二十三話
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「……雷? こんな晴れ間に……」
昼前の外は、清々しい程の青空が広がっている。しかし、不思議そうに空を見上げるアキチカとは対照的に、着崩した白装束の袖を捲し上げたヨシナガは立ち上がり縁側に出る。
「……『青天の霹靂』ってのはな、そう簡単に起こるモンじゃねぇんだよ。何の予兆も無ぇ稲妻は、単なる自然現象とは全く違う」
来やがったか。
そう呟いたヨシナガの言葉を聞いて、アキチカも静かに腰を上げる。
「アッキー、一度班室へ帰って、残ってる全員を連れて来い。俺は安置室でマツカゼとキッちゃんの護衛に回る。戻って来たらすぐに顔出せ、いいな」
「……ですが、俺はもう班を抜けて……」
「馬鹿言ってんじゃねぇよアホ。手前の身体見てみろ、お前はまだ『ここにいる』だろうが」
普段と全く変わらない上司の口調に、いつもと同じ少し照れたような苦笑を浮かべたアキチカは「了解」と答えて居間を出て行った。
部下を見送った後、背帯に差していた拳銃を一丁ずつ手に取り、マガジンを引き抜いて己の気を装填する。ヨシナガは二丁を両手に構えたまま、白布の着物を翻して縁側に出た。
本当は、八割がた体力は回復している。マツカゼの『道具』である刀が抜け、自由になったヨシナガに彼女は「一刻も早く班に戻って」と言い残して意識を失った。『回収道具』は班員達にとって転生するための免罪符でもあるため、彼女の『道具』である刀が穢れている以上、只でさえヨシナガのために満身創痍だったマツカゼが目覚める事はない。
自分が居なければ、班は間違いなくあの男の手中に堕ちるだろう。だが、それでもヨシナガはどうしても、彼女の元から離れる事が出来なかった。
『乃風』は、マツカゼが初めて回収任務に当たった変異種に取り込まれた彼女の郭姉妹だ。彼女が回収した際、偶然にも刀に魂の欠片が移り、以降は彼女の美しき剣として、共に転生する時を待っている。
マツカゼを護ってくれ、という一方的に交わされた約束をヨシナガが律儀に護る理由は、黒に染まる己を闇から引き上げてくれた恩返し、といった所だろうか。
「……本当に、姉思いの妹なこった。俺もつくづく、アイツには甘くなっちまったなぁ」
頭を掻きながら縁側を進み、奥への障子戸を引いた時だった。
ヨシナガは動きを止める。背後に、あの夜と同じ存在を感じたからだ。瞬時に後ろへ振り向いて照準を一点に定めるが、次の瞬間、ヨシナガの目が驚愕に見開かれた。
銃口を向けた先、そこに立っていたのは、あの化け物ではなく見知った顔の少女だった。
「……ナッ、ちゃん……っ?」
思わず名を呼ぶ。しかし、美しく金色に輝いていた筈の髪はあの化物が放つ光の様に赤く染まり、幼さの残る顔に表情は見られない。まるで、白いスーツを着せられた『死体』が、無理やり動かされているようにさえ感じる。その光景に呆然としていると、ふと、彼女の顔が此方に向けられた。
まるで機械だ。髪と同じく真紅に光る目を見てヨシナガがそう思った時、突如として少女が口を開いた。
人形の様に動く唇からは、二重に重なって聞こえる、声というよりは音に近い言葉が放たれていく。
「巡回機二番。霊体を発見、認識番号『零』。保護しますか?」
「……何?」
「了解、発見した認識番号『零』を回収対象と認識。作業を開始します」
目の前の少女は、その右手をヨシナガに翳す。吸い込まれそうな程に深い穴の空いたその掌は、間違いなく銃の発射口だった。
次の瞬間、迷う事無く発砲。ヨシナガは咄嗟に右へ避けるが、アサルトライフルのように連射された瘴気の弾丸が、自分の逃げる後を追い掛けてくる。
