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二話

*


「ちょっとナッちゃぁん、移動容器壊すのこれで四回目だぜ? 今回は何、噛まれたの? 殴られたの? 蹴られたの?」

「爪っつーか、引っ掻かれるの避けたらカスっちゃいました」

「アッキーもさぁ、右足の親指とか重傷なのか軽傷なのか中途半端過ぎんだよ。どうすりゃそんな所壊すワケ? 固定種の3Aって聞いたけど、そんなに強敵だったの?」

「いやぁ……靴履くの忘れたまま、蹴っ飛ばしちまって」

「容器のメンテナンスどうなってんだよソレ。お前等ねぇ、実行係なんだからもっと気ィ張って仕事しろよバカタレ」


 冥府公認遺留者送迎所一○五二五支部、回収班。

 彼等の職場内にあるその班長室で、上司に叱られながらもナツメとアキチカは照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。黒い革張りの椅子に腰掛け、デスクに長い両足を投げ出した上司は、眺めていた報告書を溜め息と共にデスクの上へ放り投げる。

 彼等の班長であるヨシナガは、入所当初から異端として見られ、異例の速さで班長まで上り詰めた男として他班の者から恐れられていた。百九十センチを軽く超える長身故に見下すような目付きは鋭く、長めの前髪が更に視線を恐ろしいものにさせている。

 ヨシナガは眉間に皺を寄せたまま席を立って二人にゆっくりと歩み寄ると、部下達の頭をその大きな手で鷲掴みにする。その長身と力に二人は一瞬身構えるが、しかし、ぐりぐりと撫で回されると最後に額を軽く小突かれた。


「本当に気を付けなきゃ駄目だろ、ナッちゃん。もし独りで仕事するようになって、容器動かなくなったらどうすんの。帰って来るの大変なんだぞ」

「スンマセンでした班長。今度からマジで気を付けるッス」

「アッキーもだぞ。ナッちゃんの訓練するのはいいけど、今はまだ、なるべく目の届く所で見ててやってくれよな。手間なんて考えずに、メンテナンスもちゃんとしてもらえ」

「わかりました。すんません」

「ま、とにかくお疲れさん。今日中に報告書上げといて」

「了解」


 声を揃えて返答した二人は、上司に深く頭を下げる。班長室を出て自分達のデスクに戻ると、互いに顔を見合わせて小さく笑い声を上げた。


「いやぁ、怒られちまったなぁ」


 苦笑しながら首を傾げるアキチカに、ナツメは笑いを堪えながらデスクの椅子へと腰を下ろす。


「アキさん、あの蹴りで足折ったんスね。ちゃんとメンテしなきゃ駄目じゃないスか」

「しょっちゅうメンテナンスする事になるお前に言われたくないって。はぁ……俺の無傷記録も二十七年でストップかぁ」


 残念ッスね、と笑うナツメに、アキチカも「俺を見習え」と笑いながら返す。そんな二人を見つけたもう一人の上司が、楽しそうに声を掛けてきた。


「ちょっとちょっと、聞いたわよ二人共。今回、アキちゃんも容器壊したんですって? 一体どんな強敵だったワケ?」

「ただいまッス、マツさん」

「おかえり、ナッちゃん。ヨシナガに報告はしたの?」

「はい、今終わって戻ってきた所ッス」


 回収班副班長にして紅一点であるマツカゼは、回収班で唯一『神格化』という処置を魂の核に施された班員である。細身の黒スーツに身を包み、彼女の居た時代を感じさせる切り揃え方をした長い黒髪は後ろで束ねられ、美しく揺れる度に彼女の艶やかさを際立って見せている。

 マツカゼが面白そうに「それで、どんなヤツだったのよ?」と話を戻すと、ナツメはニヤニヤとアキチカに視線を送り、アキチカは遂に額を押さえる。


「なんで、もう広まってんだか……靴脱いだまま全力で蹴っちまったんですよ。家の中だったんで、忘れてて……」

「本当にっ? 自分で蹴って、自分で折ったの?」


 驚く上司に、自分が見た先輩の不手際をナツメがすかさず説明する。


「本当、感動するぐらいスゲェ蹴りだったんスよ。3Aって言ったら、俺とそんな変わんねぇぐらいデカい奴ッスから。なのにアキさん、玄関から家の奥まで素足の蹴りで吹っ飛ばして……メンテナンス不足のせいで、無傷記録止まっちゃったんスけど」

