二十五話
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ヨシナガの作戦は、まず所内組と『外』での捜索組に分ける事から始まった。
襲撃を受けた事で、あの少女達の本体であろうナツメが今『外』に居ると踏んだヨシナガは、アキチカとトシユキを捜索組に配置した。ただし、絶対に二手に分かれたりせず、固まって行動する事を二人はヨシナガと約束する。
念のため、ナツメの『サーチャー』を携えての捜索。しかし、ヨシナガが考えた捜索方法は、意外かつ不思議なものであった。
川沿いの土手を、二人は辺りを見回しながら歩いていく。
「どういう事なんやろな? 土手から探せっちゅうんは」
「……襲撃された、って事は、きっと相手も俺達を探してるって事だ。見晴らしの良い所にいれば、向こうも俺達を見つけやすい」
先頭を行くアキチカの返答に、トシユキが眉間に皺を寄せた。
「待てぇよ? ほんだら……ワシ等は囮でもあるっちゅう事か?」
「お? トッさん、珍しくビビってる?」
「びっ、ビビっとりゃせんがな! 向こうから来てくれるんやったら、ほの方が何ぼか楽になるわえ。ね……願ったり叶ったりじょ」
ふと、アキチカがその足を止める。何事かと立ち止まったトシユキに、アキチカは身を隠すよう手で合図した。
「な、何じゃ?」
「……『呼寄』の音だ。多分、あの橋の下からだと思う」
「『呼寄』? けんど、『呼寄』の音っちゃ聞こえるモンかえ?」
「いいから」
二人は土手から川とは反対側の下道に降り、数百メートル先の橋へと足早に向かった。
一級河川に掛けられた大きな橋に近付くと、影に隠れながら急いで土手を越え、川の方へと斜面を降りる。橋脚に身を寄せて空き地を覗き込むと、そこには白いスーツを着た赤い髪の小柄な少女が、笛のような物を咥えて空中を見つめていた。
その少女の顔を見た二人は、驚愕に思わず息を呑む。
「……班長の言うた通りやんな……ナツ坊に、よう似とんわ」
小声で、トシユキが呟いた。
アキチカは注意深く様子を窺う。すると、何処からともなく、一人、また一人と全く同じ容姿の少女達が集まってきた。
何を話す訳でもなく、少女達はそれぞれに顔を見合わせている。まるで、言葉も交わさず意思疎通が出来るようで、八人ものナツメの顔をした『何か』は、こちらに気付く事なく情報交換を続けている。先程聞こえた音は、『呼寄』ではなく彼等が独自に集合をかける音だったか……回収対象が集まって来ない所を見る限り、そうアキチカは解釈した。
しかし、ヨシナガの推測通りであれば近くに必ず『本体』が居るはずだが。そう思った時、トシユキが右方向を指差した。
「旦那、あれ見ぃ!」
彼が指差す方向には、あの怪物の姿があった。かなりの跳躍で飛んできた馬の頭をした怪物は、少女達に歩み寄ると一人に向かって手を翳し、そのまま動きを止める。何かを読み取っているのか、はたまた会話をしているのか。その光景を見ながら、アキチカは静かに歯を食い縛った。
アレが本体なのだろうか。もしそうなら、もしかしたら、あの中にナツメが。
「ナツ……!」
思わず口に出す。すると肩を軽く叩かれ、アキチカは後ろのトシユキに振り向く。
「作戦開始すんで。構えよ旦那」
「……わかった。頼りにしてるよ、トッさん」
「よっしゃ、任せ!」
トシユキは小さな拳銃型の機械を構え、馬の頭に照準を合わせる。引き金を引き絞り、撃鉄の部分が青く点滅を始めると、三つカウントを取ってその引き金を離した。
すると突然化け物が身体を引き攣らせ、僅かに腕を曲げたきり動かなくなる。二人の存在に気付いた少女達が一斉に此方を向くと、すかさずアキチカが影から飛び出して怪物と逆方向に走り始めた。
アキチカの後を追い掛け始めた少女達の隙をつき、トシユキが怪物に向かって全速力で駆け出す。自分とカズヒサの最高傑作とも言える新作の機械を構えると、巨体によじ登って馬の後頭部に針を突き刺し、同時に剥離のスイッチである引き金を強く引き絞った。
トシユキが直ぐに怪物から飛び退くと、『スローマー』の呪縛が解けた化物は苦しそうに暴れ、もがき苦しみ始める。