大きな柱の後ろに隠れ、土足で家の中に上がってきた少女の足を狙って弾を撃ち込む。ヨシナガの放った殺意は見事少女の足首を撃ち抜いたが、相手は何の反応も見せず、家の中を捜索し始めた。
足首の銃創からは、髪や目の色とは正反対の青い液体が流れ出ている。それを見たヨシナガは全てを把握し、同時に、その整った顔が悪意ある笑みに歪んだ。
「成る程そういう事か……あの野郎も、いよいよ狂ってんなぁ」
腰を上げ、銃を構える。その気配に気付いたのか、少女が瞬時に此方を向いた。
「こっちだぜ、木偶人形」
互いが同時に発射する。しかし、掌の銃口を狙ったヨシナガの射撃は少女の腕に入り込み、中で暴発を引き起こたのか少女の右腕は粉々に弾け飛んだ。部屋中に散った肉片や青い体液は、回収した直後の対象のように黒い砂となって空中に消え、しかし少女は無表情のまま消えた腕を見つめている。
自然と湧き上がる笑みを隠す事もなく、いかにも楽しそうなヨシナガは少女に銃口を向けたまま不満そうな声を掛ける。
「おいおい、まさかそれで終わりとか言わねぇよなぁ?」
「……右前腕小銃の破損を確認しました。攻撃方法をチャンネル三に切り替えます」
少女は左側の掌から幅のある短刀を突き出すと、一蹴りでヨシナガの目前に詰め寄る。素早い攻撃を紙一重で躱しながらも、何故かヨシナガは盛大に笑い声を上げた。
「はははは、危ねぇなぁオイ! だが全然遅ぇ、プログラミングし直せウスノロ!」
縁側から転げ落ちるように外へ出て庭に逃れても、乱れ舞う刃は標的を仕留めようと動きを徐々に速めていく。しかし攻撃の合間に見える隙をつき、ヨシナガは少女の腹に目掛けて爪先がめり込む程の強烈な蹴りを食らわせた。
しかし数メートルほど空中を舞った少女は着地と同時に地面を踏み込み、再び此方へ目掛けて飛んでくる。ヨシナガは何の躊躇いもなく銃を少女に向けると、一瞬の内に狙いを定めて引き金を引いた。
「じゃあな、『ベンテン』ちゃん」
銃撃音と共に、少女の赤い目が潰れて弾ける。後ろに仰け反って仰向けに地面へ落ちた少女は、直ぐ様上半身を起こすとどこかに居る指令先へ報告を開始する。
「視覚機能損壊、応援を要請します。……了解。ただ今より、修復作業に移行します」
「あーあ、俺達の可愛いナッちゃんがブツブツと煩い子になっちまって。悪趣味なオジサンに、たくさんイタズラされたんだろうなぁ」
可哀想に、と嘲笑を浮かべるヨシナガは、少女の胸を足で蹴って再び仰向けに倒す。修復中は身動きが取れないのか何の抵抗もしなくなった少女に再度銃を向け、その赤い髪の生え際に銃口を押し付けた。しかし、止めを差す直前に少女の口が機械的に動く。
「増援、感謝します」
ヨシナガから笑みが消える。その気配に後ろを振り向こうとした瞬間、全身に強い衝撃を感じるとあっという間に軒下へと飛ばされていた。
縁側に突っ込んだと気が付いた時には、目の前には先程の少女と全く同じ姿をした『もう一人』が、ヨシナガを無表情で見下ろしている。
「攻撃要請を受けた対象は、認識番号『零』です。攻撃を続けますか?」
「まるでテレビゲームだな……」
「了解。攻撃を続行します」
「……いい加減、黙れってんだよ!」
ヨシナガは素早く目を狙う。二発の銃撃は目の前の少女を仰け反らせたが、目に命中したのは一発だけで、少女は体勢を崩したままヨシナガに殴り掛かった。
避ける間も与えられなかったヨシナガは攻撃を顔面に喰らってしまい、軒下から再び庭に向けて地面を滑り転がっていく。それでも急いで体勢を整え、空中で短刀を携えた少女を迎え撃とうと銃を構える。
