十八話
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昨夜。
あの戦いの後、一同はマツカゼの命令で一度事務室に戻り、各々にやり切れない心境の中で休息を取った。そして約束の時間に周宝寺へ移動し、豪華な祭壇の前に横一列になって腰を下ろした。
祭壇の前には、横たわったまま動かないヨシナガと、寄り添うように彼を見つめるマツカゼの姿がある。輝翔はヨシナガを祭壇の前に運んでからずっと、ひたすら経典を捲ってはブツブツと経を読み上げ続けていた。
マツカゼ曰く、『悪い力を浄化』しているのだという。ヨシナガの胸には未だにマツカゼの刀が刺さったままで、刀が吸い取った悪しき力を浄化しきらずに刀を抜くと、ヨシナガは瞬く間に回収対象へと変貌してしまうのだそうだ。
ヨシナガが受けた光は、悪の魂が持つ『執着』と実験台にされた動物達の『怒り』が生んだ悲しい呪い……あの日ヨシナガが輝翔に話した事を、マツカゼは皆に語った。
「私の『道具』……乃風は、『彼女』の慈悲と私の殺意で動いてる。あの怪物から受けた呪いから彼を護るためには、浄化が終わるまで私が乃風を動かし続けなければならないの」
『道具』を連続して使用すると、大幅に自己浄化能力と精神力を削られる。一刻も早く浄化を終えなければ、ヨシナガだけでなく、マツカゼまでもが存在の危機に瀕してしまうのだ。
その最悪の事態を回避するため、生者である輝翔が寝る間も惜しんで頑張っている。
皆は俯き、言葉を失くした。何故なら、『道具』を使い続ける事がどれだけ大変な事なのか、誰もが身に沁みて分かっている故だ。
「……マツさんも、班を休むんスね」
「結局はヨシナガが起きるまでだから、私も彼もすぐに復帰するわ。でも、逆を言えば、私達二人が留守になる『今』が、一番狙われやすい時でもある」
「……のう、姐さん。姐さんも班長も居らんかったら、誰が班の面倒見んねや?」
「それは考えてあるわ。ねぇアキちゃん」
マツカゼが名を呼ぶ。アキチカは深く息を吸い込むと、そのまま深く吐き出した。
彼は座る向きを変え、戸惑いを見せる皆の顔を順に見渡す。
「……班長は『もしもの時』があった場合に立てる代理を、既に所長へ申請しているらしい。明日の報告会議で、俺が班長代理、カズが副班長代理に任命される事になる」
「僕が、ですか?」
突然名を呼ばれ、カズヒサが目を丸くした。
「だが俺達はあくまで名前だけの代理であって、物事は皆で決めるのが鉄則だ。俺達が独裁する事はまず無いと思ってくれていい」
「それは、勿論ですね。形だけで良いなら、僕は喜んで引き受けます」
「まぁ、ワシもほの案は納得じゃ」
「……ナツ、お前は異論とか無いか?」
皆が賛同する中、アキチカが俯いたまま黙り込んでいるナツメに声をかける。返事の声は無く、彼女は項垂れる様に小さく頷くだけだった。
今後の事については、マツカゼの指示で淡々と決められていった。ヨシナガは勿論マツカゼも班を離脱する今、無闇に回収作業へ出るのは危険だと判断し、一刻も早い位置情報の確率とモニターの広範囲精度を高める事が急がれた。
また、情報採取は怠らずに収集し続け、少しでも牛や馬、その他家畜らしき目撃情報が発見された場合、そちらを優先して任務に当たる事になった。
一方で会議後、遅れて事務室に入ってきた二人は、笑顔で皆の挨拶に答える。カズヒサが「お疲れ様でした」とアキチカを茶化すと、彼は気恥かしそうに頭を掻いた。
「どうでしたか? 少しは話を聞いてくれました?」
「いやぁ、人を脅すのって結構難しいよなぁ」
「人聞きの悪い。多少は強く言わないと理解してくれない方に対する『特殊な交渉術』と言って頂きたいですね。君もそう思うでしょう、ナツメさん?」
