十二話
「公園北口付近にも目撃情報が上がってるから確認しろよ。マツカゼ、お前も見るか?」
ヨシナガは誘うように手を広げる。もう一度溜め息を吐いて、彼女は弾かれていたナツメの椅子を引き寄せた。
「……仕方無い。後で、トシちゃんに設置し直してもらいましょ」
「おう、そのつもりだった」
「お二人さん、私もいるからヨロシクね」
《スッゲェー! 班長とマツさんが一緒にナビってるのとか初めてっスね!》
《いやぁ、何か豪華だなぁ》
「僕も居ますよ、二人共。すごいなぁ、こんな風に映るのか」
《おおっ、カズさん! イヤホンから聞こえるなんて超新鮮だ!》
《ええ、これはちょっと……勢揃いすぎて恥ずかしいなぁ》
皆が初めての経験に感嘆の声を漏らす中、実行係の二人も結局は3Dの固定種をあっさり回収し、次の目標地点までコーヒーを啜りながら事務室の三人は『外』の二人を案内、無事に回収任務を全て終わらせた。
アキチカとナツメは戻ってきても尚、自分達の机の有様を見て更に驚く事となったのは言うまでもないが。
就業時間が過ぎて事務室に上がってきたトシユキにも手伝ってもらい、『本日の業務』が完全に終わったのは深夜二時を回った頃だった。
*
「班長、ほんまに待合場へ置いてええんか? もそっと用心ええトコへ移した方が……」
「いいんだよ、ここで。班長室は気が散るし、作業室やロッカーはもっと気が散る」
「ほんなん、ここも一緒やんけ文句言いない班長。いきなり知らんしぃ入ってきて、これメガれでもしてみ? こんな不用心なん、もうワシ知らんで?」
「うーん……班長室か作業室に置くべきだと思う人、手ぇ上げろー」
翌日。
昨日の内に片付かなかった室内を班総出で整理していた時、突然のヨシナガの号令に、デスクで用紙を仕分けていた全員が挙手した。予測していたであろうが、それでもヨシナガは舌打ちをする。
「何だよ、ここだったらお前等だって練習になるんだぞー?」
「練習よりも『エリアシステム』を守る方が優先でしょうが。私かあなたが居れば班長室なんて自由に出入りできるし、作業室なんてウチの子しか入れないんだから。……となると、安全面、訓練面とも考慮すれば、最善なのは作業室かしら?」
「しょうがねぇな、面倒だがコイツは作業室に移すか。トッシー、一緒に持ってきてくれ」
「へーい」
指名されたトシユキは再び黒い箱とモニター四つを持ち上げ、ヨシナガの後に付いていく。その様子を見ていたカズヒサが、呆れたように小さく溜め息を吐いた。
「班長も、せめて一言言って下されば準備の一つもできたのに……」
「敢えて言わないのが、彼の短所であり長所でもあるのよね。私達は付いていくだけだわ」
「……でも、どうするんスか? 本当に、これからオレ達だけでやっていけるんスかね……」
「それを、この後のミーティングで話し合うんだろ。不安要素を見つけて解消するのが試験期間なんだから、見つけた課題はちゃんと克服していかないとな」
昨日話し合った事を振り返りながら、今後の不安に誰もが俯く。数十分後、設置が終わったらしいヨシナガ達がロッカー室から出てきた。
「さーて、今日のミーティング始めるかー」
普段は作業室に籠もっているトシユキも、殆ど使わない自分の椅子に腰掛ける。給湯器の前にパイプ椅子を広げて座ったヨシナガが今日の予定をカズヒサに問えば、カズヒサは手元の用紙に記載された文面を読み上げた。
「今日は事務班からの回収依頼が七件と、マツカゼさんに案内班への出動依頼が来てます」
「何それ、手伝えって事? ただでさえ、こっちは人手が足りてないっていうのに?」
「さぁ……申請内容は『人員不足により』だそうですが」
マツカゼは上司に目を向ける。ヨシナガはその視線に答えるように、軽く鼻で笑った。
「カズっち、向こうさんの勝手な出動依頼の件は放っておいて構わねぇ。俺が所長に直接断り入れとく」
「はい」
「その代わり、案内班からウチに回る分の回収依頼を、事務班に問い合わせて『全部』貰って来てくれ。ありったけ頼むぜ」
「は?」
思わず聞き返したカズヒサだけでなく、全員が耳を疑う。アキチカが、顔を引き攣らせながら乾いた笑い声を漏らした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ班長。それをまさか、今日中に終わらせようってんじゃ……」
「え? そうだけど」
何か問題が? と言わんばかりの表情をする上司に、実行係である二人は絶句する。さすがに、それを聞いてはマツカゼも心中穏やかでは居られない。
「ヨシナガ、今日のあなた何かおかしいわよ。いくら何でも、暴走し過ぎじゃないかしら」
「今に始まった事じゃねぇだろ。俺はいつだって暴走してる」
「そんな事言ってるんじゃないわよバカ。案内班からの依頼なんて、変異種含めてまだ何件あると思ってるの? 今の人数では絶対に無理だわ」
「んな事ぁ分かってる。だから、昨日一晩で人事構成を練り直したんだ。それを試したい」
「……何ですって?」
「まずは案内班の依頼がどれだけ残ってるか、だな。通信機もまるごと持ってきたし、向こうからの依頼さえ尽きれば、マツカゼもカズっちも案内班へは通わなくて済むようになる」
