二十二話
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「はあぁっ? 何かの間っ違ゃえじゃろっ?」
カズヒサは先程の出来事を、作業室にいたトシユキに全て話し、打ち明けた。自分の落ち度、ナツメの無事が絶望的な事、アキチカが全てを投げ出した事も伝えると、トシユキは言葉を失い、驚愕に目を見開いていた。
全て説明し終わった時、作業室の中に沈黙が流れる。これからの事など何も分からない二人からは、溜め息しか出てこない。
「……いよいよ、どうなるんじゃろうな……そもそも、旦那は何がしたいんにゃあ? 何しようとしょんか真意が掴めれへん」
トシユキの疑問に、カズヒサは何も答えない。自分としても、あの様なアキチカの表情を見たのは初めてであるし、だからと言ってあの時自分に何が出来たのか、一体どうすればいいのか、カズヒサにはもう何も分からなくなっていた。
己に出来る事。今の自分に、何が出来ると言うのか。
「……結局、僕は役立たずだったなぁ……」
乾いた微笑みをぽつりと零し、肩を落としてさめざめと涙を流す。そんなカズヒサの頬に、トシユキがその筋張った右手を伸ばした。
こちらを真っ直ぐに見つめてくる眼差しにカズヒサが揺れる瞳を向けると、眼鏡のレンズに溜まっていた涙がトシユキの手肌に伝って落ちる。
「……よう聞け、カズ坊。残ったワシ等でも、出来る事はあるんじゃで」
「え……?」
濡れた頬を指で拭われて呆然と見返せば、そこには決意に満ちた強い男の顔がある。
「今、する事無いんやった手伝うてくれ。ワシや一番弱クソやけんど、弱いんは弱いんなりに出来る事はある。諦めるんはまだ早いで」
「………………!」
「ワシかて、今まで遊んびょったんと違ゃうんぞ? 早よナツ坊助けたって、ワシ等の『回収班』を取り戻す。こっからがワシ等『製造係』の本領発揮じゃ!」
意気込みと共に手を差し出してくるトシユキを、潤む眼を見開いて驚いた表情で見つめる。そして彼の言葉に意を決したカズヒサは、スーツの袖で乱暴に己の顔を拭った。
「……やろう。やるしかない。僕の、僕達の出来る事を」
その無骨な手を取り、決意を込めて強く握り返した。
「力になれる事があれば何でもします。是非、手伝わせて下さい」
「よっしゃ、ほの意気じゃ。実験台にされたナツ坊を助けれるんは、ワシ等しかおらん。忙しぃなるけん、気合入れぇや!」
「はいっ!」
手を取り合い、互いに結束を固めた二人はすぐに作業へと行動を移した。
一方、単独で『外』へと向かったアキチカは周宝寺にいた。周宝寺の位置データを所持していたのはヨシナガとマツカゼのみだったが、今回は緊急時という事で、マツカゼが班の全員に伝えておいたものだ。
いつもの装備を終え、位置データのコードを打ち込み、ドアを開くとそこは見知った中庭だ。アキチカはドアを締めると中庭の望む縁側を進み、本殿の障子を開いて右に曲がる。前回に出入り口として使ったトイレを通り過ぎ、真っ直ぐに居間へと足を進めた。
廊下を歩く度に、モニターの様な音声が少しずつ近くなってくる。やがて行き着いた先の障子戸を、迷う事なくアキチカは開いた。
「……ご無沙汰してます、班長」
白装束を着崩した姿で卓袱台の前に座り、テレビを見ながら食事をしていたヨシナガが口を開けたまま箸から唐揚げを皿の上に落とす。その腕に嵌められた『サーチャー』は正常に起動しており、移動容器も特に誤作動無く使用出来ているようだ。
突然の登場に相当仰天している上司を特に気にした様子もないアキチカは、ヨシナガより数歩下がった場所に靴を脱いで腰を下ろす。箸と椀を持ったまま固まっていたヨシナガは、その異様な雰囲気に思わず顔を引き攣らせた。
「……懐かしいな、『その感じ』。初めてお前を拾った時と同じ眼をしてやがる」
「副班長は……まだ、ですか」
「昨日の晩、やっと『妹』が抜けた所なんだ。その浄化が仕上がるまで、最低でもあと一晩はここから動けねぇ」
「じゃあ輝翔君は、あれからずっと付きっきりだったんですね」
「……キッちゃんとマツカゼには、本当に感謝しか無ぇよ。皆にも心配かけちまった事、いろいろ謝らねぇとな」
そう言うとヨシナガは味噌汁を啜り、最後の一口を箸で口の中へ掻き込む。その間、アキチカは何も言わずに上司の動きを眺めていたが、ふと、視線を下げてその口を開いた。