しかしその瞬間、少女の頭部が白いスーツを纏う身体から静かに離れた。ヨシナガは突然の事に目を見張るが、構えた姿勢でそのまま落ちてくる頭と身体を左に腰を捻って避ける。音を立てて墜落した身体はゴム人形の様に倒れ、頭は二度ほど跳ねて地面を転がった。
思わず唖然と目を丸くする。その斬り口は、『彼女』のものだった故だ。
「……あらやだ、そそる格好してるじゃないの」
壊れた縁側を飛び降り、庭に降りてきたのはマツカゼその人だった。熱に魘されて真っ赤な顔をした彼女は、息も乱れ、足元も若干覚束無い様子だ。
彼女の刀が完全に浄化するまで、あと一晩は掛かると思っていたのだが……やはり美しい桃色だった筈のその刀身は未だ鈍く黒ずみ、若干だが禍々しい気さえ纏っている。
再び上半身を起こした最初の一体すらも軽々と首を跳ねたマツカゼは、真っ直ぐにヨシナガの元へ、しかしフラフラとしながら歩いてくる。その間に、マツカゼが斬った二体の少女は黒い砂となって何処かへ流れていった。
「マツカゼ、お前……っ?」
「……あなたの着物姿なんて、貴重なもの見ちゃった……」
呆然と座り込むヨシナガに、マツカゼがゆっくりと手を伸ばす。彼の脚の間に入って膝をつき、彼の頬に触れると、着物がはだけて露わになった首筋に細い指を這わせ、彼女はその麗しく艶美な顔を近付けてきた。
お互いの肌が触れそうになった瞬間、ヨシナガは咄嗟に後ろへ身を引いて躱し、避けられてしまったマツカゼはヨシナガの腹の上へと力無く倒れ込む。
俯せに伏せられた彼女から、小さく「イケズ」の一言が聞こえた。
「……お前、キッちゃんの事ハッ倒して出てきやがったな」
彼女が此処に居る経緯を推測して、ヨシナガは溜め息を吐く。ふと目を向けた縁側の角に、袈裟を着た曾孫が心配そうな表情で慌てふためいている姿を見つけるが、案の定、その左頬はこの場所から見ても痛々しく腫れ上がっていた。
「あ、えと……ご、ご無事ですか……っ?」
ヨシナガは、再び大きく息を吐いた。
「まったく、無茶しやがって。お前が早く復帰しねぇと、俺が帰れねぇだろうが」
既に気を失っているらしいマツカゼを横向きに抱き上げると、器用に抜き身の刀を拾い上げ、輝翔の元へと運ぶ。その際、あの少女達が息絶えた場所を見てみても、やはり、何も残ってはいなかった。
「す、すみません曾じい様……お休みになっていると思ったのですが、曾じい様の銃声が聞こえた瞬間に逃げられてしまいまして……」
「その顔を見る限りは、ちょっとは戦ったみてぇだな?」
「止めようとしたんですが……い、一撃で退けられてしまいました……」
申し訳なさそうに俯く輝翔に、ヨシナガは可笑しげに笑う。
「そりゃ災難だったな。まぁ、こいつもワケ分かんねぇまま本能的に飛び出してきちまったんだろうから、許してやってくれよ」
「……この方は、本当に曾じい様を愛しておられるのですね……」
「おいおい何だよ、キッちゃんまで。俺達はそういうんじゃねぇんだ」
そんな、ややこしいモンじゃねぇんだよ。
冗談めかして語るヨシナガだったが、大事そうに彼女を抱えるその姿と眼差しを見た輝翔は、その微笑ましさと敬愛に、思わず笑みを溢す。
「……何笑ってやがんだ。お前は先祖に浮気を勧めるってか?」
「浮気だなんて……再婚、だと考えれば良いのでは」
「ふざけんなコラっ」
前を歩く輝翔の尻を軽く蹴飛ばし、痛がる曾孫の横をすり抜けてヨシナガは少々被害を受けた屋敷の中へと入った。
「冗談かましてる場合じゃねぇってのに……もうすぐアッキー達もこっちに来る。さっきの事も踏まえて、ちゃっちゃと作戦を立てるぞ」
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