシナガに、聞いていた誰もが唖然と口を開けて呆けてしまう。
ここで最初に動いたのは、やはりカズヒサだ。
「……コーヒー、淹れましょうか?」
「うっわー助かるわー。ついでだから、マツカゼの分も淹れてやってくれ」
「りょ、了解です」
床に散らばったファイルや用紙を避けながら、コーヒーメーカーを抱えて待合場に戻る。広げた書類を丁寧に脇へ避けると、テーブルの上にコーヒーメーカーを設置して、足元のコンセントにプラグを差し込んだ。
電源を入れてスイッチを押すカズヒサと、変わらずナビゲートを続けるヨシナガを交互に見て、マツカゼは大きな溜め息を吐いた。
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