二十七話
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アキチカが見た光の方向は、あろう事か周宝寺方面だった。
今あの寺に怪物が現れてしまったら、マツカゼが動けない以上、戦える者は誰一人としていない。皆の無事を祈りながら必死で向かっている途中、先に寺へ向かった筈のトシユキを寺近くの路地で見つけた。
彼の目の前には、あの牛の怪物だ。アキチカは叫ぶ。
「逃げろトッさん!」
しかし、トシユキは逃げるどころか相手に立ち向かう。アキチカが目を見張った瞬間、怪物の動きが突然止まり、直後に彼は怪物の背後に回って首へと飛び付く。
その後頭部に刺したのは、『剥離ガン』と名付けられたあの機械だ。トシユキが急いで離れると、先程土手で見たものと同じように怪物は苦しみ始める。
そして、爆発。アキチカは胸を撫で下ろすが、その結果にトシユキは舌打ちしたようだ。
「これもハズレかいや……!」
「トッさん、大丈夫か? 心配したよ」
「おう、旦那」
駆け寄ったアキチカに、少し息を乱したトシユキが振り向く。地面に倒れ込む首の無い巨体を見下ろしながら、彼は小さく溜め息を吐いた。
「さっきん雷から、ごっつ風が冷とうなっとん気ぃ付いたけ? ここいらは班長ちのお寺さんがあるけん、対象物は居らん筈やのに……まさか、これっちゃ」
「……その、『まさか』だろうな」
その時、突如として轟音が辺り一面に響き始めた。場所が特定できないほど方々から聞こえる怪物の咆哮は、地響きすらも感じる程に、空気を震わせながら二人の耳を劈く。
悪い予感だけが彼等の頭を過ぎった。
「班長とカズ坊は、いけるんよな……?」
「……俺達が心配しても仕方無い。とにかく、周宝寺へ向かおう」
全速力で路地を駆け抜け、集合場所を目指す。すると、早速周宝寺の門の前で怪物の姿を発見し、しかし先程と同じ方法でトシユキが『剥離ガン』を奇形種へと打ち込んだ。
その様子をただ見つめていたアキチカは、僅かに眉を下げて唸る。
「いやぁ、すごいなぁ。もう俺が居なくても大丈夫なんじゃないの?」
「んな事あるかだ。旦那が居らな、仰山に囲まれたらワシや一発っちゃで」
だが次の瞬間、異変に気付いたアキチカが咄嗟に声を張る。
「何か変だ、影へ隠れろ!」
ボコボコと戦慄きだしたその身体から、二人は急いで距離を取る。先の三体とは明らかに違う変化に注意していると、途端に、怪物の身体が動きを止めた。
確認に行くべきか、しかし、何処か恐怖を感じるその変化に近付く事ができない。その時、牛の身体が盛大に爆ぜた。
今度は頭だけではない。全身の肉が辺りに散漫する。
驚く彼等を余処目に、散った肉は黒い砂となって空へと舞った。
「なぁ、誰じゃアレ」
怪物が居た場所には、見知らぬ男が裸で倒れている。恐る恐る二人が近付くと、男は気を失っているだけの様子で地面に昏倒していた。寝言のように何かをぶつぶつと呟いている男に、二人は顔を見合わせて眉を顰め、そして同時に首を捻る。
「……ほんま、誰じゃコレ」
「剥離出来た、って事は、ランクの高い案内対象って事じゃないのか?」
「まさか、クソ副班の実験台にされた奴……とかかえ?」
トシユキの言葉に、二人は背筋が冷たくなっていくのを感じた。
「……とにかく、このまま置いておくわけにはいかないな。寺の中へ運ぼう、起きたら何か情報を聞き出せるかも知れない」
「ほうやな。『剥離ガン』も、ちゃんと作動しとん確認できて良かったわ」
アキチカが先に正面門を入って安全を確認し、男の両手首を握るトシユキがその後ろに続く。しかし怪物から出てきた男は結構な重量なのか背中が地面を引き摺り、砂利が動く音を聞いたアキチカは若干失笑しながらトシユキに注意する。
「なぁ、もっと丁寧に運んであげなよ。ちょっと扱い酷すぎるんじゃない?」
「ほな代わってくれっちゃ。誰がすっ好んで濡れとる真っ裸のおっちゃん触りたい思うん」
「本当ごめん。頑張って」
直後、アキチカの目の前に突如として現れる影。強烈な腕のひと振りをアキチカが避けると同時に、トシユキは男を植木の中へ引き込んで隠した。
掴もうとしてくる手を躱し、アキチカは後ろに飛び退いて怪物から距離を取る。それを確認したトシユキが『スローマー』を照射すると、目が赤く光り始めていた怪物は動きを急速に遅くした。
そっと背後に回って近付き、トシユキは牛頭の後頭部に『剥離ガン』を注射する。爆発か剥離か、この怪物はどちらなのかと二人が構えた時、巨体が先程裸の男が現れた時と同じ反応を見せる。波打つ身体は数秒後に破裂、散った肉と血を浴びたアキチカとトシユキは首を振って払い、唾を吹いて吐きながら立ち上がった。
すると、そこにはやはり裸の男が倒れている。二人が浴びた筈の返り血は、さらさらと空へ消えていった。
「嘘やん、増えてもうたがな……」
「……仕方無い、俺も何とか運ぼう。トッさん、そっちの人頼むよ」
眉間に皺を寄せたトシユキは何も言わずに男の足を持って植木の中から引き摺り出す。死体を乱雑に扱うようなその光景にアキチカは思わず失笑したが、しかし、変わらず何かを呟き続けている男を見て、深い溜め息を一つ吐いた。
その能力故に極限まで衰弱した男達に触れられないアキチカは上着を脱ぎ、新しく現れた男の腰に己のジャケットを巻いて括る。両袖を持って軽々と肩に担ぎ上げると、二人は男達を無事に寺の中へ運び込み、マツカゼの居る安置所の隅に並べて横たわらせた。
護摩焚きの松を火に焼べていた輝翔が、唖然とした表情で彼等を見上げる。
「……あの……そのお二人は、どちら様で……?」
「ごめん、ちょっと俺にも分かんない。副班長の様子は?」
「あ、えと……先刻に読経が終わって、あとは刀を磨けば完了です。マツカゼ様自身は……いつお目覚めになられても良いと、思うのですが……」
二人は、布団に入って眠るマツカゼに視線を向ける。つい先程よりもすっかり顔色が良くなった彼女に、アキチカとトシユキは嬉しさに顔を見合わせて笑った。
しかしその途端、耳を裂くような尋常ではない轟音と、それに伴う振動が寺に響き渡った。何処かで何かが爆発したような音にアキチカは急いで立ち上がり、トシユキに指示を出す。
「トッさんは此処に居てくれ。副班長達の護衛を頼む」
「了解。回線開けとうけん、何ぞあったらすぐ呼べや」
その場を彼に任せ、アキチカは外へと向かう。広間を抜け、音がした玄関の方へ向かうと、正面の一番大きな障子戸が外の庭へ向かって吹き飛ばされていた。
その時、彼の中で灼けるような冷たさが魂を巡り凍てつかせていく。そこに現れた『牡山羊の頭をした怪物』と憎き『あの男』を目にした瞬間、アキチカはその場を飛び出していた。
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