十四話
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《その空家が目標地点よ。ラスト一件だから頑張って!》
回収班では製造係がシステムのコピーを終え、マツカゼは通信室を出てカズヒサ達と共に作業室に居るらしい。
片や素手、片やロープで十件もの回収作業をこなし、『飛び入り』で増えた仕事も終わらせて二人は既にくたくただった。空は既に赤く染まり始めており、街を包む影も徐々に伸び始めている。
日が暮れては回収が難しくなってしまう。急がなければ。
「……ナツ、大丈夫か?」
「もうコツは掴んだんスけど……やっぱ、さすがに連続はキツいっスね」
つい先日、初めて自身の『道具』を本来の使い方で使用したナツメは、アキチカやカズヒサに指導を受けながら徐々に感覚を掴んできていた。
しかし、連続で使用する事にはまだ慣れておらず、体力は底を尽きかけている。微かに息切れを起こしながらもレベルレーベルを覗く後輩に、心配そうに眉を下げるアキチカはナツメの背にそっと手を触れた。
「ここのランクは?」
「……えっと……3C、ッスね」
「じゃあすぐ終わるな。ナツはここで待機してろ、俺が行ってくるから」
「オレ、『護摩粉』撒いてくるっス。さすがに……無理はやめとくっスよ」
「そうだな。俺も一緒に行こう、放っておいたら行き倒れそうだ」
上着のポケットから袋を取り出し、空家の周りに灰色のラインを引きながら囲んでいく。角を曲がって二人が空家の裏に回ったその時、縁側の窓が突然割れて中から回収対象が姿を現した。
一瞬の出来事だった。体長三メートルはあるだろう巨体にアキチカは咄嗟に対応したが、相手は彼の攻撃を躱し、あろう事か満身創痍のナツメをその大きな手で掴んで飛び去ってしまう。
逃がしてなるものかと対象に向けて腕を伸ばすも、そのスピードにはとても追い付つけず、アキチカの手は空を掻く。
「ナツ!」
《アキちゃん、回収対象は南西へ移動中! 二百メートル先に大きな河川があるから、そこで捕まえないとその先は住宅街よ!》
「くそ……っ!」
後を追うアキチカとは別に、マツカゼも捕らえられたナツメに通信でアドバイスを出す。
《ナッちゃん、まだ頑張れるなら土手沿いの広場でソイツを捕まえて! じゃなきゃ生者に被害が出るわ!》
「りょ、了解っス……!」
腕は固定され動かないが、腰のロープには手が届く。片手で器用に留め具を外し、束ねていたロープを解いた。
橋が見えてきた瞬間、ナツメはロープ全体に神経を集中させる。この怪物を絞め殺すつもりで手首を振ると、ロープは独りでに形と長さを変えて己を掴む回収対象に巻き付いた。
一瞬で身体を雁字搦めにされた対象と、ナツメは地上へ真っ逆さまに落ちていく。その様子を、全速力で走っていたアキチカも目撃する。
「おい落ちてったぞ! どこだっ?」
《そのまま真っ直ぐ川に向かって走って! 土手を越えた所にあるテニスコートよ!》
「了解!」
しかし、イヤホンから急にナツメの苦しげな呻きが入った。
悲鳴に近いその声には、ギリギリと締め上げられるような音も混ざっている。
「何だっ? おい、ナツ!」
不安が過ぎり、アキチカは全速力で土手に上がる。川岸のテニスコートを見下ろすと、ナツメのロープに巻き付かれた回収対象が、最初に見た時よりも一回り大きくなっていた。
尚も大きくなり続けている対象は、どうやら体躯を巨大化させてロープを切ろうとしているようだ。しかしナツメの意思が無ければ決して解けないロープの中で、ぎゅうぎゅうとキツくなる身体に握り込まれたナツメは押し潰され始めている。
