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二十四話



 その一方、ヨシナガの命令を受けたアキチカは直ちに寺の倉庫からロッカー室へと戻ると、装備もそのままに作業室への階段を下りた。

 先程は、酷な事を言ってしまった上にきっと心配させただろう。アキチカは最後に見たカズヒサの顔を思い浮かべ、その申し訳無さに小さく首を振った。

 恐る恐る、ロックを外して作業室のノブを握る。ゆっくり回して、手前に引くといつもよりも簡単に開いた気がした。

 そっと中を覗き込む。しかし、目に飛び込んできた光景にアキチカは目を見開く。


「……何だ……?」


 思わず、首を傾げる。そこでは二人が何かを相談しながら、回収してきた牛頭の怪物を文字通り『丸裸』にしていた。

 カズヒサが怪物の内部を『分解』しながら覗き込み、あの書記と見比べつつ、詳しく調べながら何やらトシユキに指示を出している。トシユキは丁寧にカズヒサの指示をホワイトボードへ起こしながら、奥の棚と手前の作業台を行き来しながら何かの機械を弄っていた。

 忙しそうに動く二人を呆気に取られながら覗き見ていたアキチカだったが、ふと、顔を上げたカズヒサとばったり目が合ってしまう。腰からナイフを抜いたカズヒサを見て、アキチカは慌てて作業室のドアを開けた。


「……悪い、その……」


 突如、やりきれなさと気まずさがアキチカを襲う。どう言えばいいのか、何を言えばいいのか必死に言葉を選んでいると、歩み寄ってきたカズヒサが入口で佇む彼の腕を引いた。


「アキチカさんだったんですか。早く入ってください、説明したい事が山程あるんです」

「…………?」


 言われるまま、作業室の中へと連れて行かれる。見事に解体された怪物の『中身』は全てタグで分別され、指先から頭部の中まで、事細かに調べられているようだ。


「これは……?」

「倒した二体の怪物は、片方が2Dの固定種、もう片方が……残念ながら、C5の案内対象がベースとして使用されていました。二体とも五頭の牛と組み合わされていたんですが、それで、新たに分かった事があるんです」

 カズヒサは、バラバラにされた脳髄の一部を指差す。ここを見てください、と内部の一箇所を指し示されても、科学的な事には全く疎いアキチカには異臭のする肉にしか見えない。

 それよりも、カズヒサが何故こんなに生き生きとしているのか。何が何だか、アキチカは首を傾げ、正直に断りを入れる。


「……すまない、俺には、よく……」

「ああ、すみません。簡単に言えば、案内対象の方は魂の分離が見られたんですよ!」

「分離?」

「固定種の方は、完全に牛と融解していました。しかし、案内対象は奇形といえば奇形なんですが、完全に牛と混ざり合う事はなく、自我を保ち続けていた形跡があるんです。……逆を言えば、意識があるのに無理やり行動を支配されていた。そんな状況だったのでしょう」


 アキチカは息を呑む。段々と、核心が見えてくるような感覚が背筋を走る。


「ナツメさんが負傷した、あの突然変異の物件。あれはきっと固定種の方が引き起こしたものでしょう。そして、案内対象の方を倒しても何故『僕達に異変がなかった』かといえば、変異種にも程遠い『奇形』となってしまっていたから。……悲劇ではありますが、完全に分離するには、この案内対象の精神が及ばなかった可能性があります」

「精神が及ばなかった……なら、もっと上のランクなら自力で分離できるってのか?」

「……あくまで可能性ですが、同じ『容器』に閉じ込められている限りは難しいかもしれない。そこで、トシユキさんが新たな発明を完成してくれました」


 後ろを振り向くと、トシユキが徐に何かをアキチカに投げて寄越した。それは掌に収まる程の小さな拳銃のような形をしており、アキチカが顔を上げると、トシユキは得意げに親指を立てて笑ってみせる。


「旦那が欲しいっちゅうとったアレ、この一週間で完成させたったで」


 先日使用した試作六号。トシユキは、その機械を『スローマー』と名付けた。チャージ式の時空間歪曲光線装置であり、光線をチャージする時間によるが、最高で三十秒間、標的の動きを鈍らせる事が出来るらしい。その上にもう一つ、今度は少し大きめの、注射針が付いた拳銃らしき機械がアキチカに投げ渡される。


「ほっちはカズ坊が考えよった世紀の大発明じゃ。説明聞いてみぃ、おどけんど(おどろくぞ)」

「元々は、回収班だけで変異種を分離させる機械をトシユキさんに開発してもらっていた物だったんですが、応用を利かせて、一部の性能だけを特化してみたんです。まだ試運転は出来ていませんが、トシユキさんの力もお借りして急いで完成させました」


 その名も、『剥離ガン』!

