七話
見慣れたロッカー室に戻った二人は『サーチャー』の電源を落として移動容器を解除し、事務室に入る。中では、マツカゼとカズヒサが先程の件で書類の確認をしていた。
戻ってきた二人の姿を見たマツカゼは、少々疲れた様子で「おかえりー」と手を振った。カズヒサは席を立ち、二人分のコーヒーカップを盆の上に構え、ヨシナガからの差し入れ品であるコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
「おかえり、二人共。今コーヒー淹れますからね」
「カズ、ナツの分は結構甘めにしてやってくれ。副班長も、今日は本当に助かりました」
「本っ当疲れたわねーっ! 案内班の奴等が知らぬ存ぜぬを通すから、あの女の子の案内手続き全部やるハメになったわ。ヒドいと思わない?」
「……お疲れ様ッス。オレ、ちょっと限界かもッス……」
明らかに元気の無い声に、マツカゼとカズヒサは思わず目を丸くする。燃え尽きたボクサーのようにフラフラと自分のデスクに向かったナツメは、くったりと椅子に落ち着くと、糸の切れた人形のようにデスクへと突っ伏した。
それっきり動かなくなったナツメの肩に手を乗せ、「頑張ったな」とアキチカが労いの言葉を掛ける。寝てしまったのか気を失ったのか返事は帰ってこず、アキチカはカズヒサにコーヒーを後にするよう頼んだ。
「ナツが起きてから、面倒でなければ淹れてやってくれ。悪いな、カズ」
「とんでもない、本当にお疲れ様でした。ナツメさんは今日が初めてだったんですか? 道具の使用は」
「そうみたいよ。やっぱり知能がある相手だと、イラッとしやすいのかしらね? 同情せずに怒るあたりは、誰かさんにソックリだけれど」
微笑むマツカゼの視線の先で、アキチカが居心地悪そうに頭を掻いた。
「あー……何はともあれ、今日はこのまま休ませてやりましょう。副班長、案内班への報告書の確認終わったら班長室に来て下さい。今日の件で相談したい事が」
「ええ、了解」
答えた上司にアキチカは頷き、そのまま班長室のドアの前に立って二度叩く。中からの返事を確認し、ドアノブを回して手前に引いた。
「失礼します」
「今日は悪かったな。取り敢えず、案内班とも話はついた」
ヨシナガは革張りの立派な椅子には座らず、部屋の真ん中で向かい合ったソファに腰掛けている。テーブルに置かれた何枚もの紙に目を通しているヨシナガの真正面にアキチカは腰を下ろすと、何か言いたげな視線をヨシナガに向けた。
もちろんヨシナガはすぐにその眼差しに気付いたが、顔は上げず、相変わらず用紙に視線を落としている。
「……発言を許可する。言いてぇ事があんなら早く言え」
「ありがとうございます」
此方を見ない上司に、アキチカは軽く頭を下げた。
「今回の一件、セキモト副班長は何も言って来なかったんですか?」
「……お前、今回の件がセキモトの企みだと思ってんのか」
「間違い無いでしょうよ。下見係が、アレを回収対象と見間違う筈がないんだから」
舌打ちをしそうな勢いで、アキチカの声は低くなる。
セキモト副班長。科学部出身のその男は案内班きってのやり手であり、その仕事の力量たるや、他の班員の群を抜いて様々な才能を持っていた。なのに何故班長ではないのかと問われれば、そのプライドの高さ、性格に少々の難があるから、と言えるだろうか。
仕事は出来ても自尊心が異様なまでに高く、セキモトは常日頃から『己は案内班に属する神格化された存在なのだ』という差別的な考えを誇示していた。故に回収班を見下し、回収班の存在、彼等班員の存在を以前から否定し続けている。
以前に一度、人員不足で回収班の援助に出た事があるセキモトは、当時まだ新人だったヨシナガと強烈に衝突した事があった。そのせいで現在の案内班と回収班には強い確執が出来た……というのが案内所での一般的な噂だが、ヨシナガ曰く、回収班にいた時のセキモトほど、『使えない』と思ったものはないらしい。
回収対象を前にして腰を抜かしたセキモトに、ヨシナガが悪態を吐いた事でセキモトが逆恨みしている、というのが彼に対する回収班での認識だった。
「……でも、もしそのまま俺達が変異種を回収しちまってたら、セキモトはどうするつもりだったんですかね? ここは『監獄』なんだ、バレたら奴もタダでは済まない」
「あの男は心がスカスカなだけでバカじゃねぇんだ。俺やお前等の事は反吐が出るほど嫌いだろうが、俺達が持つ高ぇ能力だけは誰よりも理解してる。多分、マツカゼが通信室から離れる事はないと思って、俺達が案内班に頭下げに来るのをふんぞり返って待ってたんじゃねぇか?」
「……『貸し』作るためだけに、部下に手を回したってんですか……?」
「前言撤回しとく。やっぱりバカだわアイツ」
その時、ノックも無く班長室のドアが突然開く。報告書を仕上げたマツカゼが、提出をカズヒサに任せて班長室に入ってきたようだ。
軽快に跳ねながら二人が座るソファに近付き、彼女は迷う事なくヨシナガの隣に座る。腕にしがみついて彼の持つ書類を覗き込むが、途端に、掴んでいた腕をヨシナガに振り払われてしまった。
「お前あっち座れよ鬱陶しい」
「えー、ヨシナガひどいー」
ぷ、と頬を膨らませて対抗するマツカゼに呆れながら、ヨシナガは黙って見ているアキチカに「お前も班長気分かコノヤロー」ととばっちりを飛ばす。しかし班員にとってはいつもの事なので、アキチカは一番無難な切り返しでとばっちりを躱す。
