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二十九話



 一方、近くの開けた駐車場に逃げ込んでも、狙われ続けるアキチカは必死に攻撃を避けながら反撃の隙を懸命に窺っていた。絶え間無い鞭の緩急な攻めと集ってくる『野次馬』を何とか受け流しながら、どうすれば弱点を潰せるか意識を集中させていく。

 一見複雑に思えるその攻撃パターンだが、両手の触手を躱し続けている内、動きの規則が少しずつ読めてきた。荒削りで何処か中途半端な単調さを感じる戦闘方法は、まだ戦い方に慣れていない新人を相手取っているような感覚すら覚える。

 戦いに慣れ始めていたナツメの動きを思い出したアキチカは此方からの攻撃を一瞬躊躇ったが、しかし、そんな筈はないと心に言い聞かせて相手の強靭な巨体に舌打ちする。

 その間にも、『呼寄』の音に釣られて寺の周辺には多数の回収対象が集まり始めている。こんな現状で『呼寄』を吹くのはヨシナガしか思い当たらないだが、それも恐らく、こちらに敵が流れないようにするためだろう。

 早く倒して、応援に行かなければ。焦りが少しずつアキチカの思考を襲う。


「どうした、モンかな……」


 そんな彼に反応するように、乱暴な怪物の動きが早くなっていく。その時、一瞬の合間を突かれたアキチカは背中から触手の直撃を受けた。

 蛇の様な動きで捕らえられ、あっという間に触手が身体に巻き付く。絞められる前に胴と触手の間に両腕を入れて圧殺は免れたが、持ち前の怪力で何とか耐えていても、気を抜けば一瞬で身体が切断されそうな力がアキチカの腕に掛けられていく。

 怪物が全ての触手をアキチカへと伸ばし、足が宙に浮いたと思うと身体を高く持ち上げられる。『あの光』を食らわせる気か、と彼が覚悟したその時、間近に見たその牡山羊の顔に我が目を疑った。

 その締め上げる力は、変わらず自分を殺そうとしている。しかし、その鈍く光る赤い目からは、止めどない涙が流されていた。


「……っ?」


 後ろで、カズヒサの声が遠くに聞こえた気がした。アキチカは微かに漏れた怪物の言葉に息を呑み、唇を震わせる。


「アァ、ギ……ザ」


 持ち合わせの声帯と舌で無理やり発音された自分の名は、全く面影も感じ取れないのに、確かに、探していた彼女のものだった。

 悔しげに歯を食い縛り、少しだけ鼻を啜る。サングラスの奥に滲んだ涙を隠しながら、アキチカは牡山羊の怪物に応えた。


「……そうか……お前、が」


 人間臭い表情とは真逆に、段々と力を強くしていく怪物は尚もイシカワの命令を忠実に遂行しようとしている。身体が言う事を聞かないのか、哀れな人造奇形種の中に囚われた魂は必死の抵抗を言葉に灯す。

 彼女が言わんとする事を感じ取ったアキチカは、必死に首を横に振った。


「ゴ……ジテ、クダ……ア……ギ、サ……」

「……そんな事言うな、必ず助かる。絶対に元に戻れる。皆で、一緒に回収班へ帰ろう」

「コ、ジ……ゴロシ、デ……グ……」

「駄目だ、ナツ。全員で帰るんだ、諦めるなよ。絶対、諦めるんじゃない」


 真っ赤な瞳から流れる涙はそのままに、彼女の意思とは関係無く動く身体は突然アキチカを地面に叩き付けた。絞める事を諦めた触手は太く束になって持ち上がり、背中を強打し動けないアキチカを狙って高速で撫で下ろされる。一度は避けるが、すぐに足首を左の触手で固定され、アキチカを叩き潰そうと、その右手が再び振り上げられた。

 無理に逃げれば、脚を『持っていかれる』。アキチカが覚悟を決めて身構えると、怪物の腕が振り下ろされたその瞬間、アキチカは風を切る微かな衝撃を感じた。

 咄嗟に瞑っていた目を開けると同時にナツメは苦痛に呻きを上げ、左目を押さえて数歩後退る。


「ナツっ!」


 青い体液を流し、膝を着く彼女にアキチカは急いで身体を起こすと、後ろから己の名を呼ぶカズヒサの声を聞いて振り返った。彼が投げたらしい大型のナイフは、空を舞いながら彼の手に戻っていく。