 自信満々に叫んだカズヒサだったが、何故かその後数秒に沈黙が流れる。


「……んー、カズ坊はごっつ頭ええんじゃけんど、ほの、何ちゅうんじゃろうな。名付けのセンスがのぅ……」

「ええっ、格好良いじゃないですか! 格好良くないですかっ?」

「……結局、何する道具なんだ?」


 アキチカの不思議そうな一言を聞いて、二人は顔を見合わせる。


「……旦那、ほれは奇形化しかけとる魂を元に戻すための道具なんじゃ。でもほいつには欠点もあって、即席で作ったモンじゃけん完全な奇形と力の弱い案内対象は剥がせれん。助けれる対象は限られてくるモンじょ」

「アキチカさん。それは、ナツメさんを助けるためだけに僕達が作った物なんですよ」


 ……そんな、まさか。

 手に収まる二つの機械を見下ろし、アキチカは思わず苦笑する。

 皆、誰一人として諦めてはいなかったというのに。自分独りが暴走し、勝手に思い込んで突っ走ろうとしていた。あわや、大事な仲間と交わした約束を、自ら捨てようとさえしていたのだ。

 己はなんと不甲斐無く、情けない男か。二人の強さを目の当たりにして己を恥じた彼は俯き、大切な機械達を一度作業台に置くと、サングラスを外してスーツの袖で両目を拭った。


「……ごめん、何か」


 呟かれた謝罪を聞いた二人は、気にした様子もなく明るい笑顔を見せて答える。


「……仕方無いと思っています。ナツメさんは、アキチカさんの大切な後輩ですから。でも僕達にとっても、彼女はやんちゃで可愛い仲間なんですよ」

「仲間を助けたるんが、仲間の役目っちゃ。今から気ぃ張れぇよ旦那、ワシ等で力合わして、ナツ坊取り戻したるんじゃけんのぅ」


 アキチカは顔を覆ったまま、何度も頷く。自分の弱さに、仲間達の強さに、涙が溢れた。

 数度、目を擦る。天井を仰いで、前髪を振るうとサングラスを掛け直した。


「……実は、皆に集合命令が出てるんだ。今から、全員で周宝寺に向かう」

「周宝寺……命令って、まさか班長がっ?」


 カズヒサとトシユキが目を見開き、顔を明るくさせる。


「ああ。班長も含めて、全員でナツを取り返す。行くぞ!」


 三人は肩を組んで同時に頷き、新作道具を手に作業室を飛び出した。

 装備を整え、位置データを打ち込んで再び『外』へのドアを開く。今度は、指定された安置室の隣にある空き部屋に繋がった。

 右に曲がり、薄暗い廊下を数歩進んで姿勢を低くする。言われた通りに安置室へ寄ったアキチカは、一声掛けて障子戸を引いた。


「おう、いらっしゃい」


 アキチカに続いて入ってきた二人は、元気そうな班長の姿に瞳を潤ませる。


「……班長、ご無事で何よりです」

「カズっちも、トッシーも大変だったな。皆のおかげで、俺はもうこの通りだ」

「姐さんは……まだ、起きひんのんかえ」

「さっき、ちょっと起きて動いてたんだ。あの様子なら、今晩には復帰出来るだろう」


 ヨシナガは、後ろで祈祷済布団の中に眠るマツカゼを見やった。彼女の傍では、浄化のために休み無く経を挙げ続けている輝翔の姿がある。

 ヨシナガが意識を失っている数日、マツカゼは輝翔が仮眠を取っている間も休む事なく『道具』を動かし続けていた。彼女に関しては輝翔に任せるしかない、というヨシナガの言葉に、己の無力さを感じた皆は悔しげに、しかし、ゆっくり休んでいて欲しいという思いも含めて俯き、唇を噛んだ。


「……なぁ班長、旦那からもう聞いとるとは思うけんど……ナツ坊が……」

「ああ、知ってる。ナッちゃんが今どういう状況にあるのかも、大体掴めた」


 皆が顔をヨシナガに向ける。しかしその時、ただ一人視線を下に向けたままのアキチカが不意に口を開く。


「……俺が戻った直後に、襲撃されたんですね。副班長はその時に目を覚ましたんでしょう」


 誰もが、目を見張った。


「……ああ、そうだ。だがその襲撃で、ナッちゃんがまだ無事だって事はハッキリしたぜ。どんな事をされて、どんな姿になっているのかは皆目見当も付かねぇけどな……まぁ、予測は出来る範疇だ」

「班長、それはどういう……?」


 輝翔の透き通るような澄んだ声の響く中、ヨシナガは班員達に事細かな作戦を説明した。誰もが驚き、怒りに震えながらも、最善かつ奪われた仲間を取り戻せるかもしれない希望に、各々に決意を固める。

 途中、ヨシナガも即席製造係が作成した渾身の新作に驚きながら、それも活用できるよう作戦に織り交ぜられた。


「いいか、ここが俺達回収班の正念場だ。皆が顔を合わせんのも、これが最期になるかも知れねぇ。だが、もう一度俺の……いや、マツカゼの前に全員集合する事が、俺からの最終命令とする。捨て身で戦うなよ、必ず戻ってこい。仲間のために、己の魂のために」

「はい!」


 全員が頷き、ヨシナガも応えた。


「武運を祈る。解散!」




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