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左遷先に優秀な女騎士がついてきたのだが  作者: アレセイア
第一章

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第6話

 城塔の中はやはりというべきか、荒れ果てていた。

 正面の木の扉は打ち壊され、土埃の下には踏み入った人間の泥の足跡がある。アリシアは床や壁をランプで照らしながら顔を顰めた。


「野盗が入ったのでしょうか。扉がどこも破られていますね」

「まぁ、仕方ないだろう。長らく放置されていた建物だ」


 もしかしたら遊牧民族や旅の者が夜を過ごす際に使ったのかもしれない。薪の残骸などが転がっているのを確かめつつ、ライルは奥に歩いていく。


「あ、ライル将軍、足元に気をつけてください」

「ああ、アリシアもな」


 ただ、建造物自体が堅牢なおかげか、崩れている部分はほとんど見受けられない。

 そもそも城塔は城壁が敵の手に落ちた際に、最後に籠城できるようになっている。耐久性や堅牢さは担保されているだろう。一つ一つの部屋を確かめながら、ライルとアリシアは城塔の中を探索していく。


「扉は全部破られていますね。当然ですが」

「残骸は全部薪か何かにされたんだろうな。ただ石造りの部分は健在、と」


 部屋の一室に足を踏み入れる。木製のものは全て壊され、残骸が残るくらいだ。部屋の隅は鳥が使っているのか、羽や糞が散らばっている。


「――掃除だけは大変そうだな」

「まぁ、それだけで復旧できると思えば、まだ」

「棚とかも手配しないとな。予算がかかる」

「自分たちで作るのも手ですね。優先事項をはっきりさせないと」


 二人で言葉を交わし合いつつ、城砦内を確かめる。いくつかはすぐに使えそうな部屋があるのを確認しながら廊下の奥に進み――ふと、微かな唸り声に気づいた。

 ライルとアリシアは目配せすると、慎重に廊下を進んでいく。

 アリシアが高くランプを掲げ、ライルが剣に手を掛けながら進む。少し鼻を動かせば、獣のような匂いが漂ってきた。


(野犬か何かか――)


 唸り声は徐々に近づいてくる。どうやら城砦の奥にある一室らしい。扉がない入口をアリシアは指で示し、ライルに視線を送った。

 軽く頷き返し、慎重にライルは部屋へ近づいて中を見る。その中では暗闇の中で大きな狼らしき獣が目を光らせていた。唸り声を上げる獣に対し、ライルは静かに見据えながら腰を落とし、腰に帯びた剣に手を掛ける。

 張り詰める気迫。それに怯んだように狼は微かにたじろいだ。

 しばらくの睨み合いのうちに動いたのは狼だった。ひらりと身を返すと、雨戸が破られた窓から飛び出し、逃げ出す――それを見て肩の力を抜いた。


「――狼も入ってきているようだな」

「油断はできませんね。にしても、気迫だけで追い返すとはさすがです。将軍」

「あれくらいならな」


 そう言いながら振り返る。アリシアは辺りを油断なくランプで照らしていたが、やがて肩の力を抜いて中に足を踏み入れる。

 その肩が近くの棚にぶつかり、ぐらり、とその上で動く気配がした。


「――っ」


 咄嗟にライルは腕を伸ばしていた。アリシアの手を掴むとぐっと引き寄せる。間一髪、彼女のいた場所を通過し、地面に落ちて砕ける音が響き渡った。

 澄んだ音が部屋の中で残響する。ライルは視線を走らせ、地面に落ちたものを見る。どうやら壺のようで、陶器が地面に転がっている。


「アリシア、大丈夫か?」


 そう声を掛けながら視線を彼女に向ける。引っ張った拍子に体勢を崩したのか、アリシアはライルの胸に身体を預けて固まっていた。

 軽く肩を叩くと、アリシアは我に返り、慌ててぱっとライルから離れた。


「ご、ごめんなさい、先輩」

「いや、気にするな――怪我は?」

「お、おかげさまで。ありがとうございます」


 彼女は頬を染めながらぺこりと頭を下げた。それから散らばった壺の破片を見て、小さく吐息をこぼす。


「不注意でした。まだこんなものが残っていたんですね」

「ま、暗いから仕方がない。互いに気をつけよう」

「はい。先輩――将軍が一緒で良かったです」


 胸に手を当てて安堵したように告げるアリシアの瞳は微かに潤んでいた。ライルは部屋を出ながら軽い口調で告げる。


「今は誰もいない。将軍でも先輩でも、何なら呼び捨てでもいいぞ?」

「せ、先輩を呼び捨てなんて……っ」


 慌てふためくアリシアの様子に笑いを嚙み殺しながら廊下を歩く。彼女は頬を膨らませながら隣に並んで歩き、拗ねたような口ぶりで言う。


「先輩は相変わらず意地悪です。そういうところは学院時代と変わりませんね」

「悪い、悪い。アリシア相手だと、ついな」

「他の皆さんにはからかったりしないんですか?」

「まぁ、からかわれることはよくあるな。パラオッドとか古参の兵からは特に」


 この道中も散々からかわれたものだ。何しろ、近衛からアリシアがわざわざ異動してきたのだから。アリシアとどんな関係なのか、根掘り葉掘り聞かれた。

 ただの先輩後輩だと強弁しても、生暖かい目で見てきて非常に参った。


(まぁ、確かに『ただの』と言うには少し肩入れし過ぎているかもしれないが)