「おいナツ、それ言うなって。結構落ち込んでるんだぞ」

「だから、これを次に活かせばいいじゃないスか。メンテナンスが必要無いくらい、最強の容器作ってもらうとか」


 回収班は普段から、『移動容器』と呼ばれる特殊な義体を身に纏って仕事を行っている。また回収班に限っては班員各自に専用の『回収道具』を必ず配布されているのだが、ある特例で専用の回収道具を持たないアキチカは、普段から素手で仕事に臨んでいた。

 移動容器も消耗品のため、定期的にメンテナンスを行わなければすぐに支障をきたしてしまう。そんな状態のまま無傷で回収作業に出ていたアキチカは、ある意味回収班最強と言っても過言ではない程、逸脱した能力を持った人物だった。


「オレ達が使ってる容器の耐久力って、結構人間の身体に近いじゃないスか。だから、肉弾戦が多いアキさんの容器だけ、特注にした方が良いんじゃないかって前から思ってたんスよね。いっそ、裸で戦えるぐらいの最強の容器にしてもらうとか」

「ナツ、回収任務で裸になる事はまず無いから」

「でも、アキちゃんの容器を改良するって点は私も賛成だわ。何かもう、サイボーグみたいにしてもらった方が強そうじゃない?」

「おお、それ格好良いんじゃないッスかね?」

「身長はヨシナガより大きい方がいいわよね。見た目もズッシリガッシリした感じにして」

「すでに誰か分かんなくなっちゃうッスよソレ」


 ナツメは腹を抱えて笑い転げ、遂にはマツカゼすらも吹き出してしまう。大声で笑う上司と後輩に、げんなりするアキチカは苦笑するしかなかった。


「お二人さん、俺で遊んでない……?」

「真面目に考えてあげてるんじゃない。それが嫌なら、ちゃんとメンテナンスは受けなさい!」

「その通りッスよ、アキさん」


 二人が優しさで言ってくれるのは理解できるが、如何せんどうも遊ばれている気がするアキチカは、小さく溜め息を吐いた。

 その時、隣の班へ出向いていた仲間がこの事務室に戻ってくる。彼もまた、実行係の二人を見るなり呆れたように笑って首を横に振った。


「おかえりなさい、二人共。ナツメさんもアキチカさんも、この始末書に署名して報告書と一緒に提出して下さいね」


 普段は事務と回収済みの件を分別している同班員のカズヒサが、書類を一枚ずつナツメとアキチカに渡した。同じ黒スーツでも、至って普通の容姿である彼が唯一の特徴である眼鏡を掛け直した時、渡された書類に目を落としたナツメの顔が引き攣った。

 アキチカも溜め息を一つ吐いた後、苦笑しながらカズヒサに礼を言う。


「いやぁ、ありがとうカズ。申し訳無い、怒られただろ」

「アキチカさんは、トシユキさんが来てから容器壊したの初めてですから特に何も言われませんでしたが……ナツメさんは、四回目ですからねぇ?」


 やれやれ、と苦笑するカズヒサを見たケンスケは、直ぐ様立ち上がって深く頭を下げた。


「カズさん、本当にスンマセンっした」

「反省してるなら僕は構いませんよ。でも、トシユキさんにはちゃんと後でお礼を言うべきだと思います。二人が無傷で帰ってきてくれれば、仕事は関係無く、僕も嬉しいですからね」


 カズヒサの優しい説教に、ナツメも申し訳無さそうに苦笑を浮かべる。本当に反省した様子の彼を見て、マツカゼとアキチカは満足げに微笑んだ。


「今日終わったら、トシちゃんも誘ってヨシナガの家へ飲みに行きましょ。そろそろ容器の燃料も尽き始めてるだろうし……彼はまだ作業室かしら?」

「そうですね。仕事はもう終わってる筈ですから、片付けしてるか報告書書いてると思います」

「了解ー。ちょっと遊びに行ってこよっと」

「あまり試作品で遊ばないであげてくださいね、マツカゼさん」

「わかってるわよー」


 気の抜けた上司の返事に、カズヒサは苦笑する。鼻歌を歌いながらロッカー室の方へと入っていったマツカゼを見届け、ふ、と息をついたカズヒサは手に持っていた書類を自身のデスクへと下ろした。

 その時、カズヒサは先程渡した書類に記入しているアキチカに「そういえば」と声を掛ける。


「アキチカさんの無傷記録、遂に止まっちゃいましたね」


 その一言にアキチカは顔を引き攣らせ、ナツメは吹き出して笑い出す。


「もういいだろ、その事は。頼むから放っといてくれ」

「僕も応援してましたからね。今日一番の残念なニュースでした」

「人気者は大変ッスね、アキさん!」

「ただの恥さらしだってコレ……」


 頭を抱えて苦笑するアキチカに、後輩の二人は楽しげに笑い合った。



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