そう、就業時間が始まると同時に、事務と経理を担う二人は朝から何度も他班へ出向かなければならなかった。それは案内班と事務班に集められた回収対象の情報を貰いに行くためで、回収班での現場係が未だ正しく機能していない以上、案内班からも仕事を取りに行かねばならない状態だったからだ。
まさに二度手間。案内班から受け取る分の仕事が無くなってこそ、回収班はやっと分離に向けての『出発地点』に立つ事ができる。
「それは……そうだけど……」
「てなワケで、カズっち、今すぐ取ってきてくれるか?」
「は、はい。わかりました」
命令を受け、カズヒサは一人席を立って部屋を後にする。続いて、ヨシナガ手を伸ばしてコーヒーメーカーのスイッチを入れたため、慌ててナツメが立ち上がった。
「班長、オレやるっスよ」
「あ、本当? 全員分頼めるか?」
「了解っス」
「取り敢えず、実行係の二人」
「はい」
アキチカと、カップを並べていたナツメが返事をする。
「今日は固定種をメインで、二手に分かれて回収作業を行う。二手にっつったって俺も出るから、アッキーとナッちゃんはいつもと同じようにチームで動いてくれ」
「えっ、班長出るんですかっ?」
「マジでっ?」
驚いた様子の実行係に、ヨシナガは「何だよ」と反対に目を丸くして聞き返す。
「俺も出た方が効率いいじゃん。大助かりだろ?」
「いやぁ……そりゃそうですけど」
「こ、コーヒーどうぞっス」
「おー、サンキュ。んでもってトッシー」
「へい」
名を呼ばれ、トシユキは返事と共に顔を向ける。
「トッシーは『エリアシステム』のコピーを頼む。あの箱と同じのをもう一個作ってくれ」
「ええっ?」
続く、突拍子も無い命令。皆が驚いた声を上げた。
「班長、ワシかて『あの箱』はさすがにつつきとうながな。コピーは出来ても同じ動きするとは限らんし、アレっちゃ元々『機械違ゃう』んだろ? 昨日姐さんに、アレは『あっち側』のモンじゃけんメいだらヤバい事なるて聞いたで」
トシユキはすかさず反論するが、上司は「心配ない」と返した。
「確かに『今』の『エリアシステム』は『あちら側』から送られて来たモンだが、開発者は五百年前にヴァチカン支部の製造係に居たイタリア人の爺さんだ。同じ立場の奴が作れるんだから、トッシーにも充分作れる余地はあるだろ。コピーぐらいなら簡単に出来る」
「コピーったって……どっちにしたって、一回バラさんとあかんやん。その間、ナビゲートの通信はどないするん?」
「それは大丈夫だ。マツカゼは『システム』のコピーが出来るまで、通信室にある案内班のヤツからナビに入れ。コピーが出来たらすぐに戻ってきて、カズっちにアレの操作方法を教えてやってほしい」
「あら、いいの? 規定違反じゃない?」
「人手が足りてねぇんだ、仕事が出来る奴は多いに越した事ぁねぇよ」
その時、案内班へ行っていたカズヒサが戻ってきた。その手には、やはり大量の書類が携えてある。
「おう、おかえりカズっち。さすがスゲェ量渡されたな」
「まったく、凄いなんてもんじゃありませんよ。固定種が三十二件、変異種が四件です」
「よし、カズっちは今日だけ製造係な。トッシーの言う事ちゃんと聞いて、作業室の方手伝ってやってくれ」
「はい、わかりました」
「これでミーティングは終わりだ。今晩飲みに行きてぇ奴は、手前の仕事をキッチリこなせ。出来ねぇ奴は置いていくぜ、わかったか!」
了解、と全員の声が室内に大きく響く。
「よし、解散!」
号令と共に、一斉に席を立ち上がる。皆が各々の持ち場へと移動する中、ヨシナガ、アキチカ、ナツメの三人はロッカー室に入ると少しだけ打ち合わせをした。
「俺は勝手にウロウロしてるから、お前等はいつも通り、マツカゼのナビに従えよ」
「案件カブったりする事とか無いっスよね?」
「無い無い、お前等の分はマツカゼに渡してあるし。だが一応、通信の回線は空けとけ」
「いやぁしかし、三十二件は多いなぁ。今日中に終わるんですかね?」
「達成させるのが今日のノルマだ。焦る事は無ぇ、『殺す気』で行きゃすぐ終わる」
「了解」
「了解っス」
三人は腕に嵌めた『サーチャー』を起動させる。移動容器を身に纏い、『外』へと繋がるドアを開けた。
アキチカは肩を馴らし、ナツメはロープを腰から外す。ヨシナガはジャケット内部のホルスターから拳銃を引き抜くと、マガジンを取り出して息を吹き込み、再び本体へ差し挿れた。
銃身をスライドさせて弾を装填する上司の姿に、ナツメが眼を輝かせる。
「おお……班長、何かキマってるっスね。映画スターみたいっス」
「初めて殺り合った時に見つけた、〇.四五インチ口径制式軍用自動拳銃だ。十一年製で弾数は少ねぇが、一撃必殺程度なら簡単に狙えるぜ」
「す、すげぇ……! 何かワケ分かんないけど、すげぇっス!」
「いやぁ、悪い顔してるなぁ。俳優は俳優でも、悪役みたいですよ班長」
「誰が悪役だこの野郎。そんな事言う子は飲みに連れてかねーぞっ」
《はいはーい、みんな聞こえてるー? 通信室回収班担当のマツカゼでーす。さぁ仕事するわよ、アンタ達》
マツカゼの通信が入り、雑談を交わしながらも行動範囲の確認を終えた三人は二手に分かれた。
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