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職業《悪役令嬢》――断罪される側だと思いました? 現代ダンジョンで裁く側ですわ  作者: ビッグサム


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第14話 お黙りなさい。あなたはもう、舞台から落ちておりますわ

「いらっしゃいませ。黒の令嬢さま」


 管理フロアの教務卓前。


 白衣に、半透明の保護シールド。

 細い体つき。声は少し加工されている。男か女か、一目では分かりにくい。だが、立ち方だけは妙に楽しげだった。


 まるで、自分がこの場の演出家だとでも言いたげに。


 たいへん結構。

 そういう顔をしている人間は、たいてい喋りすぎる。


「そうですの?」


 凛花は止まらなかった。

 神崎が半歩前へ出て、遼と天堂が左右へ散る。その動きの真ん中を、凛花だけがまっすぐ進む。


「でしたら、ちょうどよろしいですわ」


 白衣の人物が、わずかに首を傾げる。


「何がです?」 「断罪される側が誰か、ここで決めて差し上げられますもの」


 空気が変わった。


 遼が小さく息を呑み、天堂は眉を寄せる。

 ひかりは凛花の背を見たまま、目だけを細めた。


 神は思う。悪役令嬢というものは、こういう時だけ急に物語のジャンルを変える。現代ダンジョン探索が、一瞬で断罪劇に見えてくるのだから不思議なものだ。


 白衣の人物は、くすりと笑った。


「怖いですね」 「ええ。怖いですわよ」 「ご自分が?」 「いいえ」


 凛花は静かに言う。


「わたくしを、まだ“舞台の上で踊るだけの人形”だと思っている方が、ですわ」


 白衣の人物の肩が、ほんの少しだけ止まった。


 よろしい。

 効いている。


「神崎先生」 「何だ」 「この方、喋らせてよろしいですか」 「理由は」 「自分が演出家だと思っている方は、だいたい黙っていられませんの」 「……三十秒だ」 「十分ですわ」


 白衣の人物が、今度ははっきり笑った。


「面白い人ですね」 「よく言われますの」 「白い方とは違う」 「比較しか芸がありませんの?」 「だって、並べると映えるでしょう。白と黒は」 「下品ですわね」 「でも、効いた」


 その一言で、遼が眉をつり上げた。


「おい」 「効いてない?」  白衣の人物が楽しげに首を傾げる。 「来賓は揺れた。学院も揺れた。白い方も、少しは迷ったんじゃない?」 「迷っておりませんでしたわね」  凛花が言う。 「残念でしたわ」


 白衣の人物が、左手をわずかに持ち上げた。

 指先には、小型の送信端末。


「まだ終わってませんよ」 「ええ。あなたが終わっていないだけですわ」 「これを押せば、次の映像が流れる。来賓だけじゃない。今度は学院全体。あなたが事故の中心にいた記録を、もっと見やすく切ってあげる」 「雑ですわね」 「分かりやすいって言ってほしいな」 「嫌ですわ」