アキチカは無我夢中で回収対象に飛び掛かった。まだナツメの意識がある内に捕らえようと、対象の頭に目掛けて全力で拳を振り下ろす。二、三度殴った時、やっとアキチカの拳が回収対象の頭を陥没させ、中に深くめり込んだ。最後に持ち前の強い蹴りを食らわせ、完全に頭部を潰すと回収対象の巨大な体躯は砂のようにさらさらと流れて崩れ始める。
辛うじて意識のあったナツメが回収の完了を確認し、集中を解くと彼女のロープは元の長さまで細く短くなった。
回収対象が消え、ナツメが地面へと背中から落ちていく。寸での所でアキチカに抱き止められ難を逃れたが、彼女の呼吸は苦しげで、まばらに息を吸い込んでいる。
「おいナツ、大丈夫かっ?」
「……ちょっと、大丈夫じゃないっス……」
《どうなったのっ? 状況説明して!》
「全身っ……から、折れる音が……して……っ」
「喋るな、じっとしてろ」
ナツメは言葉を出すたび、苦痛に顔を歪めた。アキチカがナツメの腹に手を置くと、彼女は僅かに悲鳴を上げて悶絶している。
後輩が受けた被害の重さにアキチカは言葉を失う。一瞬パニックを起こしたように視線を泳がせ辺りを見回すが、直ぐ様歯を食い縛ってナツメを抱き上げた。
「頑張れよ、ナツ。今晩は活け造りだ」
「……鯛……」
「ああ、鯛食べよう。美味い刺身に、酒も飲める」
「フグ……」
「だから頑張れ。絶対意識を離すな」
ナツメを抱えたまま、アキチカは急いでテニスコートを駆け抜ける。橋の下に備え付けられた簡易トイレを見つけ、通信を切って一度膝を着き、自分とナツメの『サーチャー』のスイッチを同時に押した。
その後、即座に簡易トイレのドアを開ける。ロッカー室に入ると、そこには既にカズヒサが不安そうな表情を浮かべて待っていた。
「何があったんですかっ? ナツメさんは……っ」
アキチカはナツメの移動容器を解除して、『サーチャー』を彼女の腕から外す。その瞬間、ナツメは咳き込むように大きく呼吸をし始め、二、三度嗚咽を繰り返して苦しそうに身体を捩らせた。
カズヒサが見守る中、アキチカが未だ呼吸の荒いナツメを抱き起こす。背を擦り、肩を抱いて金色の頭を乱暴に撫でた。
「よくやったなぁ、頑張ったなぁナツ。いやぁ良かった、本当に良かったぁ」
「オレどうなってたんスかね……あー、苦しかったー……」
「気分はどうだい、ナツメさん? 何か、飲み物入れてこようか?」
「じゃあ、お願いします。何でもいいっス」
「わかった、すぐ用意してくるよ」
「カズ、俺のも頼む。どっちも甘めで」
「了解。待っててください」
ロッカー室を出て行くカズヒサを見送り、アキチカはもう一度ナツメを抱き締める。そして再び頭を撫で、自分の膝からナツメを床に下ろした。
自身も移動容器を解除し、『サーチャー』を腕から外してロッカーに入れる。立ち上がれないナツメの傍に腰を下ろすと、アキチカはサングラスを外して顔を手で覆った。
初めて見る憔悴した様子の彼に、ナツメは少し心配になる。
「アキさん、大丈夫っスか?」
「……ビックリした」
か細い声で呟かれた言葉。ナツメは苦笑した。
「そうっスね……俺も超ビビりました。さすがに、疲れたっスよ」
「……ホッケ食べたい。焼いたヤツ」
「ホッケいいっスねぇ。それも頼んじゃいましょう」
その時、作業室へ続く階段のドアが開く。慌てた様子のマツカゼがナツメに駆け寄り、ロッカーに凭れた彼女の額に触れた。
優しく細い手がヒヤリと冷たく感じて、心地良さにナツメは目を閉じる。その様子を心配そうに見ていたアキチカが、後輩を調べる上司に恐る恐る声を掛けた。
「……副班長、ナツは……」
「良かった、思ったより本体へのダメージは少ないわ。ちゃんと粗塩摂って、安静にしていれば一時間後にはすっかり良くなるわよ」
「オレも、まだまだっスね……もっと頑張らなきゃ」
