第8話
「よし、運び込むぞ。気をつけろ!」
「通ります、通ります……!」
「金槌をここに置いた奴は誰だ! 片付けろ!」
(――いや、活気があり過ぎないか?)
十数日後のバスカル城砦では、兵士たちが盛んに動き回っていた。
運び込まれた資材をたちまち加工しては、様々な施設に担ぎ込んでいる。城砦内のどこからも金槌や木を切る音が響き渡り、兵士たちが声を張り上げている。
思わずその光景にライルが圧倒されていると、傍のパラオッドが苦笑する。
「いやはや、皆、元気ですな。まぁ、それも無理もありませんが」
「――これだけの資材が大量に運び込まれればな」
視線を城門に向ける。その外にはまだ山積みになっている資材が置かれており、絶えず荷馬車がそこに来ては積み下ろしをしている。
それの管理をしているのはアリシアだ。それらをきちんと管理し、的確に割り振っている。彼女は凛とした声を張り上げ、次々に指示を出していく。
「次はこれを中に運び入れましょう。第三部隊、第四部隊に引き渡し、雨戸に加工してもらってください。ちなみに多く雨戸を完成させた部隊には褒美があると伝えてください」
「しかもアリシアは人を遣うのが上手いな」
彼女は全ての部隊の動きを把握しているらしく、無駄なく動けるように手配している。ただ、それだけでなく、兵たちを競わせて速度を上げることも意識している。
これが兵たちに活気がある理由の一つだろうが――。
「いや、そもそも何でこんなに資材が届いているんだ?」
「さぁ――予算は伝えているのですよね? ライル様」
「もちろんだが……」
顔を見合わせるライルとパラオッド――それにしては資材が届き過ぎている。大丈夫なのか不安に思っていると、アリシアが城門を潜って戻って来た。
「ライル将軍、いかがされましたか?」
「いや、随分と資材が潤っているが――予算は大丈夫なのか、不安になってな」
「もちろん、全て予算内です。まだまだ余裕はありますが」
「……これで、余裕があるのか」
嘘だろう、と思わず目を見開くと、アリシアは悪戯っ子のように片目を閉じた。
「実は、私の実家にお力添えいただきまして」
「実家――ああ、ローズライト家か」
「はい、そちらで抱えている業者に声を掛け、一括で買い上げることで予算を抑えています。ついでに廃材も買い取らせることで、予算を浮かせていますね。加えて、実家は非常に協力的で、業者に特別安くするように要請してくれています」
「お、おお、さすがローズライト家」
というか、そこまで交渉を取りまとめたアリシアが優秀なのだろう。思わず感心していると、アリシアはにこりと微笑んで言葉を続ける。
「ローズライト家はライル将軍に好意的ですので、もしお望みであれば援助も惜しまないと申しております。もし、必要なら仰っていただければ」
「いや、さすがにそこまでさせるのは申し訳ない。それに名門であるローズライト家に頼り過ぎるのはいらない波風を立たせそうだからな」
特にライルは文官や官僚から嫌われている身だ。それで妙な警戒をされて予算を削られたら、軍隊として立ち行かなくなりそうだ。
「しかし、ローズライト家か。てっきり嫌われているかと思ったが」
「え、何故ですか?」
「そりゃあ、アリシアを近衛から引き抜いた形になるからな」
ローズライト家からすれば、娘が誑かされて出世コースから外れたことを意味する。正直、誑かした本人であるライルは嫌われていると思ったのだが。
ああ、と納得したようにアリシアは頷き、少し苦笑してみせる。
「まぁ、多少はありましたね。特に父なんかは王都まで来て、『何を勝手な真似をしているのだ』とか、宣わっていましたけど」
「おいおい、やっぱり嫌われているんじゃ」
「あくまで父だけです。母や兄は私を支持してくれましたし、その上で私が誠心誠意、説得したところ、すぐに納得していただけました」
「そう……なのか?」
「はい、誠心誠意が充分伝わったのかと」
にっこりと微笑みながらアリシアは告げる――その『誠心誠意』は少し気になるものの、彼女の目は笑っていない。
多分、触れてはいけない気がして、ライルは話題を変えることにする。
「なら、この資材は予算内で問題なく使える、ということだな」
「はい。一応、これに追加してまだ来る予定です」
「それはありがたいな。征西軍は慢性的に資材不足だからな」
周囲が荒原である以上、木材どころか水を手に入れることも苦労するのだ。古井戸は問題なく再利用でき、兵たちの水は確保できているが、馬たちの水まで考えると少し物足りない。そういう環境なのだ。
「ちなみに進捗の方はどうだ?」
「順調すぎる、の一言ですね。最優先すべき城壁の崩落個所はすでに補強が済んでいます。ただ、三日前の議題で上げた通り、櫓や物見台は前時代的な構造だったので、そちらの修繕は後回しにしています」
「うん、それでいい」
会議では資材の余裕を見て判断する予定としていた。ただ、この資材の豊富さから見ると、順次着手しても構わないかもしれない。
ライルはそう考えながら続きを促すと、アリシアは視線を宿舎に向けた。
「兵が万全に休めるように宿舎の整備は急ピッチで進めています。すでに補修は完了し、移れる兵はそちらに移っています。確か、パラオッドさんもそちらに移りましたよね?」
「ええ、非常に清潔感のある宿舎になっておりますとも。前までは隙間風もひどかったですが、それもきちんと補修されて今は快適です」
パラオッドは深々と頷きながら補足してくれる。アリシアはそれに感謝するように頷き返し、中央の城塔の方に視線を向けた。
「一番手強い城塔ですが、上階側はすでに整いつつあります。つい先ほど完了の報告を受けたところでした」
「……随分と早いな、あれだけ荒れていたのに?」
「まぁ、ゴミしかなかった、ということでもありますので」
「ああ、つまり捨てるだけでよかった、と」
「一応、使えそうなものなどは取っておりますが、ごくわずかです」
アリシアは苦笑交じりに言葉を告げ、ふと思いついたようにライルを振り返った。
「私はこれからその上階の確認に行きますが、将軍もご一緒にいかがですか? 一応、将軍の部屋も用意してあります」
「そうか。なら、一緒に見に行くかな。パラオッドはどうする?」
「私は訓練場を見に行きますので、お二人でごゆっくりと」
パラオッドは微笑みながら一礼すると、すぐに踵を返して訓練場へと向かう。
(彼も仕事熱心だよな……本当に充分、助けられている)
特にライルが目の行き届かないところまで、パラオッドはしっかりと見ており、兵たちの心をよく掴んでいる。彼もまた優秀な副官だ。
「さて、行くか。アリシア」
「はい、ご案内します。ライル将軍」
彼女は敬礼し、嬉しそうに目尻を緩めて頷いた。