 凛花は、相手の手元ではなく足元を見た。


 右足が半歩後ろ。

 逃げる位置ではない。

 押す位置だ。


 端末は見せ札。

 本命は、床下のフットスイッチ。


 見えた。


 右足の真下だけ、床の継ぎ目が薄く浮いている。

 踏み込めば作動する。

 言葉で引きつけ、足で落とす。

 実に感じが悪い。


「天堂さん」  凛花が、相手から目を離さず呼ぶ。 「何だ」 「床、右足の下に補助スイッチですわ」 「は?」 「押させては駄目です」


 白衣の人物の笑みが、初めて揺れた。


「……へえ」 「森本さん」 「おう!」 「右からではなく左へ回りなさい。右は釣りです」 「了解!」


 遼が動く。

 天堂もほぼ同時に半歩詰める。

 白衣の人物が舌打ちした。


「やっぱり、黒は目ざとい」


 その右足が、わずかに沈む。


 その瞬間だった。


 凛花の胸の奥で、何かがすうっと真っ直ぐに通った。


 怒りではない。

 恐怖でもない。

 もっと冷たい、もっと静かな感覚。


 この場の上下は、わたくしが決める。


 そう思った途端、視界の輪郭がわずかに冴えた。

 神崎の呼吸。

 遼の踏み込み。

 天堂の重心。

 白衣の人物の喉の上下。

 その全部が、一拍だけ遅く見える。


 そして、相手だけではない。

 その場全体が、凛花の一言を待つように静まった。


「お黙りなさい」


 大きくはない。

 怒鳴りでもない。

 だが、その一言だけで、管理フロアの空気が一瞬で沈んだ。


 白衣の人物の目が見開かれる。


 足が、止まる。

 指先も、喉も、ほんの一拍だけ固まった。


 神崎すら、一瞬だけ目を細めた。

 遼が「っ」と息を呑み、ひかりが驚いたように凛花を見る。

 場にいる全員が、本能的に理解する。


 序列が決まった。


 これが、《悪役令嬢》の圧。

 人をねじ伏せるのではない。

 この場で誰の格が上かを、言葉一つで確定させる圧。


 格位威圧。


 まだ誰にも名は知られていない。

 だが凛花には分かった。

 これはただの啖呵ではない。

 職業が、場の上下を味方につけたのだと。


「な……」  白衣の人物が、初めて言葉を詰まらせた。


 その一拍で十分だった。


 遼が左から体をぶつけ、天堂が右足の軸を払う。白衣の人物の体勢が崩れ、端末が床へ落ちる。神崎が即座にそれを踏みつけた。


「確保だ」 「っ、離せ!」 「嫌ですわね」  凛花が静かに言う。 「まだ罪状を読み上げておりませんもの」


 床へ押さえつけられた白衣の人物が、怒ったように笑った。


「罪状?」 「ええ」


 凛花は、崩れない足取りで近づいた。


「罪状一。学院設備への不正侵入」 「……」 「罪状二。危険誘導」 「……」 「罪状三。映像改ざんによる印象操作」 「……」 「罪状四。群衆を巻き込んだ事故未遂」 「うるさい」 「罪状五」


 凛花は、そこで少しだけ微笑んだ。


「わたくしを、断罪される側のままでいさせようとした浅はかさ」


 白衣の人物の顔が歪む。


 効いた。


「っ……!」 「よろしい。これで十分ですわ」 「何が」 「断罪の条件です」


 その瞬間、押さえつけられていた人物の保護シールドが外れた。


 若い女だった。

 二十代半ばほど。学院職員ではない。白衣の下は、黒いインナーと細身の作業服。口元だけが妙に綺麗に笑う。


「……ああ、やっぱり」  遼が低く言う。 「声、そのままだったろ」 「森本さん、気づいておりましたの?」 「なんとなく」 「たまには鋭いですわね」 「たまには余計だ!」


 女は床に押さえられたまま、それでも笑っていた。


「断罪、ね。あなた、そういうの好きなんだ」 「好き嫌いではありませんの」  凛花は言う。 「必要だから、するだけですわ」


「必要?」 「ええ。だってあなた、主役を気取りながら、舞台袖から糸を引くことしかなさらないでしょう」 「……」 「そういう方は、一度表へ引きずり出して立たせませんと、話が進みませんもの」


 女の笑みが、また少し崩れた。


 良い。

 自分が“演出家”ではなく、“捨て駒の一人”だと指摘されると、人はよく揺れる。


「誰に頼まれましたの?」 「答えると思う?」 「思っておりませんわ」 「じゃあ聞く意味ないじゃない」 「いいえ」


 凛花は淡々と答える。


「答えない顔を、見たいだけですもの」


 遼が小さく「うわ」と漏らし、天堂が目を逸らした。

 神崎だけが無言で女の袖口や襟元を確認している。


「神崎先生」 「何だ」 「左の襟」 「見えてる」


 神崎が女の襟をひっくり返す。

 内側に、小さな刺繍があった。学院ではない。企業でもない。古い舞台衣装の縫い付けみたいな、妙に装飾的な印。


 雫が、階下から走ってきた。ひかりも一緒だ。


「九条さん!」 「来ましたのね」 「今の館内ジャック、逆探知の途中まで拾えました」 「結構」 「あと、それ」と雫は襟の刺繍を見る。 「記録にあります。旧民間劇場系の意匠です」 「劇場」  ひかりが小さく言う。 「ほんとに舞台好きなんだ」 「ええ。しかも、かなり質の悪い方ですわ」  凛花は答えた。


