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二十話



「起きろ、金髪君。……いや、菅田夏芽と言ったか」


 頬に受けた衝撃に、目を覚ましたナツメは首を振って歪む視界を定めた。亡くした筈の名を呼ばれ、前を睨み上げるとそこにはあの男が自分を見下ろして笑っている。


「菅田『夏芽』、とは……また愛らしい名前を付けられたものだな」

「……入所申請書、ハッキングでもしたのかよ」

「自分の名を呼ばれただけで、敬語すら使えなくなったのかね? これだから回収班は」


 溜め息を吐きつつも不敵な笑みを浮かべるセキモトに、ナツメは舌打ちで返す。身じろいでも後ろでしっかりと固定された腕は解けず、縄を抜ける事は諦めた。

 辺りを見回す。見た事もない機材が置かれたこの場所は……どこかの、研究室のようだ。

 セキモトが、その機材の電源を次々と入れていく。明るくなった室内は意外と広く、照らし出されたその物体を見てナツメは驚愕に目を見開いた。

 緑色の液体に浮かぶ、円柱の大きな水槽に入れられたそれは、正に。


「……どうだね、素晴らしいだろう。先代の努力と技術が詰まった、美しい『災厄』だ」


 動物の頭に人の身体をした怪物が、二体。悔しさと憎悪から、ナツメは歯を食い縛った。


「……そんなに睨まないでくれたまえよ。君達が戦った物は試作物だった故に、マツカゼ殿を巻き込む『事故』に発展してしまった」

「何が事故だ……! お前のせいで、班長は!」

「……『お前のせい』? ヨシナガ班長が負傷したのは君の不注意だったと聞いたが」


 そう言われてしまっては、ナツメは何も言い返せない。ぐっと言葉を押さえ込んだ相手に、セキモトは鼻で軽く嘲笑う。


「……今、君達回収班が追い掛けている物は完成物だ。もちろん状態は良好、今は活動しないように停止してあるのだが、いずれ彼等が、君達役立たずの代わりに働いてくれるだろう。これで回収班は取り潰し……残った班員は異動か処罰を受け、この所内から『人殺し集団』は居なくなる」

「ふざけんな!」


 ナツメは声を荒げた。


「完成も試作も関係あるかよ! 百歩譲ってオレ達が消える事はいいとしても、その実験で、一体どれだけの回収対象を使ったんだ! 彼等だって、新たな魂の一部としてでも生まれ変われる存在なのに……回収対象なら、奇形種(キメラ)にしてもいいってのか!」

「回収対象? 何を言っているんだね君は」

「……っ?」

「回収対象はただでさえ理性を失っているんだ、そんな『物』を使った低級の奇形種など使い物になる筈がないだろう。私が求める物は、忠実に動き、尚且つ善悪の判別が出来るだけの知性を持った有能な兵士なのだ」


 その瞬間、悪魔のような思惑をナツメは悟る。


「……そんな……まさか……っ!」


 ナツメが愕然とした衝撃的な事実は、回収班の班長室でも判明していた。

 回収班の中ではヨシナガに続いて英語が理解できるカズヒサが、班長室を拝借して翻訳作業を続けていた最中に席を立ち上がる。その物音を『サーチャー』の通信機越しに聞いたアキチカが問い掛けると、震える声でカズヒサが応えた。


「……アキチカさん、今どこですか?」

《所内を一周して近くまで来てる。どうした?》

「今すぐ、今すぐ案内班に向かいましょう。僕も合流します」

《何かわかったのか?》

「ナツメさんが危ない……早く彼女を取り戻さないと!」


 カズヒサは本を懐に入れると、翻訳途中の書類やノートをデスクの引き出しへ乱暴に放り込んで鍵を掛け、班長室を飛び出した。数分後に合流したアキチカが歩きながら何事かと問うと、カズヒサは青ざめた顔で口を開く。


