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職業《悪役令嬢》――断罪される側だと思いました? 現代ダンジョンで裁く側ですわ  作者: ビッグサム


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第8話 その“緊急停止”、触れては駄目ですわ

 小会議室を出た時には、実技棟の空気そのものが変わっていた。


 さっきまでのざわめきは、珍しいものを見つけた時の軽い熱だった。

 今のざわめきは違う。誰もが声を潜めているのに、視線だけが鋭い。


 人は、面白半分の噂が本物の事件へ変わった瞬間だけ、妙に静かになる。

 それからすぐに、今度は都合のいい物語を作り始める。

 だから先に本物を掴んだ者が勝つ。これは神殿でも社交界でも、現代の学院でも変わらない。


「見て、あの人」 「九条さん……」 「珍職っていうか、もう普通に危なくない?」 「危ないのを止めた側だろ」


 凛花は足を止めない。

 視線を受けることに意味はない。受け止めることにだけ意味がある。


 もっとも、呼び方が少し変わってきたのは結構だった。

 “珍しいだけの何か”から、“目を離してはいけない何か”へ。

 評価というものは、崩れ始める時がいちばん美しい。


「再調査班はこっちだ」


 神崎蓮司が短く告げる。

 廊下の先、一般生徒立入禁止の表示が出た保守通路へ、凛花たちは案内された。


 九条凛花。

 森本遼。

 雨宮雫。

 天堂司。

 白瀬ひかり。


 並べてみると、なかなか落ち着かない顔触れである。


「いや、ほんとに俺も入るんだな……」と遼。 「当事者ですから」と雫。 「それは分かるけど、なんで白瀬さんまで」 「必要になると思ったから」とひかりが答える。 「自分で言うんだ」 「事実だし」


 悪びれない。

 明るい。

 そして、妙に迷いがない。


 白瀬ひかりという少女は、ただ善人ぶっているのではないらしい。

 そういう手合いは少々面倒だ。

 なにしろ、善意に迷いがない人間は、悪意よりずっと真っ直ぐ人の懐へ入ってくる。


「九条さん」


 ひかりが凛花を見る。


「さっきのメッセージ、気になってる?」 「とても」 「私も」


 即答だった。


 凛花は少しだけ目を細める。


「気になるのは結構ですわ。ですが、善意だけで触れると痛い目を見ましてよ」 「うん。だから聞く」 「よろしい」


 ひかりは笑った。

 ただ明るいだけではない。

 人の懐へ入る時の距離感を、きちんと測っている。


 保守通路の先に、小さな制御室があった。透明パネル越しに、第一・第二区画の簡易図が見える。床の発光ラインは落ち、警告表示だけが赤く残っていた。


 黒峰景一が壁際に立ち、補助員が二人、学院保守の担当が一人。全員、だいぶ顔色が悪い。結構なことである。危機に慣れていない者ほど、危機の場で真面目になる。


 神崎が制御卓の前で言った。


「状況を整理する。第一・第二区画の連動異常。見学モードへの外部アクセス。送信コメント欄に『舞台は整えました』。現時点で分かっているのはここまでだ」


「ひどく感じの悪い趣味ですわね」と凛花。 「同感だ」と神崎。「保守側。見学モードと罠本体は本来どこまで繋がる」 「簡易表示だけです」と保守担当の男が答える。「見学席向けの演出表示と記録用ログ、それだけです。罠本体へ信号は入りません」 「今日は入った」 「……はい」 「なぜだ」 「分かりません」


 声が少し震えた。

 無理もない。曖昧な返事は、そのまま無能か共犯かの二択になりかねない。


 雫が端末の履歴へ目を落とす。


「ログ欠損の仕方、妙です」 「どこが」と神崎。 「消し切れていません。隠すならもっと綺麗に消せるはずです。これは“消したように見せて、別の場所を見逃させる”書き方です」 「誘導、ですわね」と凛花。 「はい。見る側が“ここを見れば終わりだ”って思う程度にだけ壊してあります」


 黒峰が初めて雫へ目を向けた。

 良い。拾う役が立ってきた。


 天堂司が図面を睨んだまま口を開く。


「第二区画の閉鎖壁、あれは講習用じゃない」 「ご存じですの?」と凛花。 「上級生向けの危機対応演習で、説明だけ見たことがある」 「つまり、初心者区画に出るものではありませんのね」 「ああ」


 神崎が短く頷く。


「白瀬」 「はい」 「お前は何を見る」 「人の動きです」 「……具体的に」 「誰が一番“見てほしい”動きをしてるか。こういう時、仕掛けた側ってたまに現場の近くに残るから」