 ライルは内心でため息をつきながら、廊下から階段に足を踏み入れた。

 土埃が積もった階段は崩れた部分が一つも見当たらない。アリシアが先に進み、段差を一つ一つ照らしながら、ちら、とライルを振り返った。


「パラオッドさんたちとは、結構長いんですか?」

「ん、そうだな。リックやエーヴェは北部軍に所属してからだが」


 ライルはその後ろをゆっくりと歩き、壁や階段の様子を確かめながら言葉を続ける。


「パラオッドたち、一部の兵たちは違うな。もっと前から――言ってしまえば、士官学院に入学する前からだな」

「え、そんな前から」

「親父の代から仕えている兵なんだよ」


 その言葉にアリシアは納得したように頷き、だからか、と小さく呟いた。


「何だか気心が知れているような気がしました」

「まぁ、そうだろうな。子供の頃の俺も知っているし、経験が豊富だ。親父が死んだ後、彼は真っ先に俺が指揮を執ることを支持してくれた」


 パオラッドを始め、古参の兵士たちがライルに従ってくれなければ、指揮系統がばらばらになってしまう恐れもあった。また慣れない指揮でもよく補佐してくれた。

 圧倒的な年長者であることも加わって、頼りになる存在なのは間違いない。


「そうなんですね――それは少し羨ましいです」


 アリシアは振り返らずにぽつりと言う。ライルは苦笑をこぼして彼女の背に声を掛ける。


「仕方ないだろう。親の代からの付き合いなのだから」

「それは分かっていますけど。私が知らないライル将軍のことをご存知なのだろうな、と思うと、少しだけ羨ましいです」


 彼女は小さく吐息をこぼしながら階段を上がり切る。辺りを見渡し、侵入者がいないか確かめてから、彼女は振り返って寂しそうに続けた。


「それに比べると、私はあまりに未熟。将軍の背を追いかけるしかできません」

「――アリシア」


 ふっと笑みをこぼして手を伸ばす。きょとんとした彼女の頭の辺りで手を止め、人差し指でこつんと額を小突いた。あいたっ、と小さく悲鳴を上げる彼女にライルは半眼を向ける。


「何を当たり前なことを言っているんだ。アリシアが未熟なのは当たり前だろう。年上の俺が未熟者なのだから」

「ライル、先輩――」

「それに背を追いかけるだけ、じゃないだろう?」


 ライルはアリシアを見つめながら目を細めて告げる。少し首を傾げた彼女に対し、ライルは微笑みながら続ける。


「こうして近衛の身分を投げ打って来てくれた。背中を追うだけじゃなくて、ちゃんと隣に並んでいるじゃないか」

「……あ……」


 その言葉にアリシアは目を見開いた。その頬がじわじわと朱に染まり――それをごまかすように顔を背けてしまう。


「隣って、今はまだ……」

「まだ、足りないか?」

「……はい、実力も経験もです」


 こくんと頷いたアリシア。ライルは少し苦笑しながら城砦の廊下を再び歩く。長年放置されていた城砦は静まり返り、歩くたびに埃が舞い上がる。


「それはこれから培える。未熟者同士、一緒に学んでいけばいい」

「それは、そうかもしれませんけど……」


 自信なさげなアリシアの声に振り返り、ライルは目を細める。


「なら、これだけは言っておこうか」

「……何ですか?」

「確かにパラオッドたちは俺が幼い頃を――過去を知っている。だが、学院時代から同じ課題に取り組み、苦楽を共にしてきたのは、お前だぞ。アリシア」


 その言葉にアリシアは息を呑み、顔を上げる。その澄んだ瞳は学院時代の頃と変わらない。それを見つめ返しながら、ライルは笑いかける。


「自信を持て。アリシアには、アリシアにしかない強みがあるのだから」

「私にしかない、強み――」


 その言葉にアリシアは長く吐息をこぼした。その表情からいつの間にか憂いが消え、吹っ切れたように小さく笑って頷いた。


「それも、そうですね。確かに私にも強みがあります。これだけはパラオッドさんにもきっと負けないと思いますよ」

「へぇ、何だろうな」

「それは、ですね」


 彼女は胸に手を当て、にっこりと微笑んで告げる。


「先輩を支えたい、お傍にいたい、というこの想いです」


 想像以上に真っ直ぐに放たれた言葉に、ライルは思わず面食らう。アリシアも言っていて恥ずかしくなったのか、少し頬を染めながら早足に前に進み出た。

 その姿に思わず苦笑し、軽くその背に声を掛ける。


「ありがたいな。まぁ、そうじゃないと近衛から異動しないか」

「そうですよ。こんな後輩がいることに感謝してくださいね」

「ああ、本当にな」


 礼を口にしながら、ライルは再び彼女の隣に並び、城砦内の点検を再開する。気恥ずかしさをごまかすために丹念に床や壁をしっかりと見ていく。

 だから、そのときは気づくことができなかった。


 いつの間にか、ライルを見つめるアリシアの瞳が熱と湿気を帯び始めていたことに。

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