 押さえつけられた女が、そこで初めてひかりを見た。


「白い方」 「何」 「あなた、思ったより邪魔」 「光栄」  ひかりは言った。 「九条さんの敵にそう言われるなら、たぶん正解だから」


 女の目が、わずかに細くなる。


 よろしい。

 この娘も、だいぶ座ってきた。


「比較失敗。次は断罪へ移行」


 凛花は、回収した端末の送信待機文を思い出して口にした。


「そう書いてありましたわね」 「……」 「でしたら、次はもっと大きな舞台を用意するのでしょう?」 「……さあ」 「来賓席では足りない。学院全体か、外部公開か。少なくとも“見物人が多い方”を選ぶ」 「勝手に言ってれば」 「ええ、勝手に申し上げますわ」


 凛花は、女を見下ろした。


「そして、当たっておりますでしょう?」


 沈黙。


 それ自体が答えだった。


 神崎が短く言う。


「保安へ引き渡す。その前に端末と衣装、全部押収」 「了解」  遼が頷く。 「森本、お前じゃない。補助員だ」 「急に冷たくない!?」


 ひかりが少しだけ笑い、雫は端末を受け取ってすぐに解析を始めた。天堂は女の逃げ道になりそうなルートを確認している。


 よろしい。

 かなり班だ。


 その時、女がふいに言った。


「でも、もう遅いよ」


 全員の視線が向く。


「次の舞台、もう始まってる」 「どこで?」  ひかりが聞く。


 女は、にやりと笑った。


「学院祭」


 空気が変わった。


 学院祭。

 一般客も来る。

 配信も入る。

 外部も内部も、まとめて“客席”になる。


 なるほど。

 ずいぶんと分かりやすく、大きい。


「来月ですのに」  天堂が言う。 「準備は始まってるでしょ?」  女が笑う。 「ステージ、投票、注目度、人気者。白と黒を並べるには最高の場所だと思わない?」


 ひかりが眉を寄せる。

 遼が「最悪だな」と吐き捨てる。

 雫は手を止めずに低く言った。


「今日のここで失敗しても、次の公開舞台へ切り替える前提だった」 「ええ」  凛花は答える。 「最初から二段構えですわね」


 女は楽しげに言う。


「悪役は、大勢の前で落ちる方が綺麗でしょう?」


 神は思う。

 こいつは趣味が悪い。

 だが、趣味が悪いからこそ、主人公に踏み台にされる資格がある。


 凛花は、ほんの少しだけ顎を上げた。


「浅はかですわね」 「は?」 「悪役が大勢の前で落ちるのは、三流の筋書きですもの」 「……」 「本当に上等な舞台なら、落ちるのは勘違いした演出家の方でしてよ」


 女の笑みが消えた。


 そこへ、ひかりが静かに並ぶ。


「九条さん」 「なんですの?」 「学院祭、出る?」 「もちろんですわ」 「私も出る」 「でしょうね」 「並べたいなら、並ばせてあげよう」 「ええ」  凛花は微笑む。 「ただし、主役を奪うのはこちらですけれど」


 遼が小さく拳を握る。

 天堂は露骨に嫌そうな顔のまま、しかし何も否定しない。

 雫は端末から目を上げて、短く言った。


「賛成です」 「雨宮まで!?」 「今さらです」 「それもそうか……」


 神崎が全員を見回した。


「方針変更だ。今日の件は学院祭準備系統まで洗う。再調査班、正式任務継続。九条」 「はい」 「お前の言う“断罪”」 「ええ」 「学院祭までに、形にしろ」 「かしこまりましたわ」


 結構。


 ようやく、舞台が見えた。


 相手は大勢の前で落としたい。

 ならばこちらは、その大勢の前で奪えばいい。


 断罪される側ではなく、断罪する側へ。


 悪役令嬢が舞台へ立つ理由としては、十分である。



---


【主人公ステータス】

名前:九条凛花

前世名:エレオノーラ・ヴァレンティア

職業:悪役令嬢

確認済みスキル:破滅予見/優雅歩法/瑕疵看破/格位威圧

未解明スキル:悪名変換/誓約拘束

称号:二度目の悪役令嬢/暫定首位/舞台破り

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