「なんて事だ……僕達はとんでもない事態に巻き込まれてしまった。僕があの時、隠れたりせずにナツメさんを待っていれば……!」

「どういう事なんだよ、分かるように説明してくれ」

「以前の文献を参考に、セキモト副班は新たに実験を繰り返していたんです。それも多分、秘密裏に個人で科学班を再集して」

「無断で組織を立ち上げる事は違反だ。いくらバカでも、あの男が違反を冒してまで……」

「あくまで推測ですが、先に結果を出したかったとしたらどうでしょう? 違反を犯しても、ちゃんとした結果さえ出ていれば免罪される可能性は大いにある」

「……そうだ……班長とも話してたのに。あのクソ野郎は、そんな事のために策を労するようなバカだったんだっけ」


 アキチカは額を叩く様に押さえた。カズヒサは、焦った様子で歩幅を大きくしていく。


「百年前は、回収対象と動物の魂を掛け合わせて失敗した。本能のままに動く動物と、己が存在するためなら何だってする回収対象との相性が悪かったから。でもそれが、もっと知性のある対象なら? 自由に本能を制御できるような、柔軟で強い魂なら?」

「ちょっと待て、カズ。回収対象と一概に言っても、知性を持つような高ランクの奴と掛け合わせた所で、動物の方がうまく取り込まれるだけなんだろ? だから実験には、低ランクの固定種を使ったと聞いたが……」

「それに、回収した対象は強制的に『あちら側』へ送られますよね。申請して返送してもらわないといけないものを、内密に組織した班が手出しできるワケがない。動物の魂自体は、まだ何も知らない新入所員達が担当しているから簡単に手に入るとして……あと必要なものは一つだけです」

「ベースになる強く柔軟な魂、か。だがそんなモン、あの男がどうやって……」


 そこまで言って、アキチカは言葉を止める。

 気付いてしまった。身も凍るような、悪魔の所業に。


「……まさか、あの野郎」

「班長の切った啖呵は、どうやら、とんでもない悪魔を目覚めさせてしまったようですね。あの腰抜けがまさか自らの手を汚し、極刑に値する規則違反を犯してまで僕達を潰しにかかるなんて」


 カズヒサが本から得た重大な事実を、捕らえられているナツメは目の前の本人に悲痛な表情で叫んだ。


「まさかお前、案内対象を実験に使ったのかっ? 次の世界を待つ、善良な魂を!」


 しかし、問われた男は何の悪びれもなく鼻で笑ってみせる。


「人聞きの悪い。『私達』は志を共にする同士達を導いただけだ。苦悩も悲愴も感じない、有能な存在へと生まれ変わらせるために」

「ふざけんな! 神にでもなったつもりかよ、こんな……こんな、化け物を生み出すだけの道具にしやがって!」

「道具とは失礼な。せっかく虚弱な魂から強き存在へと成長させてやったのに、彼等を愚弄するなら温厚な私とて許さんぞ」

「何が愚弄だ、彼等を侮辱しているのはお前の方だろ! オレは、オレ達は、彼等の変わり果てた姿を二体も倒した。なのに見ろよ、オレはまだこうして存在してる! 転生すべき彼等が、案内対象ですらなくなった証拠じゃないか!」


 そう、通常なれば、案内対象を回収してしまう事は回収班にとって極刑を免れない重罪だった。今までにも『罰』を受けた班員は存在し、記録によればその場で『回収対象』へと変貌してしまう、裁判や審判を必要としない『免れない罰』である。

 しかし、案内対象を実験に使用した人造奇形種を倒した彼等には、今まで何の変化も見られない。

 その時点で、善の魂が消滅したとする証だった。


「だがその代わり、彼等は強い力と素晴らしい能力を手に入れた。対象の区別がつくようになり、仲間を失えば自発的に仲間を増やせるようにもなった。試作の子は、一度目は失敗したようだが……今の彼等はとても忠実で、お互いの交信も力の制御も可能になった。疎まれ蔑まされて命を絶った者達が、今度は自らが強者となって世の理を紡いでいくのだ。彼等こそが、我々死者を管理する最高の存在! そして彼等の親である我等こそが、魂を循環し支配する者となるのだ!」


 そうすれば、この送還所なども不要になる。全てが我々のものになるのだ!


