第5話
王国西方に広がるトリスタ荒原。
そこはその名の通り、荒れ果てた大地が広がる地帯だ。一面にはひび割れた大地が広がり、所々に低木や草が生えている部分はあるものの、基本的には乾燥している。
無論、町もほとんど存在せず、荒原の東端に一つだけ小規模な町があるくらいだ。
その町から少し距離を置いた場所に、小規模な石造りの城砦がある。
名はバスカル城砦――代々、征西将軍が拠点としてきた場所であり。
同時に、これからライルたちの居城となる場所でもある。
「――にしても、大分ボロいな……バスカル城砦」
長らく王都から移動してきたライルは城砦に足を踏み入れると、思わず辟易とした声を上げた。城壁内は砂埃に塗れ、城砦の建物は朽ちて崩れかけている。
城砦、というよりは、もはや廃墟と言ってもいいくらいの様相だ。
隣に並んだアリシアも苦笑を隠せず、肩を竦めながら告げる。
「まぁ、仕方ないでしょうね。そもそも征西将軍には長いこと、誰もついていない空位の座です。それ故に放置され続けたのかと」
「よくそんな座を陛下はお与えしようと思ったのか」
「それは政治という奴ですよ。全く面倒なことです」
アリシアはもうあきらめているのか、さばさばした口調で言いながらライルの馬の背から荷物を下ろしていた。
「ライル将軍、お荷物をどうしますか? もう城砦内に運び入れます?」
「ん、ああ、一旦そこに置いておこうと思ったが――別に手伝わなくていいぞ?」
「いいえ、将軍なのですからそこは部下に任せた方がいいですよ」
そう言って笑ったアリシアはライルの荷物を地面に置き、馬の手綱を曳いて空いた場所に連れて行っている。その様子に思わずライルは苦笑する。
(もう副官のように振る舞っているな。まだ誰を副官にするかは決めていないが)
今は暫定として部隊長を決定しただけだ。それもここに到着後、再編することを決めている。その際に副官も決める予定だった。
ただ、ライルの副官としてアリシアは有力候補だった。
彼女は近衛の経験や貴族としての着眼点がある。忠誠心も非常に高いことから、傍に置いておくにはぴったりの人材だ。
(それに――あまり他の兵たちと一緒にしておきたくないからな)
続々と城砦内に入ってくる兵たちに視線を向ける。当然だが、その七割以上が男であり、むさくるしい連中だ。彼らについても信頼はしているが、一緒にしておくと何をしでかすか確証を持てない。
アリシアを特別扱いしたくないが、よく検討すべきだろう。
「隊長――じゃなかった、将軍! 全員、城砦内に入りました!」
一人の声に我に返り、ライルは頷いた。それから手を叩いて全員に注目を促す。
「総員整列」
その声にすぐに兵士たちは背筋を伸ばし、ぴたりと私語を止める。アリシアのすぐに駆け戻り、列に加わった。それを見てからライルは全員に告げる。
「ここが我々の拠点になるバスカル城砦だ。見ての通り、おんぼろだが――まぁ、北部の洞窟拠点よりはまだマシだよな」
ライルが口にした冗談に兵たちの間から苦笑がこぼれだす。
ちなみに洞窟拠点というのは、北部戦線で戦うために作られた暫定拠点だ。岩肌に穿たれた洞窟を使っていたため、常に雨風に悩まされ続けた。
長年戦ってきた仲間にだけ通じる、冗談だ。
(アリシアには――まぁ、分からないかもしれないが)
きょとんとしているアリシアに少し申し訳なく思いながら、ライルは言葉を続ける。
「これからここの再拠点化と、征西軍としての軍務を並行して行うことになる。しばらくは慌ただしくなるが、よく命令を聞き、規律を守って行動すること」
ライルの言葉に、はい! と声を揃える兵士。やはり規律は正しい。
それに表情を緩めて頷くと、暫定の部隊長たちに視線を向けて告げる。
「今日のところはこの広場を使って野営とする。城砦内はまだ朽ちていて危険な可能性があるからな。それぞれ分担して、野営の準備に取り掛かってくれ」
「了解しました。将軍」
「それとパオラッド、リック、エーヴェ――」
兵たちの名を呼び上げる。その中で呼んでほしそうなアリシアの表情に気づき、少し迷ってから付け足す。
「――アリシア、お前たちは別行動だ。俺についてきてほしい」
その言葉にぱっと顔を明るくし、アリシアは他の兵士たちと共に敬礼した。
「了解!」
「よし、では行動開始!」
指示を出すと、兵士たちは速やかに動き出す。その中でぱっと真っ先にライルの前に飛び出したアリシアは直立――その目は輝きを隠しきれていない。
子犬のような反応に苦笑していると、中年の兵士――パラオッドはにこにこと笑みを浮かべながら軽く訊ねる。
「それでライル様、どのように動きますかな」
「ん、俺たちは城砦内をぐるりと回る。目に見えて危険な場所は立入禁止、すぐに使えそうな場所をピックアップ、あと防衛上の危険がないか――その確認だな」
「ほうほう、なるほど。でしたらこの広さです故に、手分けすることを進言します」
「――ふむ、まぁ、確かに」
ちら、と城砦の方を振り返る。一応、五千人規模で収容できる城砦であるために、かなり城砦内は広々している。五人で一緒に見て回れば、時間が足りないだろう。
パラオッドは一つ頷くと、傍のリックとエーヴェを振り返る。
「であれば、私はこの二人を連れて城壁を回りますので、ライル様はアリシア殿と城砦内を見て回られてはいかがでしょうか」
「……ちなみに、その人選の理由は?」
「まぁ、特にありませんが、見知った相手の方が見回りやすいでしょう。私たちは部隊で一緒でしたが、アリシア殿とはまだ会ったばかりです故」
空々しく言うパラオッドだが目が笑っている。リックとエーヴェも、ですね、と頷きながらにやけている。それを軽く睨んでから、ライルはアリシアに視線を向ける。
彼女はほんの少し頬を染めていたが、ライルの視線にすぐに表情を引き締める。
「――アリシア、それでいいか」
「はい、もちろんです」
「なら、パラオッドの意見通りに動く。パラオッド、崩落個所を見逃すなよ。全員の命が掛かっている部分だ」
「はは、もちろん承知しておりますとも。アリシア殿、ライル様をお願いします」
「了解しました!」
元気よく応じたアリシアに、パラオッドは微笑ましげに頷いてみせると、リックとエーヴェに合図してその場から離れた。それを見送ってからライルはアリシアに告げる。
「それじゃあ行くか、アリシア」
「はい――っ!」
嬉しそうに頷いた彼女はライルの隣に並ぶと、目をぱちくりさせた。
「それで、どこから見て回りますか?」
「そうだな、いろいろあるが」
視線を辺りに向ける。城砦内には石造りの建物が点在しており、厩などもあるようだ。だが、真っ先に確認するべきなのは――。
「まずは中央の城塔、だな」
その言葉に彼女は頷き、視線を先に向ける。そこには背が高くそびえ立つ塔を立っていた。




