第13話 断罪される側だとお思い?
偽職員が床へ押さえつけられたまま笑っていたのは、ほんの数秒だった。
次の瞬間、男の袖口に仕込まれていた端末が、ぴ、と短く鳴る。
「動くな」
神崎蓮司が低く言う。
だが男はもう動かなかった。動く必要がなかったのだ。
端末の画面が自動で暗転し、保存されていた送信履歴がまとめて消える。雫がすぐにしゃがみ込み、回収した端末を奪うように受け取った。
「消去処理です」 「止められるか」 「完全には無理です。でも、痕跡は拾えます」
よろしい。
拾う役が、よく働いている。
舞台の上では目立たないが、こういう者が最後に効く。昔からそうだ。
来賓たちはまだざわついていた。
左ルートの落ちた床。
確保された偽職員。
そして、凛花とひかりへ向けられた視線。
比較は失敗した。
なら次は断罪へ移行。
あの文言は、ただの捨て台詞ではない。
この手の人間は、言ったことをわりとすぐ実行したがる。
せっかちで、自己顕示欲が強く、待つのが苦手だ。たいへん分かりやすい。
「九条さん」
ひかりが小さく呼ぶ。
「ええ」 「次、すぐ来る気がする」 「同感ですわ」
凛花は、偽職員の顔を見下ろした。
「さて」 「……」 「比べて、落として、それから断罪。ずいぶんと手順にこだわる方ですわね」 「知らないな」 男は笑う。 「俺は、ただ案内板を直しただけだ」 「そうですの?」 「そうだよ。現場が勝手に荒れた」 「その台詞、たいへん安いですわね」
遼が鼻で笑った。
「それな」 「お前、いま笑ってる場合か」 天堂司が言う。 「いや、なんかムカついて」 「同感です」 雫が珍しく即答した。
神崎が端末を取り上げ、偽職員へ短く告げる。
「学院保安へ引き渡す」 「お好きに」 「好きでやるわけじゃない」 「でも、次はもっと派手だぜ」
そこで男は、にやりと笑った。
「もう始まってるかもな」
空気が、一度止まる。
直後。
実技棟の壁面スピーカーが、一斉に鳴った。
ざっ――というノイズ。
続いて、館内案内用の落ち着いた女性音声が流れる。だが、その声は途中でぶつりと切れ、別の音へ差し替わった。
若い女の声。
妙に落ち着いていて、妙に楽しそうな声だった。
『速報です』
来賓通路も、学院職員も、全員が凍る。
『本日の区画異常について、犯人候補が判明しました』
「は?」 遼が素っ頓狂な声を出す。
スピーカーだけではない。
実技棟の壁面モニター、案内表示、館内タブレット。そのすべてが一斉に黒く染まり、次の瞬間、画像が映った。
凛花だ。
第一訓練区画で、遼を止めた瞬間。
第二機構で、支柱裏へ指示を飛ばした瞬間。
そして、閉鎖壁の直前に立つ姿。
切り取り方が悪い。
いや、正確には、悪意に満ちている。
『前例ゼロの職業《悪役令嬢》』 『未知の権能』 『事故現場で異常なまでの適応』 『これは本当に“察知”でしょうか?』
ざわめきが爆発した。
「何だこれ」 「いや、待て」 「映像編集されてないか?」 「でも……」
その「でも」が最悪なのだ。
人は、一度疑いの形を見せられると、自分で補強を始める。
そして《悪役令嬢》という肩書きは、その補強にたいへん便利である。
実に感じが悪い。
そして、実に効く。
モニターの中で、今度は授与式の凛花が映った。
空中に浮かぶ職業名。
《悪役令嬢》
『悪役とは何でしょう』 『舞台を乱し、主人公を害する側ではありませんか?』 『事故を止めたのではなく、演出したのだとしたら?』
「ふざけるな」 神崎が吐き捨てる。
だが怒鳴るだけでは足りない。
来賓たちの目が揺れている。
ほんの一瞬前まで、凛花を“使えるかもしれない未知”として見ていた目が、今は“危険な未知”へ傾きかけている。
結構。
この程度で揺れるなら、最初からその程度ですわ。
ひかりが一歩、前へ出た。
「違う」
声は大きくない。
だが、妙によく通った。
「九条さんは止めた側です」 『白は、そう言うでしょうね』 スピーカーが答える。
気持ちが悪い。
本当に気持ちが悪い。
『では問いましょう、白瀬ひかりさん』 『あなたは“怖い人”だと言いましたね?』