箸を動かしながら、ヨシナガはそんな彼に視線を向ける。
「……俺は、セキモトに負けを認めてきました」
箸と空になった茶碗が、カランと音を立てて卓袱台に置かれた。
「……で? 今、班はどうなってる」
「カズが見てくれています。しかし……もう、抵抗する術は限られている」
「かく言うお前は、俺にその現状を伝えに来ただけじゃねぇな。『その面』は何だよ」
アキチカから返事が無くなる。彼の表情から、全てを察したヨシナガは舌打ちした。
「……ナッちゃんに、何かあったのか」
「……………………」
言い表す事の出来ないような強い感情をアキチカから感じ、しかしそれとは反比例した表情の無いその眼にヨシナガは思わず眉根を寄せる。殺意とは全く違う、肌が焼け付くような冷気を漂わせる感覚は、正しく彼を『零』へと変えた『何か』だ。
「……俺が、悪いんです。護ると約束したのに……俺が油断したせいで、俺はまた……」
「だが、仲間討ちは重罪だ。確かにあの男はバカだが、自分の首を絞めるような真似をするとは思えねぇ」
「……今頃、ナツは野郎のいい玩具だ。俺はそんな屈辱から、早くナツを解放してやりたいんです。……今回は、その報告だけしに来ました」
報告だけ。この言葉に、ヨシナガは悟る。
「……お前の言い方は、これから俺が出す命令を全て無視する、って宣言してるようなモンだぜ。それがどういう事か分かって言ってんのか」
「これから俺は、単独行動に入ります。俺は奴に敗北宣言をした身……俺の行動は、回収班には一切の責任も掛からないと約束します」
「お前一人で何が出来るってんだ。事実確認も証拠収集も出来てねぇ、その上自分には何の権限も無ぇクセに、一介の所員が何をしようと……」
アキチカは、初めてヨシナガと目を合わせる。サングラス越しに見える、何の感情もない闇を向けられたヨシナガは、その異常性と彼が内に秘める『何か』の正体に気付いた。
長年共に仕事をしてきて、平穏な日々にすっかり忘れてしまっていた。
性根の優しさに隠された、忌むべきその本性。そうだ、この男は、息をする事と同じ感覚で人を殺せる『狂気』を持っているのだ。
生前は妹を失って、今回は『大切な後輩』を奪われた事で鎖が切れたか。
「てめぇ、まさか野郎を……」
「……俺は最初から、俺の出来る事をするだけです。重罪だろうが何だろうが、奴が消えてナツが楽になれるなら俺はそれで構わない」
「手前が消滅する事になってもか」
「自分は、人殺しです。元々消えかかっていた存在を、何のために使い切るかは俺の自由だ」
ヨシナガは言葉を詰まらせる。アキチカの言葉は、自分とて同じ事が言えるからだ。
暫しの沈黙の後、ヨシナガは湯呑の中の茶を一気に飲み干した。
「……よし分かった。アッキーを手伝おう」
その言葉に、アキチカは驚いて顔を上げる。
「は……? て、手伝う……っ?」
「ああ。アッキーがそこまで必死こくなんざ、なかなか珍しい事だからな。だが、一回冷静になってよく考えてみろ。もし今回、あの男に捕まったのがナッちゃんじゃねぇ他の誰かだったら、お前はどうしてた?」
「え……?」
目を丸くする彼に、ヨシナガは構わず続ける。
「あらゆる可能性を考えて、あの男から取り返そうとしねぇか? 助けられるなら、何としてでも助けようと思わねぇか? お前の事だ、最後まで諦めたりしねぇだろ?」
「……あ…………」
「アッキーにとってナッちゃんが大事なのは分かるが、ウチの班で贔屓はよろしくねぇぜ。たとえナッちゃんが奇形種として立ちはだかろうとも、元に戻すぐらいの勢いで戦ってみせろ。あの子はまだ『消え』ちゃいねぇんだから、お前の自慢の怪力で助け出してみせろよ」
まるで人を小馬鹿にしたような口調で話すヨシナガだったが、その言葉一つ一つに、アキチカは目を見開いて聞き入った。
我に返る。彼は己の情けなさに俯き、拳を握り締め、大きく息を吐き出す。
「……それでも、許せる訳が無い。班長が奴に、落とし前付けさせてくれるんですよね?」
「当たり前。俺を誰だと思ってんだよ」
苦笑なれど、やっと笑顔が戻った部下にヨシナガは不敵に笑ってみせた。
しかしその時、空から稲妻と共に轟音が轟く。二人は縁側から覗く空を見上げた。
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