「いけたかっ?」
馬の怪物は断末魔の如く巨大な雄叫びを上げると、その頭部を爆発させた。
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「こんちは、お嬢さん。何日ぶりかな?」
所内組に分かれたヨシナガとカズヒサは、送還所に戻って案内班の受付にいた。当初は自分達では円滑に事が進まないかも知れないと考えて事務班に顔を出したが、所長室へ行ったらしいイシカワがまだ帰ってきていないという事で急遽作戦変更、今に至る。
二人で行動に移す黒いスーツを着た二人に驚いた様子を見せた受付の女性は、ジャケットを羽織るヨシナガがカウンターに近付いた瞬間、おどおどと怯える様に視線を逸らす。見覚えのある顔、その左目を取り囲む青い色を見て、カズヒサが思わず目を見開く。
「君、その顔はまさか……っ?」
その問いに、彼女は何も答えない。最初から気付いていたらしいヨシナガは驚くカズヒサを制止し、柔かな笑顔を女性に向ける。
「いちいちツッコんでやるなよ、カズっち。彼女は彼女なりに、案内班の一員として頑張ってんだからよ」
「……でも、彼女は僕達に電話を貸してくれただけです。なのに、それだけで核を傷付けるほど手を上げるなんて……!」
「だったら、責任を取ってやりゃあいいさ。どっちにしろ、奴には色々と落とし前つけてもらわなきゃならねぇからな」
よく見れば、女性は僅かに震えている。余程酷い事を言われたのか、相当に怖い思いをしたのか……ヨシナガはカウンターに肘を着き、俯くその女性に「怖がらなくていい」と優しく声を掛けた。
「いつもの様に『繋いでくれ』なんて回りくどい事は言わねぇよ。セキモト副班長が、今どこに居るのかだけ教えて欲しい。俺達が直接出向いてみるから」
「ですが……私共は、何も……」
「そこの機械で調べられるだろ? 副班長殿の登録番号を打ち込めばいいだけだ」
「ですが、それは規則違反ですし……っ」
「心配すんな、お嬢さん。ここはもう現世じゃない。奴の支配から逃れたいなら、奴の所在を教えてくれ。必ず、アンタが受けた痛みの分まで俺達が鉄槌を下してきてやっから」
どうして死してまで何かを恐れ、自由に動く事も叶わないのか。その言葉を受け、遂に女性は泣き始めてしまう。彼女の様子をヨシナガの隣で見ていたカズヒサが、上司の後に続いて静かに言葉を掛ける。
「……今、貴女に怪我を負わせた奴のせいで、アキチカ班長代理がすごく困った事になっているんです。どうか、彼に助けの手を差し伸べてあげてください」
お願いします、と必死に訴えるカズヒサの目を見つめ、女性はそっと涙を拭う。すると、遂に左脇の古いパソコンへ手を差し伸べた。
カタカタと素早く文字列を打ち込み、表示させた地図を二人に見せながら緑色に点滅する箇所を指し示す。女性は意志の宿る目を二人に向け、小声ながらも力強い言葉で話した。
「……以前に来て頂いた時、私なんかを『護る』と言ってくださった事……本当に嬉しかったです。これは、そのお礼とさせて下さい」
地図が表示したその場所は、今は案内班が所有している北棟最上階だった。そこは、かつて実験が繰り返され、最初に悪魔を生み出した忌むべき空間とも伝えられる。
旧科学班研究室だ。
「……やっぱり残してやがったか。閉鎖処分したとか嘘ばっか言いやがって」
「本当に、ありがとうございます。後は、僕達に任せてください」
カズヒサの礼に、受付の彼女は微かに笑顔を見せる。続いてヨシナガも彼女に挨拶をし、二人は案内班を後にした。
廊下を歩く中、ふと何かを可笑しむようにヨシナガが笑い声を漏らす。
「……どうかされましたか?」
「いや、まさか案内班の子に『お礼だ』と言われる日が来るとは思わなくてよ。悪役だった俺達も、すっかり『いいヤツ』になっちまったモンだ」
「……そうですね。確かに」
つられるように、カズヒサも顔を緩めて頷く。
「しかし逆を言えば、それだけセキモト副班の行動に目に余るものがあるという事でしょうね。現に、これだけの被害も出ていますし」
「まったくだな。奴の泣きっ面を見るのが、尚更楽しみになってきたぜ」