「カズ、止せ! この奇形種は……っ!」

「分かってます! やむを得ず瞼を切らせて頂きましたが、すぐに回復するでしょう。今の内にナツメさんを班長達の所へ……トシユキさんも待っている筈です!」


 牡山羊の怪物は、ぶるぶると背を震わせながら膝を着いたまま俯いている。ぶるぶると怯えるように震える背を見て、ナツメの魂があの巨体の中で戦っているように感じた。

 アキチカは牡山羊の怪物に駆け寄り、ナツメに届くよう祈って叫んだ。


「ナツ、聞こえるかっ? もう少し頑張れよ、トッさんとカズがお前のために頑張ってくれたんだ。俺が運んでやるから、そのまま動か……」


 しかし次の瞬間、空を仰いで大きく口を開けた怪物は、目も眩むほどの巨大な叫び声を天へと発する。咄嗟に耳を覆ったアキチカを一瞥した牡山羊の怪物は、そのまま前へ向き直って寺の方へと走り出してしまう。

 驚いたアキチカが制止しようと手を伸ばすも、突然の事に此方の動きは間に合わない。


「ナツっ? おい、ナツ!」

「アキチカさん、早く彼女を追ってください!」


 声を耳にし、アキチカは振り向く。ナイフを駆使して群がる回収対象と戦うカズヒサは、尚も立ち尽くすアキチカに向かって強く訴える。


「ナツメさんが自我を保っていられるのは、ほんの数分かも知れません! 彼女が『ナツメさん』でいられる内に、急いで!」

「カズ……!」


 大きく頷いたアキチカは、カズヒサの言う通りに全力で彼女の後を追い掛ける。寺の方は『呼寄』を聞いたのだろう大量の固定種が集まって来ていて、連射される銃声だけが耳に届くような状況だ。

 その直後、響く雄叫びに固唾を呑む。胸騒ぎを抑えながら門の前に辿り着くと、触手を伸ばしたあの牡山羊の怪物が、辺りの固定種を捕らえては片っ端から触手で貫き、尚且つイシカワとの戦闘を始めていた。

 その速さと強さは先程戦った時とは桁違いで、まるで『彼女本人』があの巨体を動かしているように思える。その時、植木の裏に唖然とした表情を浮かべるヨシナガの姿を見つけてアキチカは駆け寄った。


「班長、無事でしたか!」


 そこにはトシユキの姿もある。ヨシナガは「無理言って手伝ってもらってたんだが」と先程まで苦戦していた旨をアキチカに話すが、突然乗り込んできて暴れ始めた『部下』に、目を丸くしている。


「しかしこりゃ、どうなってんだ?」

「途中でアイツが起きたんです。多分、それで……」


 しかし説明の間も無く、突然の強敵に苦戦しているイシカワの呻きに皆は臨戦態勢を取る。単独で戦ってくれているナツメを援護する形で固定種を相手取っていると、次の瞬間、ナツメの左腕が根元から引き裂かれるように切断された。


「ナツ!」


 牡山羊は苦しげに低く吼え、残った右手の触手でイシカワの追撃を弾く。ナツメの攻撃を幾つか食らい、青い体液に服を染めながら、イシカワはその赤い瞳を怒りに燃やして叫ぶ。

 その声は二重にも三重にも重なり、既に誰のものかも判別する事は出来ない。


「私はお前達など必要無い! 要らないのだ! 慈悲など、免罪など、貴様等などに存在してはならない! 私は、お前達に成り代わり、世の理を正してみせる!」


 何かを喚きながら手当たり次第暴れ始めるイシカワに、回収班の班員達は全く冷静に物事を把握し、一度集合して次の作戦に移行する。


「イシカワめ……あのクソ野郎を取り込んだのが運の尽きだな。ご自慢の冷静さは何処へやら、感情どころか意識の制御も出来なくなってやがる」

「これもナツが頑張ってくれたおかげです。捕縛するも回収するも、ナツとの戦闘ダメージが効いてる今がチャンスだ」

「俺は動けないから援護一本でいくぜ。背中は俺に任せて、『最後の一体』を回収した瞬間に『最終作戦』に移る」

「了解!」


 その後、遅れて合流したカズヒサも作戦に加わり、「全員配置に付け」というヨシナガの号令にアキチカは植木の影を飛び出し、トシユキは『スローマー』を手に牡山羊の怪物から距離を取り、カズヒサは一番『標的』に近い場所まで隠れながら移動する。ヨシナガは懸命に戦うナツメと、彼女の援護に回ったアキチカを護りながら、その好機を逃さないよう残りの回収対象を残らず数えて皆に指示を回した。

 最後に残った牛の頭を彼女が一撃で握り潰した時、ヨシナガが合図を叫ぶ。彼女の右腕に殴り飛ばされたイシカワを狙ってトシユキが『スローマー』を照射すると、空中で身体を舞わせたイシカワが浮いたまま動きを止めた。素早くカズヒサが影から駆け出し、彼の巨大な右腕に飛び掛かると、大きな肩を蹴り上げて身体を翻し、その後頭部目掛けて『剥離ガン』の針を打ち込んだ。



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