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三話

*



 冥府公認遺留者送迎所。

 この世界は世間一般的に、『三途の川』や『天国の門』等と呼ばれ知られている。

 生者の世界と死者の世界を区切るために存在し、死者達をさらに善と悪に振り分けて浄化、魂を来世へと巡らせる役所である。

 役所内は大きく二つの部署に区切られているが、正式な名は、実のところ誰も知らない。役所の機能としては、わかり易く言えば『あの世側』と『この世側』に分かれていて、『神格化』した死者達が主となって働いている。

 『あの世側』では『善』に振り分けられた魂を来世に、『悪』に振り分けられた魂を、善の魂が生まれ変わるための糧に回す役割があり、『この世側』では、生者達の世界に残ってしまった死者の魂を案内し、『あの世側』へ送迎、引き渡す事が役割となっている。

 しかし、『この世側』の仕事では、最悪『回収』という形を取らざるを得ない魂もある。基本的に『回収』した魂が『悪』として『あの世側』に送迎される事になるのだが、回収される魂達は皆、生前に悪事を働き、尚も生者の世界にしがみついている醜い心を持った者達の末路である。

 生者の世界に残った死者達は、生前と変わらぬ姿か、もしくはその姿を異形に変え、少なからず生者達に影響を及ぼしている。彼等は全てにおいてランク付けされており、善の魂であれば『A1~E5』、悪の魂であれば『1A~5E』で測られているが、例外として『零』というランクも存在する。

 生前に悪事を働いても、変異せず善の魂を保ち続けた者達。そんな一部の者達が『零』であり、善の魂の糧とはならず、来世へと逝ける最後のチャンスを得た者達である。彼等は自らに課せられた任務をこなし、己の罪を洗い流す権利を得る与えられる。その『零』達が集められた部署こそが、彼等が働く回収班なのである。

 しかし、各々に罪を背負った回収班は、他の班から多大な差別を受けていた事もまた事実だった。回収班は、神格化した者達が不浄とする『生者の世界』に最も近い部署であり、所内の者達が最も嫌う危険な『回収作業』を主な任務とされているため、彼等は『低俗で野蛮な輩の集まり』として煙たがられていた。


「今日は六件入ってんぞお前等。それも同じ町内、半径二キロ圏内だ」

「え、それって同じ回収対象ッスか?」

「まぁ間違い無いだろうな。案内班の下見から受けた情報では、強者の固定種だそうだ」


 二人が移動容器を壊した翌日。班長室にて、揃って渡された資料に目を通す。表記された地図には、標的が目撃された箇所が赤い点で印付けられていた。

 アキチカは円のように並んだ印の中心を指差し、上司と後輩に示す。


「……この神社の近辺をウロウロしてる。これだけの範囲を移動できるって事は……」

「2A以上かも知れねぇな」

「2Aっ?」


 ナツメが思わず声を上ずらせた。自分には、まだ経験した事のない強敵だった故だ。

 ランク2を超える回収対象は今までアキチカが一人で出動して回収を行っていた為、これほどの大仕事に自分は参加できるのか、ナツメは少し不安に思う。

 そう、ナツメはまだ新人と呼べるレベルなのだ。入所してもうすぐ七年になるのに、自身の能力は少しも進歩していない。


「案内班は何と?」

「まるでヤマタノオロチだったってよ。生者も三人食われてるし、下見係も一人、腕を飛ばされた。そいつが鈍臭い事を除けば、対象は相当な強者だろうぜ」

「……わかりました。俺が行きます」

「おい、ちょっと待てアッキー。今回はナッちゃんも連れて行ってやれよ」


 ヨシナガの言葉に、立ち上がったアキチカは驚いた顔を見せる。同時に少し戸惑ったような表情を含んだ眼差しでヨシナガを見つめ返し、突然の事に、ナツメは目を点にして二人を交互に見返した。


「……班長、それは……」

「嫌だとは言わせねーからな。これはアッキーにもナッちゃんにも良い経験になる。昨日、ナッちゃんも一人で3Aの回収したんだろ? だったらもうナッちゃんだって主戦力の内だ」

「3と2以上じゃ話が違うでしょうが。この捕り物はナツには早すぎる。一緒に行くのは次にして、今回は俺一人で……」

「だから、アッキーにも良い経験になるっつってんだろが」


 まあ座れ。促され、アキチカは渋々ソファに腰を下ろす。ナツメは自分の事で言い争っているのだと悟り、心配そうな表情を浮かべている彼にアキチカは困った様子で眉を下げる。


「アッキーだって、この仕事始めて結構長いだろ。だから俺はアッキーに、そろそろ自分で後輩を育てていけるようになってほしいワケだよ。いきなりド新人と組む事になって、そいつの初仕事がどんなランクでも対応できるようにな」


 ヨシナガの言葉にナツメが俯く。確かに彼女にとってアキチカは憧れの先輩ではあるけれど、己とアキチカには、まだまだ埋められない違いがある事を突き付けられたような気がした。