二人は書物庫へ向かい、誰も居ない事を確認して奥の階段へと足を掛ける。カズヒサが通った『黄泉の道』ではなく、二階に上がってすぐの本棚を二人掛りで右に押し避けると、そこには作業室にもあるような鉄の扉が隠されていた。
書物庫に残された扉は、入口以外が全て廃止された裏通路へと繋がっている。カズヒサの通った『黄泉の道』に隣接する形で残っている朽ちた廊下は、増築が頓挫した当時そのままの形を残し、微かな瘴気の匂いすら漂わせる立ち入り禁止区域だ。
北棟へは案内班のエレベーターを使って行く事が可能だが、そもそも案内班の事務室へと入れない二人は、裏通路以外に目的地へ向かう方法が無い。裏通路も少し道を間違えるだけで未整備の『黄泉の道』へと侵入してしまうため、互いに細心の注意を払いながら、二人は階段を見つけては上へ上へと昇り、北棟を目指して廊下を進む。
そして行き着いた最上階、ヨシナガが「ここだ」と足を止める。しかしカズヒサが見たその場所は、ドアノブだけが不自然に残された完全な鉄の壁だ。
「……向こうからも完全に溶接されているようですね。爆破でもしないと……」
「楽勝、楽勝。俺に任せな」
ヨシナガが己の愛銃を腰から抜くと、弾切れを示していたスライドが音を立てて前に動き、親指で弾かれたシリンダーが軽快に回転する。溶け合わさったドアと壁の境目に彼が狙いを定めた時、カズヒサは咄嗟に両手で耳を塞いだ。
直後、とてつもない轟音を響かせながら二丁の拳銃が火を噴き始め、少しずつ下から上へと壁を抉りながら境目を沿うように銃痕を刻み込んでいく。
砂埃と硝煙を巻き上げながら何度も何度も同じ箇所への発砲を繰り返し、途端に銃を引いたヨシナガは抉った壁を足で蹴り押す。すると大きな崩落音と共に、ドアだった物は向こう側へゆっくりと倒れていった。
「ハイ一丁上がりぃ。大丈夫か、カズっち」
高く舞った瘴気に噎せるカズヒサを苦笑しながら、ヨシナガは自らが開けた穴の奥へと、足を踏み入れる。薄暗く陰気の漂うその空間は、有る筈のないカビ臭さまで感じるうようだ。
「『戰場の同志と己が國のため、我が命こそ華と散らさん』……か。懐かしい感覚だ」
「辞世の句ですか? らしくもない、今更流行りませんよ」
「うっせ、流行った時代に詠んだヤツだっつの。それとも何だよ、『ドスチャカでカチコミかけるぜ』ってか?」
「だから、僕は違うって言ってるじゃないですかっ」
止して下さい、と溜め息を吐くカズヒサに謝りつつも、込み上げる笑みを抑える事もなく、ヨシナガは楽しそうに口角を上げた。
「さぁ戦争だ。いくぜ、カズっち」
「……はい!」
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「ば、爆発しおったっ! ナツ坊と違ゃうんかっ?」
破裂した頭は肉塊となって砕け散り、残された巨体は人形のように地面へと崩れ落ちる。化物の機能が停止した事に気付いた少女達が一斉にトシユキへと狙いを定めるが、それに気付いたアキチカが、少女の内一人の脇腹を後ろから蹴り込んだ。
攻撃を受けた少女は体勢を崩して土手の斜面を勢いよく転げ落ち、再び少女達の標的がアキチカに変わる。
土手の下まで滑っていった少女も、素早く身体を起こして此方に攻撃を仕掛ける。あまりにも低い己の攻撃力に、アキチカは舌打ちした。
「……いやぁ、偽物だろうとキッツいなぁ……!」
敵だと分かっていても、ナツメの顔をした少女達に危害を加える事は良心を抉られる複雑な気分だ。しかし、そんな中でアキチカは一つ疑問に思う。
ヨシナガの報告にあったような、アサルトライフルの右腕や左腕の短刀等は少しも構える様子がなく、皆、護りの姿勢から体術での攻撃を仕掛けてくる。その方がアキチカとしては有り難がったが、その分余計に、思い切った対応をとる事が出来ずに困ってしまう。
偽物だろうと何だろうと、大切な仲間に殺意を持つ事など出来ない。故に、驚異的な力は制御され、アキチカは敵である彼等に対し、破壊に至るまでの力を出し切れずにいた。
