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五話



「おまたせーっ! ごめん、遅くなっちゃって」

「マツさん!」


 背に長い太刀を携えたマツカゼが、隣のビルの屋上から真っ直ぐに寺へと飛んでくる。

 神格化された魂は、『外』への移動の際でも保護を兼ねる移動容器を必要としないため、魂のみの行動となる故に大変身軽となっている。同時に善の魂を『案内』出来るのも神格化された者の特権であるが、逆に言えば『回収』作業は直に魂を傷付ける恐れがあるため不向きだった。

 元々案内班に所属し、回収班で唯一神格化されているマツカゼだったが、移動容器が無いハンデを補うほどの戦闘能力も持ち合わせている事こそ、彼女が副班長たる所以でもある。

 二人の前に降り立ち、マツカゼは持参してきたイヤホンを装着しながら報告を聞く。


「副班長、案内対象はB5の女の子です。名前はオノダ、カヨ。多分今回の被害者の一人で、回収対象に地縛されて神社から出られなくなってます」

「今回のヤツは、その女の子をエサにして『釣り』をしてたってワケか……一応、予備の護摩粉渡しとくわね」


 護摩粉、とは、寺院などで護摩焚きに使用された後の炭、もしくは灰を集めた物である。送迎所では未認可だが、この灰が回収対象に効果的である事が班長のヨシナガによって『偶然』発見された以降は、回収班の大事な仕事用具の一つとなっている。

 真空パックに入れられた護摩粉を受け取り、ナツメは上司に頭を下げる。


「どうもッス。マツさん、今回の作戦は?」

「そっか、ナッちゃんは変異種二回目だったわね。前と一緒よ、あなた達二人に『メイン』の相手をしてもらって、その隙に私が案内対象と引き離す。合図したらすぐに対象を回収して頂戴」


 マツカゼが通信機器の無線番号を合わせ、全員の声が耳に入ってくるのを確認して三人は頷いた。


「それじゃ様子見ながら神社に行くから、二人の健闘を祈ってるわ。アキちゃんもナッちゃんも、怪我するんじゃないわよ」


 そう言ってマツカゼは走り去り、姿を消す。残ったアキチカとナツメは、ヨシナガの案内で近くの公園に回収対象を誘い出す事になった。

 境内を一歩でも出れば、己の気配はすぐさま察知されてしまうだろう。しかし公園まで誘い込ませてからは、片方に狙いを定めさせないために『呼寄(よびよせ)』という笛を吹き、気配の餌を撒いて敵の攻撃を分散させる必要がある。


「公園に着いたら、交互に呼寄で気を向かせながら時間を稼ぐ。それまでは、一心不乱に目的地まで走るんだ。いいな」

「了解ッス」


 せーの、と息を合わせて寺の境内を飛び出す。その瞬間、先程追いかけて来た巨大な黒い影が、道の角から姿を現した。

 先程と違わぬ速さで動き出した黒い影に、ナツメは思わず目を疑う。


「うわわわ、超早ぇ!」

「振り向くな、走れ!」


 駆け出した瞬間から、全力で公園を目指して走る。自然が多く残るその公園に入ると、二人は黒い影の狙いを二手に分けるよう、互いに距離を取って後ろを振り返った。

 案の定、黒い影は獲物を選定するように動きを止める。ゆっくりと体勢を構え、アキチカが先に呼寄を咥えた。

 黒い影は急激に方向を変え、アキチカに向けて猛突進を繰り出す。何としてでも捕えようと追突の攻撃を繰り返し、時折、影の幅を大きく広げて掴もうとする動作を見せている。その時、ナツメも呼寄を口に咥え、呼吸に合わせて軽く吹いた。

 呼寄は音の鳴らない笛のため、敵の動きを読みながら行動をしなければ自分で吹いた事にも気付かないままカウンターを食らったりする。ナツメは真っ直ぐに自分の方へ向かってくる影を左に避けると、素早く方向を変えて突っ込んできた影にロープを鞭のように打ち付けた。

 三メートル程のロープに影は僅かながら怯みを覗かせるが、その時、再び影がナツメとは逆の方向へ凄い速さで向かっていく。影も苛立っているのか、段々と動きは早くなっているように思えた。

 一方、神社では隠れていたマツカゼが顔を出し、少女に声を掛けていた。変異種と化してしまった善の魂を悪の魂から引き剥がすには、善の魂の「自由になりたい」「悪の魂から離れたい」という強い意思が必要だった。拒絶の心が無ければ、剥がす際に善の魂が悪い方へと引き寄せられ、消滅してしまう可能性もある。しかし、それは案内対象が優しい人格であればあるほど、難しい説得でもあった。