 これ程までに、はっきりと言われた力の差。いずれ自分も一人で仕事をするようになり、アキチカには新たな相棒の教育に追われる事になる。

 近い将来、自分独りで任務を果たさなければならない時が必ず来るのだ。ナツメは己の無力さに歯を食い縛った。


「でもレベルを急激に上げた所で、現段階じゃ容器を壊すか不能にさせるだけだ。俺にはナツメを守ってやれるだけの力も余裕も無いし……」

「アッキーには、その『力と余裕』を身に付けてほしいんだよ。何でも手前で背負い過ぎなんだ、いい加減理解しろバカ」


 まるで苦虫を噛み潰すような苦渋の表情。しかし、やっとアキチカは首を縦に振る。


「……わかりました。その代わり、ヤバそうならすぐに引き返して俺一人で再回収に行きますよ」

「了解、何なら今日は様子見だけでもいいぜ。もしかしたら、対象のレベルが上がってるかも知れねぇからな」


 立ち上がったアキチカを追うように、ナツメもソファから腰を上げる。ヨシナガに一礼すると、上司は右手を挙げて答えた。


「じゃ、健闘を祈ってる。ナッちゃんも頑張ってこいよ」

「……了解ッス。行ってきます」


 班長室を出て、二人は真正面のロッカー室へと向かう。ドアを開けた所で立ち止まっているナツメに気付き、ついて来ない後輩にアキチカは首を傾げた。


「どうした、ナツ? 早く準備済ませて出るぞ」

「……その……」

「どうした?」

「……オレが一緒に行って、足手纏いじゃないッスかね?」

「……はぁ?」


 俯いて、しどろもどろに呟く。そんなナツメに、アキチカは吹き出しながら彼の額を軽く小突いた。

 いつもと同じ優しい笑顔を見せる彼に、ナツメは思わず目を丸くする。


「何をバカな事言ってんだ。お前がいつ、俺の足手纏いになったんだよ」

「でも……さっき、班長にそんな感じで言ってたじゃないスか。オレなんてまだまだ初心者で、戦う能力も弱っちいし……」

「違うんだ、ナツ。俺が悪いんだよ」


 照れたように頭を掻き、アキチカは苦笑する。


「お前を信用してないワケじゃないんだ。ただ……どうしても、ランクが高いほど危険な仕事になっちまうからなぁ。出来れば、お前には危ない事はさせたくない、っていうか……」

「……アキさんの気持ちは嬉しいッスけど……でも、それじゃオレはいつまで経っても転生なんて出来ないッスよ」

「だ、だから違うんだって。俺はお前に、少しずつ経験を積んでいって欲しいんだよ。急に背伸びしても、能力が及ばなきゃ容器壊すだけだろ?」

「……入所してから七年も経ってるんスけど……」

「それは、そのー……道具の使い方次第なんだよ、きっと。俺は無所持だからコツとか分かんないし教えてやれないのが残念なんだけど、多分、習得さえ出来れば後は早い、と思う」


 口を尖らせるナツメは半分ほど演技なのだが、拗ねた子を必死にあやすアキチカの様子が面白くて、吹き出しそうになるのを堪えながら怒った風を装う。

 何はともあれ、彼が自分を迷惑に思っていない事が分かっただけでもナツメは満足だった。


「じゃあ、頑張って早く道具を使いこなせるようになるッス。アキさんの力になれるよう、精一杯頑張るッスから、今後もずっと一緒に連れてってください。迷惑は掛けないッスから!」

「……いやぁ、それは逆にこっちが緊張するなぁ」


 困った様に眉を下げる。しかし真っ直ぐに見上げてくる幼さの残る眼差しに、納得せざるを得ないと悟ったのかアキチカは小さく溜め息を吐いた。


「……わかった、約束するよ。でも、その代わり俺の言う事はちゃんと聞けよ? 指示無視で容器壊したら二度と連れて行かないからな」

「了解ッス!」


 ロッカー室に入り、二人は必要な用具を上着に忍ばせ、左腕に腕時計のような機械を嵌める。

 この『サーチャー』という機械が彼等の仕事を支える最も大事な装備であり、縦に並んだ四つのスイッチの内、一番上の赤色を長押しする事で起動される。そして二段目の青いスイッチを押せば、二人の身体を光が這うように走り、身体がスーツも含めて移動容器仕様へと切り替わる。

 移動容器の唯一の難点は物質をすり抜けられない所にあり、屋内や家屋での回収作業の際は、もう一度青いスイッチを押して生者に姿が見えるようにする必要があった。

 この『サーチャー』にも通信機能は付いているが、彼等の世界と生者の世界を跨ぐ事は出来ず、目的地へのナビは所内にある特殊な機械で『サーチャー』へと送信する仕組みとなっている。手放しで話せるようにイヤホン型の通信器具も起動して耳に装着し、ナツメがロープを腰に携えれば準備は完了だ。


「さぁ、仕事するか」

「了解ッス!」


 意気込んだ二人は、奥にあるロッカーへと入っていった。


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