ひかりの顔色が変わる。
なるほど。
会見の音声まで抜いていたらしい。
想像以上に粘着質だ。
「そこまで盗るんですの」 凛花は言った。 「品位の欠片もありませんわね」
『黒は、怒らないのですね』 『自分が疑われるのに』
「怒っておりますわよ」 凛花は静かに答える。 「ですから、そろそろ終わらせますの」
若い女の声が、初めて少しだけ黙った。
ここだ。
神は知っている。
こういう相手は、自分の台本から外れる声を嫌う。
無視するより、正面から壊した方が効く。
「森本さん」 「おう」 「来賓を右通路へ」 「任せろ!」 「雨宮さん」 「はい」 「映像のタイムコードを拾いなさい」 「もう見てます」 「白瀬さん」 「うん」 「来賓の顔を見て。“信じたい人”と“面白がりたい人”を分けますわ」 「分かった」 「天堂さん」 「何だ」 「案内表示の系統、館内広報とどこで繋がっていますの?」 「管理盤だ」 「最短は」 「東側の教務卓」 「結構」
天堂がそこで、わずかに目を細めた。
「お前、行く気か」 「ええ」 「危険だぞ」 「今さらですわね」
神崎が前へ出る。
「九条」 「はい」 「単独行動は許可しない」 「でしたら、どうなさいます?」 「俺も行く」 「結構」 「森本、来賓捌いたら追え。天堂も来い。雨宮と白瀬はここで残れ」 「はい」と雫。 「分かった」とひかり。
よろしい。
だいぶ早い。
その間にも、モニターは悪趣味な編集を続けていた。
凛花が現れる。
罠が止まる。
凛花が歩く。
警告灯が点く。
切り貼りだ。
時系列も滅茶苦茶だ。
だが、そんなことは冷静な者しか気づかない。
群衆が欲しいのは、分かりやすい悪役なのである。
『白は、黒をかばいますか?』
スピーカーが言う。
ひかりが、今度は迷わず答えた。
「かばうんじゃない」 『では?』 「信じるの」 『なぜ?』
ひかりは、モニターをまっすぐ見た。
「九条さんは、怖いから」 『……』 「怖い人は、崩れたくない時に一番よく見てる。あの場で一番先に危険を見たのも、止めたのも九条さんだった」
来賓の何人かが、その言葉に反応する。
「時系列……」 「待て、今の映像」 「切り方がおかしい」
結構。
白い人は、ときどき思った以上に腹が座っている。
だから眩しいし、だから有用なのだ。
凛花はひかりを振り返らなかった。
だが、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
「行きますわ」 神崎に告げる。
「行くぞ」
東側教務卓は、来賓控室から一つ下の管理フロアにあった。
遼が後ろから追いつき、天堂がその隣を走る。
「なあ九条さん!」 「なんですの?」 「これ、止めたら終わるのか!?」 「終わりませんわ」 「即答!」 「ですが、止めれば相手は顔を出さざるを得ません」 「……ああ」 天堂が低く言う。 「“断罪”ってそういうことか」 「ええ」
凛花は前だけを見た。
「わたくしを断罪したいのでしたら、表へ出ていただかなくては困りますもの」
管理フロアの曲がり角を抜けた、その瞬間。
教務卓前に、先回りしていた影が立ち上がった。
細い。
白衣。
顔には半透明の保護シールド。
男か女か、一目では分からない。
ただ、その立ち方だけが、妙に楽しげだった。
「いらっしゃいませ」
拡声器も通していないのに、ひどく耳につく声だった。
「お待ちしておりました。黒の令嬢さま」
遼が歯を食いしばる。
天堂が一歩前へ出る。
神崎の目が鋭くなる。
凛花は、止まらない。
「そうですの?」
静かに答える。
「でしたら、ちょうどよろしいですわ」
そして、初めて真正面から言った。
「断罪される側が誰か、ここで決めて差し上げます」
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【主人公ステータス】
名前:九条凛花
前世名:エレオノーラ・ヴァレンティア
職業:悪役令嬢
確認済みスキル:破滅予見/優雅歩法/瑕疵看破
未解明スキル:格位威圧/悪名変換
称号:二度目の悪役令嬢/暫定首位 / 舞台破りの名無しさん