「でも班長、こっちが下座なんで、副班長はそっちの方が良いと思いますよ」
「えー……」
「アキちゃん賢い! さっすが次期班長ね!」
「いやぁ、それは言い過ぎですよ副班長」
「くっそー、どいつもこいつもマツカゼの味方しやがって……俺には美人な女房も可愛いガキも居るんだ。浮気するつもりは無ぇっつってんのに」
「その美人な奥様はとっくに転生して結婚までしてるじゃない。生まれ変わったら一緒になるんでしょ? だったら生まれ変わるまで私と仲良くしましょうよ、ヨシナガっ」
「うっぜぇ、離せ」
「んもー、イケズ!」
頬を細い指先でつつかれ、無抵抗ながらも眉間の皺は深くなるばかりだ。そんな二人を見て、向かい側に座るアキチカは苦笑しながら終わるのを待つしかない。
もちろんマツカゼは遊びで『からかっている』だけであり、堅気なヨシナガも彼女の真意に気付いている上で付き合ってやっている。しかしそれでも、二人の子供じみたじゃれ合いを良しとしない人物はいるものだ。
「どうせ、寂しくて私の噂でもしてたんでしょ?」
「副班長の噂は確かにしてたぞ。セキモトの方だがな」
「げえぇーっ! ソイツの名前出さないでよ、吐き気がする!」
送迎所にも女性は多く勤めているが、中でもマツカゼは抜きん出て美しかった。生前の職業柄なのか、仕草も声も艶やかな絶世の美女は、神格化もされているとあって、贔屓の強い案内班では彼女に気が向かない男など居よう筈がなかった。
先の話に出た案内班の副班長もその一人であり、彼女が回収班へと希望転属してしまったのも、すべてヨシナガのせいだとセキモトは勝手に思っている。
もちろん、勇気を出して来世を約束しようとする輩もいる。しかし元々奔放な彼女がしつこく言い寄ってくる男に目が行く訳もなく、「アイドルはツラいわー」と一蹴するだけだった。
「わかってるわよ、今回の変異種、その男が手を回したって言うんでしょ? その通りなんだから、終わった事はいいじゃない」
「え、その通り、とは?」
「通信室入る前に受付の子がで話してるの聞いたのよ、『今日はあの男の機嫌がやけに良いから一安心だ』とか何とか」
「ハッ、成程な。だから変異種はウチで処理したっつったらあんな驚いてたのか。あの顔、写真に撮っときたかったなぁ」
惜しい事をした、と悔やむヨシナガの肩をマツカゼが何度も叩く。
「そんなの要らないわよバカ。もうその男の話題やめましょ、胸糞悪くなってきたわ」
「そうも言ってられないですよ副班長。これがただの嫌がらせと言うなら尚更、今回はあまりにも悪質すぎる。現場に出てたのが俺だけだったならまだ許せるけど、今回はナツもあの場に居たんです。もしもの事を考えるだけで殺したくなってくる」
「まあ落ち着けアッキー。案内班にはもう感謝文を送ってあるんだ。これから見モノだぜ」
「感謝文ですってっ?」
驚いた声を上げたのはマツカゼだ。遺憾に思うならまだしも、何故敵に対して感謝などしなければならないのか。アキチカも一瞬そう考えたが、すぐにヨシナガの思惑を察し、苦笑に口角を上げる。
「……班長、ナツの事書いたっしょ。多分、勉強になったとか、いい訓練になった、とか。そのおかげで成長できたとかそんな感じで」
「まぁ、そうだな。後は、回収班でのちょっとした配置替えの案を提出した」
「配置替え……?」
マツカゼとアキチカが首を傾げる。ヨシナガが、悪役のような笑みを浮かべた。
「今回でよく分かっただろ、俺達は案内班の下見係がいなけりゃ仕事にもならねぇ。だから下見係をウチでも作って、変異種の場合は積極的にマツカゼに出てもらうようにする。そうすりゃ、俺達は案内班と独立して自分達の仕事を得られるし、あちらさんにも迷惑かけずに済むだろ?」
「でも、私が『外』へ出たら通信室には誰が入るのよ? あそこは案内班の通信部か副班長以上じゃなきゃ許可降りないし……」
「んなモン俺が入ってりゃいいじゃねーか。俺が情報仕入れて通信入って、マツカゼとカズっちが下見に出て、アッキーとナッちゃんが回収してくる。そんでもって、変異種見つけた場合はそのままマツカゼとカズっちは待機。アッキーとナッちゃんが合流して完璧だ」
「ちょ、ちょっと待ってください班長。まさか……」
「回収班は『独立』する。この送迎所の直属になるんだ」
なんという、まさかの展開に誰もが仰天した。
突拍子もない突然の独立宣言。案内班から完全に分離する事になるその案に、聞いていた二人は思わず顔を引き攣らせる。
「……それ、感謝文として提出したんですか? 十中八九怒りますよ、アイツ」
「だから見モノだっつったんだろ。これから面白くなるぜ、いつ乗り込んでくるかワクワクしてんだからな俺は」
「やだぁ……私、ヨシナガから離れないからね」
「おうおう、それも良いな。見せつけてやろうじゃねーか」
楽しそうな班長に、乗り気ではなくとも「そんなヨシナガも好き」と言って副班長は彼の腕にそっと引っ付く。
悪く言えば、二人共に結構ふざけている。しかし、ふざける事にも真面目に取り組むこの二人は、間違いなく自分の怒りすらもちゃんと受け止めて理解し、実行に移してくれているのだ。
おかしな上司達に苦笑しながらも、アキチカは込み上げる嬉しさと期待感に、小さく微笑んだ。
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