「…………!」

「我等がこの世界を支配した暁には、私を侮辱した輩を全て跡形なく始末してやる。私には、絶対に裏切らない部下がいるのだ、怖いものなど何もない」


 両手を広げ、天を仰ぐセキモトにナツメは言葉を失った。


「……狂ってる……!」


 絶望と怒りに愕然とするナツメを見下ろしたセキモトは、彼女の前に歩み寄って腰を下ろす。近付いてきた相手に、彼女は嫌悪の眼差しを向けて出来る限り身を引いた。


「……菅田夏芽。君は確か、班を失って消滅するのが恐ろしいと言っていたらしいな」


 他人が知らないはずの事を言われたナツメは瞬間青ざめる。


「君にも、この素晴らしさを味わわせてやろう。実は以前から『零』に興味があってね。その中でも是非、君に協力して欲しいのだよ」

「……は……っ?」

「この支部に『零』は五人いる。神格化されているマツカゼ殿は別として、『特殊能力持ちの軍人』と『大量殺人鬼』は問題外。残るは『小賢しい優男』と君で迷ったんだが……あの殺人鬼が班長代理になった時点で、彼は君に照準を絞ったという訳だ」

「『彼』?」


 しかしナツメの問いは聞き流され、セキモトは嘲笑しながら少女の顎を掴む。無理やり上を向かされ、嫌でも目の前の男と目が合う。


「君さえ我等の手中にあれば、今の班長代理は容易に手出しは出来ないだろう。彼は、己よりも君の事が大切だからな」

「オレ達は仲間なんだぞ、仲間を大事にするのは当たり前だろ」

「君は、あの男が少々過保護だと思った事は無いかね? 危険な任務には連れて行かない、何をするにも二人一緒……最近では、人手不足でそうも言っていられないようだったが」

「……何が言いたいんだ」

「君の魂情報を調べた時、驚いたよ。君がまさか、あの『篠山秋哉』の妹だったとはな」


 余りにも突飛な台詞。

 ナツメは思わず目を見開く。目の前の男が、何を言っているのか理解できなかった。


「……お前、何言って……っ?」

「あまりにも凄惨な事件だったために記録すら残らなかった、伝説の『明治猟奇惨殺事件』。ある廃寺を根城にしていた盗賊団二十七人を、たった一人で皆殺しにした男」


 勿論、ナツメもこの事は知っている。妹の仇を討つためだった、と彼は言っていたが。


「詳しく言えば、君は班長代理の妹が転生した存在、という事だ。さすがは元兄妹、猟奇的な狂気も能力の高さもよく似ているが、一度転生した君は幾分か『扱いやすい』存在になっているようで助かったよ」

「そんな……そんな筈ない! だってアキさんの妹さんは転生して、『外』で幸せに暮らしてるって……!」

「なら君があの殺人鬼だとして、可愛い後輩に真実を話せると言うのかね? 私なら、わざわざ関係を壊すような事をあえて言うような真似はしないぞ」


 セキモトはナツメの顎から手を離す。信じられないといった表情を浮かべたままのナツメに、変わらず不愉快な笑みを浮かべる。


「あの『くたばり損ない』が居なければ、回収班など敵ではない。あの殺人鬼の弱みと、奴に匹敵する能力も手に入れた。奇跡でも起きない限り、戻ってくる事は無いだろうが……念には念を、今の内に潰しておくに限るだろう」


 そう言ったセキモトは再び、呆然とするナツメに捕縛用ガスを噴射して昏睡に貶める。避ける事も抵抗する事も出来ず、ナツメはその場に倒れ込んだ。


「菅田夏芽。君のこれからの活躍を、心から期待しているよ」


 ははは、と男の声が木霊する。その場に轟くのは、悪魔の嘲笑だけだった。





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