「えー……? カズさんがそう言うなら、そうなんじゃないっスかね……?」
「おいおい、ナツ坊も丸め込まれよったで。副班長代理は恐ろしい人よなぁ」
あの白い液体に白い結晶の粒をスプーンで入れながら、トシユキが三人の異様な会話に思わず苦笑した。
カップを持って給湯器を離れたトシユキは、ぐったりと机に突っ伏したマツカゼの前に班長差し入れの白い飲料を差し出す。彼女の隣に座るカズヒサが小声で名を呼ぶと、ゆっくりとした動きでマツカゼが顔を上げた。
「……大丈夫ですか、マツカゼさん」
「大丈夫じゃないけど……何とか、まだ動けるわ」
「トシユキさんがジュースを淹れてくれました。飲んでください、少しは楽になります」
「ええ……ありがと」
先程よりも、さらにその顔色は青白くなっている。皆が心配そうな視線を注ぐ中、アキチカがマツカゼの隣に椅子を引っ張って来て腰掛けた。
彼の目は、先程と違って少し不安げに曇っている。
「副班長……俺達に、指示を」
「……そうね。皆、席に座って」
全員を椅子に座らせ、マツカゼは顔を上げた。
命令は、昨晩彼等に言い渡された事の復唱となった。セキモトの態度を見る限り、まだ『外』を彷徨っている個体が居るのだろうと践んだマツカゼは、人造奇形種の迅速かつ慎重な回収を皆に命じた。
今回の被害を教訓にして、一体目を倒す前に二体目が現れたらすぐに逃げるように、とも彼女は付け加えた。
「……僕達だけで、可能でしょうか?」
「あなた達は……既に、自分達の力で一体捕らえてる。注意すべき点もわかってるから、私達が居なくても十分仕事になると思うわ」
「でも……どうやって、あの怪物を探すんスか?」
「『レベルレーベル』に捕獲した怪物の情報を登録しておけば、ちゃんと反応してくれる筈よ。機能自体は、私よりもトシちゃんの方が詳しいから……頼んだわね」
製造係の彼が深く頷いた。
「作戦は軍隊経験のあるアキちゃんを筆頭に、皆で協力して立てること。怪物の数が把握できそうな『機会』があれば、どんな手を使ってでも迷わず情報収集すること。……カズちゃんもアキちゃんも、油断しないで皆をお願いね」
代理となった二人が頷いた。
「最後に……ナッちゃん」
皆の視線がナツメに集まる。俯いたまま静かに話を聞いていたナツメが、名を呼ばれてゆっくりと頭を上げた。
「……まだ、自分のせいだと思ってる?」
優しい彼女の言葉に、ほんの僅かに少女の瞳が揺れる。
「…………はい。でも、もう落ち込んではないっス」
「そうかしら?」
「落ち込んでなんかいられないっス。班長とマツさんが居ない間、班を守るのがオレの出来る唯一の事だと思うんス。班長には、班長が元気になって戻ってこられたら、存分に謝ろうと思ってるっスよ」
その揺れる瞳の中に、確かな決意をマツカゼはナツメに見た。
もう、心配ないようだ。マツカゼは微笑む。
「……わかったわ。全力で……でも、無理しないで皆を護ってあげて」
「了解っス」
覚束無い足で立ち上がったマツカゼは、カズヒサに支えられながらロッカー室へと歩く。腕に『サーチャー』嵌めて電源を入れると、ついてきていた皆に振り返って口を開いた。
「……それじゃ、私はヨシナガの様子見と自分の回復のために、しばらくキッちゃんの所に滞在するわ。何かあれば随時報告して。寝てる事はまず無いと思うから」
「お気を付けて、副班長」
「ええ。皆も」
マツカゼは最後に微笑み、班室を後にする。
扉の閉まる音が響くと、一斉に班員達は各自の任務に取り掛かった。
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