第28話
反乱軍はもはや抵抗する意思を見せなかった。
戦いを集結したことを確認すると、ライルはパラオッドに捕虜の収容などの戦後処理を任せ、アリシアとセドリックを連れて城砦内に戻っていた。
宿舎の食堂――そこで一息ついてから、さて、とライルは口火を切る。
「まずは、そうだな――アリシアとセドリックは初対面か」
「ええ、若から話は聞いておりますが、そちらが後輩さんですかな?」
セドリックが興味深そうに首を傾げる。ライルは頷いて隣に座るアリシアを示す。
「アリシアだ。今は俺の副官を務めている」
「アリシア・ローズライトです」
ぺこり、とアリシアが頭を下げる。それにセドリックは目を細めて頭を下げ返した。
「セドリックと申します。若――ライル将軍とは北部軍で共に戦った仲です。パラオッドと同世代でしてな。ウルス将軍の下でも働かせていただきました。本来ならば、征西軍に異動したかったのですが、慰留されてしまいまして」
その言葉にアリシアは少しだけ目を光らせ、低い声で訊ねる。
「では、ライル将軍のことはよくご存じで? 昔話とかも?」
「ええ――ご所望なら、時間があるときに」
「是非、よろしくお願い致します」
二人のやり取りにライルは咳払いをしながらそれぞれに半眼を向けた。
「二人とも、くれぐれも不敬罪で処罰させないでくれよ?」
「分かっています。ライル将軍が職権乱用をしない人なのは」
「その前例を作らせないで欲しいがね」
ため息を一つ。話を戻すように軽く二度手を叩いて、アリシアに視線を向ける。
「それで――北部軍が来てくれたのはやはり、アリシアの仕掛けか」
ライルの言葉にアリシアは表情を引き締めて、はい、と頷いてみせた。
「仕掛けは単純です。ローズライト領から物資、というか、馬の輸送を依頼しただけです。その際に北部を通過するような経路にして」
「……ふむ?」
まだ仕掛けの全容が掴めない。分かりそうで分からない感じだ。ライルは首を傾げていると、アリシアは説明を補足してくれた。
「当然、北部はまだ平定の最中。野盗もいて馬が奪われる可能性があります。なので」
一息つき、アリシアはセドリックに視線を向けながら言葉を続ける。
「北部軍に物資輸送の護衛をするように依頼したのです」
「――っ、そうか。セドリックたちは援軍ではなく、護衛という名目で……!」
「ええ、その通りです。若」
驚きで目を見開いたライルに対し、セドリックは苦笑交じりに頷いてみせた。
「我々はあくまで馬を連れてこちらに来たに過ぎません。あの戦いは我々としては馬を奪おうとした野盗との戦い、という体裁です。無論、どういう意図で護衛を依頼したかは、そこのアリシア殿の手紙で知っていました」
「だから、大急ぎで来てくれたのか――よく間に合ったな」
アリシアが対応を始めたのは三日前のこと。伝書鳥を飛ばしたとしても、指示が伝わったのは恐らく最速で二日前。そして、北部からここまでは五百里以上ある。
つまり、その距離をたった二日で走破してきたことになる。
いくら精強な北部軍の兵馬とはいえ、兵が耐えられても馬が潰れるはずだが。
セドリックはにやりと笑い、顎を撫でつけながら告げる。
「運ぶ荷物が軍馬だったのが、幸いしましたな」
その言葉ですぐに感づき、思わず呆れかえった。
「――お前、運ぶ馬を替え馬にしたのか」
「それなら馬たちの体力を温存できますのでな。上手く馬たちを乗り換え、ひたすら不眠で駆け続けてきましたとも。わずかに休んだので、不休とは言えませんが」
「さすが、噂に違わぬ精強さです。北部軍を頼って正解でした」
アリシアが頭を下げると、なんの、とセドリックは笑って手を振る。
「こちらとしては礼を言いたいくらいです。アリシア殿。北部軍にもう一度、若の下で戦う機会を与えてくれたのですから。まぁ、それにしては些か歯応えがありませんでしたが」
「言ってやるな。俺たちの兵が少ないと聞いて反乱を起こした連中だ。俺たちが打ち破った部隊以外は、どうも寄せ集めだったようだからな」
(一部を除いて、だがな)
一目散に戦場を後にした、統率が取れた部隊――それだけが気にかかる。
パラオッドには念のため、遺体を確認して遊牧民族以外のものがあれば、報告するように命じている。予想が正しければ十中八九、帝国軍の手の者だろうから。
(ま、それはともかく)
セドリックに視線を向け、改めてライルは頭を下げた。
「本当に助かった。セドリック――この城砦で良ければ、身体を休めるのに使ってくれ。不眠で疲れただろう」
「はは、そうですな。兵たちは一日休ませていただければ。その後に護衛してきた馬たちを引き渡すとしましょう」
「そうだな、元々は馬の護衛だったものな」
セドリックはライルの言葉に笑って頷くと、失礼します、と席を立った。
「部下たちの様子を見てきます――と、若」
ふとセドリックがアリシアを見て何かに気づいたように眉を寄せると、ライルの方に顔を寄せた。耳元で低い声で告げる。
「アリシア殿を気遣ってあげてください。話を聞くに初陣だったと察しますが」
その言葉にライルは目を細めて軽く頷いた。セドリックは満足げに頷き返すと、食堂から出ていく。ライルはそれを見送ってからアリシアを見やる。
彼女は少しぼんやりと自分の手を見ていたが、すぐにライルの視線に気づいて背筋を伸ばした。
「――アリシア、大丈夫か?」
声を掛けると、彼女は表情を引き締めてみせる。
「はい。問題はありません」
「……そうか。なら、俺たちも仕事に戻ろう」
少しアリシアのことが気にかかる。だが、まだ戦後処理は終わっていない。パラオッドは捕虜の収容で忙しい今、ライルたちも手伝うべきだろう。
(それに今は気遣うよりも、仕事を与えた方が気は紛れるだろうからな)
ライルは腰を上げると、アリシアもすぐに立ち上がって傍につく。
その距離は心なしか、いつもより近いように感じられた。