「何言ってんの、ナッちゃんは充分頑張ったわ。最後だと思って油断した私が悪いのよ」
「あ、その事なんスけど……」
ふと思い出したようにナツメが何かを言おうとするが、アキチカの声に遮られてしまう。
「副班長、これは一体どうなってんですか? アレは間違いなく2クラス以上の大物だ。なのに、『レベルレーベル』は確かに3Cを指してた」
「私も確認してたわよ。でも……あれは変異種でも無かった。固定種が自分のランクを偽ったり、勝手に変えるなんて事出来るワケがないし……」
「……あの、それってオレが聞いた事と、何か関係あるんスかね?」
「え?」
マツカゼとアキチカが顔を上げた時、事務室へのドアが開く。乳白色の液体が入ったマグカップを持ったカズヒサがロッカー室へ入ってくると、マツカゼに一度頭を下げ、カップを二人に手渡した。
「マツカゼさん、上がってきてたんですね。お疲れ様です」
「ええ、カズちゃんも」
「……カズ、これ何だ?」
「オレ……これ飲むの初めてっスよ」
「ナツは知ってんのか?」
カップの中身に首を傾げるアキチカに、カズヒサは説明する。
「アキチカさんはご存知ないですか? 班長が先程ご実家から持ってきた物なんですが、素麺のダシのように原液がある飲み物で、五倍程に薄めて飲むんですよ」
「ヨシナガ帰ってきてるの?」
「はい。呼んできましょうか?」
「お願い」
マツカゼの頼みでカズヒサが再びロッカー室を出ていき、実行係の二人は恐る恐るカップに口を付ける。その瞬間、唾液腺に痛みが走る程甘ったるいその白い飲み物に、思わず瞬時に吹き出してしまった。
アキチカは目を見開いて口を覆い、ナツメは顔を歪めて悶絶する。二人の反応を見ていたマツカゼは、唖然とした表情で固まっていた。
「俺、そんな疲れてたのかなぁ……」
「うう……身体がゾクゾクするっス……っ」
「そんなに甘いの? どんな感じ? 不味い?」
「飲んでみりゃ判りますよ」
アキチカがカップをマツカゼに渡す。そのまま少し口に含んだ彼女は、首を傾げ、拍子抜けしたように目を丸くしている。
「確かに新感覚だけど、爽やかな甘さで結構美味しいわよ。何かすっごくザラザラしてるのが気になるけど、これは粗塩でしょ? コレが甘いんじゃないの?」
「じゃあやっぱり、それだけ疲れてるって事なのか。いやぁ、これ飲むの勇気いるなぁ」
「……オレ無理っス……」
「頑張れ、ナツ。お前は無理してでも、ちゃんと飲んどかないと」
渋々その飲み物を舐め始めるナツメに、一気に飲み下したアキチカは甘さの悪寒に身体を震わせる。その様子を苦笑しながら見ていたマツカゼが、先程ナツメが言いかけた事を再度質問する。
「そういえばナッちゃん、あなたが聞いた事、って何?」
「オレが捕まってる時、ずっとアイツ言ってたんですよ。『殺してくれ』って……『こんな終わり方は嫌だ』って。勘違いですかね?」
「……『殺してくれ』、ですって?」
ナツメの言葉に、二人は耳を疑った。
「そんな、有り得ないわ。相手は回収対象よ」
「でも、回収対象でも自分から命を絶ったりしてたら……」
「回収対象は元々、生に対して執着し過ぎた罪人の魂だ。どんな手を使ってでも生者の世界にしがみ付こうとしている奴等なのに、高ランクの奴ほど自ら死を望む筈がないんだよ」
「死を望むような事を言うのは意識のある変異種か案内対象、そして『零』と呼ばれる人達だけ……でも、あなた達がこうしてここに居られるって事は……」
マツカゼは、アキチカに視線を移した。
「……俺達は、一体何を回収しちまったんだ……?」
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