 ダメなの、無理なの、と否定を繰り返す少女に、マツカゼは根気強く対話を試みる。


「カヨちゃん。お父さんとお母さんに会いたくないの? 『その人』から離れれば、すぐにでも会えるのよ?」

「お父さんも、お母さんも、悪い奴にやられちゃったもん。私、見たもん。ここで見たもん」

「……見た、って?」

「お父さんもお母さんも、ここで大きな黒いヘビに食べられちゃったんだもん。その時、ヘビを追い払って私を助けてくれたのが、『彼』だったんだよ。『彼』はいい人だもん」

「何ですって……」


 マツカゼはイヤホンを押さえ、先刻、自分が座っていただろう場所に居るヨシナガに、他人の有無を問う。


《いや、今ここ使ってるのは俺だけだ。どうした?》

「モニターの横にパソコンがあるでしょ。私のブースから案内班のファイルに入って、今件の情報を取ってきてほしいの」

《お前のブース、って『下見係』のか?》


 下見係は、元々案内係だったマツカゼが配属されていた部署だ。


《アカウント消してなかったのかよ。てめぇもイイ性格してるぜ》

「また使う時があると思ってね。パスコードは『MATCHAN39』で通るから」

《何だって? もう一回》

「だ、か、ら! M・A・T・C・H・A・N、3・9!」

《……ハハッ、だっせぇパスコードだなオイ》

「うっさいわね、早くやりなさいよ! こっちは急いでんの!」

《五秒待ってろ》


 マツカゼは思わず溜め息を吐く。しかし、三秒と経たずにイヤホンの中から「行ったぞ」と返答が帰ってきた。

 ヨシナガに『この件の被害者情報の全員分』を要求すると、彼はすぐにイヤホンの向こうでディスプレイ画面の文章を読み上げ始める。


《一ヶ月前に松島洋貴、三十七歳。その同棲相手の斧田恵美、三十二歳。あとは三日前に鈴村将夫、四十五歳。その三人だけだ》


 その時、マツカゼは違和感に眉を顰める。


「……その鈴村って男は?」

《住所も近所、勤務先も近所の会社員だ。その神社の前がジョギングコースで、気が付いたら『こっち』に来ていた、と本人が案内班の受付で話してる》

「じゃあ、その夫婦……恋人の方は? 被害者の中に子供はいないの?」

《子供だと? ここに記載されてる被害者は成人だけだ。しかも、前述の恋人は『消滅扱い』になってるぜ》

「消滅? って……」


 一瞬、気分が悪くなるような予感が彼女の頭を過ぎった。次に聞こえてきたヨシナガの言葉に、マツカゼは耳を疑うと同時、嫌な予感を確信に変える。


《その二人、どうやら『女の連れ子』を虐待の末にその神社へ埋めたらしい》


 思わず、目の前で蹲る少女に視線を向けた。ヨシナガが読み上げる情報によれば、二人は娘の『身体』が見つかってすぐに逮捕されたが、現場検証中に二人揃って忽然と姿を消したとあるらしい。

 『外』では逃亡した事になっているそうだが、下見係が集めた基礎情報に記載されている以上は、十中八九、彼等は被害に遭っているのだろう。

 回収対象予備軍。たとえ生きている間だったとしても、同族に捕食されるとそのまま吸収されてしまう。『外』を彷徨う事も『あちら側』に渡る事もなく、彼等の魂は『消滅』する。


《二人は予備軍だったんだろうなぁ。ただ、殺された娘はまだ『こっち』へ来たとは書いてねぇぞ》

「……そう、ありがとうヨシナガ」


 マツカゼはヨシナガに礼を言うと、耳を塞ぎ俯く少女の前に膝をつく。悲しげな目で顔を覗き込んでくる美女に気付いた少女は、恐る恐るその顔を上げた。

 優しく微笑んでくる彼女に、少女は戸惑った様子で口を開く。


「……お姉ちゃん、もう、私なんか放っといて帰った方がいいよ。悪い奴が来ちゃう」

「あら優しいのね。でも、そういう訳にも行かないのよ。私は『その人』と同じで、あなたを助けに来たんだから」

「私を……助けに……?」


 少女が、耳を塞ぐ手をゆっくりと下ろす。マツカゼは、少女の言葉に大きく頷いた。


「そうよ。最初に来た金色の髪のお姉ちゃんも、メガネのお兄ちゃんも、あなたとあなたの『友達』を助けに来たの」

「……『彼』、も?」

「ええ。『その人』は、先に来たお兄ちゃん達が助けに行ってくれてる。あなたのご両親も無事助けて、あなたに、もうヒドイ事しないって約束してくれたそうよ」

「本当、に……?」

「ええ、本当よ」


 少女を取り囲んでいた黒い影が、途端に動きを引き攣らせる。マツカゼが少女の手を取ると、少女は驚きながらも、先程のように拒絶する事はなかった。

 もう少し。マツカゼは確かに手応えを感じる。


「ねぇカヨちゃん、よく聞いて。あなたと『その人』を助けるためには、あなたが悪い奴を跳ね除けなければならないの。あなたは悪い奴に、あっちへ行って、と思うだけでいいわ。私に近付かないで、と強く心に思って。後は、私が退治してあげるから」

「でも……でも、『彼』がすごく苦しんでるの……離れたくない、って言ってるの」

「……『その人』も、あなたのために戦ってくれてるのよ。『その人』はすごく弱ってて、悪い奴に連れて行かれそうになってるの。あなたも負けないで。私が手助けしてあげるわ。『その人』を、悪い奴から助けるのよ!」


 マツカゼの優しい嘘に、少女は遂に首を縦に振る。息を吸い込み、己には見えない『悪い奴』に向かって精一杯に叫んだ。



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