 遼が「うわ」と小さく声を漏らした。

 その感想はだいたい合っている。

 白くて明るい娘が、言うことだけは妙に鋭い。神はこういう配置を時々やる。たいへん性格が悪い。


 凛花はひかりを横目で見る。


 なるほど。

 この娘は、人を見る。

 自分は綻びを見る。

 違うが、噛み合えば使える差だ。


「九条」 「はい」 「お前は」 「綻びを見ますわ」 「つまり」 「整えたつもりの者ほど、少しだけ気取りますの。悪趣味な方は、特に」


 その時だった。


 ひかりが制御卓横の補助盤へ近づき、「緊急停止」と貼られた赤いレバーへ手を伸ばした。


「白瀬さん」


 凛花の声が静かに止める。


「触れては駄目ですわ」 「え?」 「その停止札、新しすぎます」


 全員の視線がレバーへ集まる。


 たしかに、赤い札だけがやけに綺麗だった。周囲の金属板は古びているのに、そこだけが新品めいている。


 保守担当が顔色を変える。


「こんな札、うちの型じゃ……」 「でしょうね」と凛花。


 彼女はレバーそのものではなく、根元の留め具を見る。

 ネジ頭の向き。

 塗装のずれ。

 細い擦れ跡。

 そして、ほんのわずかな指紋の油膜。


「止める札ではなく、見せる札ですわね」


 ひかりが目を丸くする。


「罠?」 「おそらく」 「なんで分かるの?」 「善意で触れたくなる位置に、親切そうに置いてありますもの。怪しすぎますわ」


 遼がぼそっと言う。


「悪役令嬢の言い分としては満点だな」 「光栄ですわね」


 神崎が保守担当へ顎をしゃくる。


「開けろ」 「はい……!」


 補助盤の側板が外される。

 中から出てきたのは、学院標準ではない小型の中継基板だった。配線は無理やり割り込ませたような雑さだが、それでも動くようには作ってある。


 雫が息を呑む。


「……見学モード連動の分岐」 「それだけじゃありません」と天堂。 「ええ」と凛花。「外からの入力を、停止系統へ偽装して入れる仕組みですわ」 「止めるふりをして動かす、か」と神崎。 「たいへん趣味が悪いですわね」 「何度目だ、その感想」 「事実ですもの」


 ひかりが基板をじっと見ていた。


「これ、急いで付けた感じじゃない」 「そう見えますの?」 「うん。雑だけど、迷ってない。付ける場所を最初から知ってた人の手」 「内部事情に明るい、ということですわね」 「たぶん」


 凛花は基板の裏側を覗き込み、そこで小さく目を細めた。


「……あら」


 基板の陰に、細い紙片が挟まっていた。

 わざと見せるほどではなく、だが完全には隠していない。

 拾われることを少し期待している置き方だった。


 凛花がそれを抜き取る。


 白い紙。

 印字ではなく、手書き。

 妙に丁寧な文字で、たった一行。


 『善き人は白く、悪しき人は黒く。では、舞台の上で落ちるのはどちらでしょう?』


 部屋が静まる。


 遼が「うわ」と呻き、雫は眉を寄せた。

 ひかりは紙を見つめたまま、笑わない。

 天堂司が小さく舌打ちする。


「気持ち悪いな」 「同感ですわ」と凛花。「しかも、挑発にしては安い」 「それ、安いって言うのか」と遼。 「ええ。せっかく舞台と仰るなら、もう少し品よく煽るべきでしょうに」


 黒峰がそこで、わずかに口元を動かした。

 笑ったのか、呆れたのかは分からない。


 神崎が言う。


「白瀬」 「はい」 「さっき、お前は“残る奴がいる”と言ったな」 「言いました」 「訂正するか」 「いいえ。むしろ強まりました。これ、見つけてほしかった置き方です」 「九条と同意見か」 「珍しいです?」 「少しな」


 ひかりはそこで、初めて凛花へちゃんと向き直った。


「九条さん」 「なんですの?」 「私、人は信じる方だけど」 「ええ」 「札までは信じないことにする」 「賢明ですわ」


 それでよろしい。

 善意は武器になる。だが、刃先を布で包んだままでは勝てない。


 神崎が結論を出すように言った。


「再調査班は正式決定だ。九条、森本、雨宮、天堂、白瀬。お前ら五人で、まず第一・第二区画の改変点を洗う。黒峰、外部アクセスは」 「こちらで追う。ただし、学院内の協力者がいる前提で動け」 「分かってる」


 たいへん結構。

 ようやく全員、話が早くなってきた。


 その時、凛花のスマートフォンがまた短く震えた。


 差出人不明。

 本文は、前より短い。


 『答え合わせは、次の幕で』


 凛花は画面を伏せた。


「またですの?」と雫。 「ええ」 「なんて」 「品のない予告状ですわ」


 ひかりが少しだけ首を傾げる。


「怖くない?」 「怖いですわよ」 「それでも平気そうに見える」 「平気なのではありませんの」


 凛花は静かに言った。


「こういう相手に、怯えた顔を見せるのが嫌いなだけですわ」


 ひかりは一瞬黙り、それからふっと笑った。


「うん。やっぱり、あなた面白い」 「光栄ですわね。わたくしは少々まぶしすぎる方だと思っておりましたけれど」 「それはお互いさまかも」


 遼が小さく呻く。


「なあ、俺だけこの会話ちょっと高度じゃない?」 「たぶんそうです」と雫。 「即答するなよ」


 部屋の空気が、ほんの少しだけ軽くなる。

 だが、軽くなっただけで危機が消えたわけではない。


 舞台を整えた誰かは、まだ見えない。

 それでも、こちらにはもう舞台に上がる面子が揃い始めている。


 でしたら、あとは簡単だ。


 主役を奪えばよろしい。



---


【主人公ステータス】

名前:九条凛花

前世名:エレオノーラ・ヴァレンティア

職業:悪役令嬢

確認済みスキル:破滅予見/優雅歩法

未解明スキル:瑕疵看破/格位威圧/悪名変換

称号:二度目の悪役令嬢/暫定首位

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