攻撃を躱し、受け流しながら土手に上がった時、橋脚の影からトシユキの声が聞こえた。
「旦那、後ろじゃ!」
その声に振り向くが、次の瞬間には河川沿いの広場に叩き落とされている。一瞬意識の飛んだアキチカが急いで起き上がろうとした時、そこに見えたのは己を取り囲むナツメ達と、土手に佇む牛の頭だった。
殴ってきたのは、あの化物だったか。
橋脚の影を出て土手へと上がったトシユキは、後ろから回り込んでゆっくりと化物に近付く。彼が先程と同じ方法で化物に『剥離ガン』を仕掛けていた時、起き上がろうとするアキチカに向かって八人の少女達が一斉に口を開いた。
「抵抗する霊体を捕獲。認識番号『零』。保護しますか?」
不気味さと異様な光景に、アキチカは思わず顔を引き攣らせる。その少女達に表情は無く、数秒後、「了解」と放たれた言葉は己の知っている声ではない。
彼女はもっと感情豊かで、明るく笑う声がとても印象的な優しい子なのだ。
「認識番号『零』を回収対象と認識。作業を開始します」
「……成程な」
深く奥の見えない穴の開いた右掌が、同時に顔面へと向けられる。アキチカは一人の腕を捕まえて、自分の上へ被せ上げた。
アキチカを取り囲む少女達が一斉に発砲したのを見て、再び怪物を爆発させたトシユキが同時に同僚の名を叫ぶ。しかし次の瞬間には、少女達が放射状に身体を仰け反らせた。
その中心には、人の形すら留めていないボロ雑巾の様になった少女と、それを振り回すアキチカの姿がある。敵を盾にし、尚且つ武器にしたアキチカは、黒い砂となる残骸を投げ捨てて二体目の足を強く掴んだ。
手前に引き寄せ、全力で頭を地面へと殴り付ける。土と拳に挟まれた少女の頭は、弾けるような音を立てて肉塊と化した。
彼の戦い方を目の当たりにしたトシユキは固唾を呑んで目を見張る。入社してから殆ど『外』に出た事のない中で、トシユキがアキチカの戦う姿を見るのは初めてだった。
否、今までこのような『殺し方』をする彼を見た者は、彼と共に回収作業を行った仲間達でさえも、殆ど無いと言えるだろう。少女の残骸が塵と消えるまで盾として利用し、敵に近付いては素早く捕まえて確実に仕留めていく。
四肢を破壊し、頭を潰し、首を捩じ切る姿は最早人としての面影は薄く、鬼と見紛う緊迫感に思わず気圧される。しかし直接戦えないトシユキもまた、化物の身体を盾にしながら負けじと彼への回避指示や『スローマー』での懸命な援護を行った。
「旦那、あと二体じゃ!」
トシユキの声を聞きながら、アキチカは次に掴んだ右腕を肩から引き抜く。肉や神経の千切れる音が耳を突くが、飛び散る液体の青さにアキチカは眉間に皺を寄せた。
するとその少女は左腕から出した短刀でアキチカに斬り付けると、躱したアキチカを蹴り飛ばして距離を取る。もう一体と一瞬目を合わせると、少女達は突如として踵を返し、アキチカに背を向けて逆方向に走り始めた。
突然のその行動に、思わず二人は目を丸くする。
「に、逃げよったっ?」
「おいおい、何だよ!」
二体の不可解な行動に、アキチカはすぐに駆け出して叫んだ。
「俺は後を追う、トッさんは先に周宝寺へ!」
トシユキの返答も聞く間無く、アキチカはひたすら少女達の後を追い掛ける。一糸乱れぬ速さで街を駆け抜ける二体は、ある公園の公衆トイレ脇にある用具入れのドアを開けて中へと入っていくが、その時、彼は一瞬見えたそのドアの奥に目を見開いた。
円柱形の水槽の中。そこには、緑色の液体に浸かったナツメの姿が。
「行くな、待て!」
二体が用具入れのドアを閉めた時、アキチカが急いでそのドアを開ける。しかしその中には先程の光景はなく、掃除用具が綺麗に片付けられているだけだ。
「クソッ!」
逃げられた。アキチカは、悪態と共に公衆トイレの壁を殴った。
《旦那! 聞っきょるかっ?》
「……してやられたよ。奴等は所内に戻ったみたいだから、今から急いで班長に……」
その時、再び晴天の空に稲妻が走る。その霹靂に先日の上司の言葉を思い出したアキチカは、光の方向へ再び駆け出していった。
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