第22話
「反乱の兆しが見えるのは、ムーディ族だ」
城塔の執務室。そこにハサムを通すと、彼は早速説明を始めていた。
その場所に集まっているのはライル、アリシア、パラオッド、そして一部の部隊長たち。彼らは真剣な表情にハサムの言葉に耳を傾けていく。
「正確には、ムーディ族を中心とした氏族だな。ムーディ族はカルガン族と同じ規模の氏族であり、それに付き従う少数氏族も少なくない。そんな彼らの一部が最近、入念に武器の手入れや訓練を繰り返している姿が目撃されている」
「なるほど――確かに不穏ではあるな」
「ただ、本人たち曰く、狩りのための訓練らしい」
ハサムの言葉に頷きつつも、ライルたちは互いに顔を見合わせていた。
ライルや部隊長たちはすでにこの征西軍の歴史を頭に叩き込んでいる。もちろん、敵対してきた氏族についてもだ。ムーディ族は最後まで頑強に抵抗した氏族として記憶している。これまでの征西軍に対しても態度は崩さなかったらしい。
そのムーディ族の一派が不穏な動きをしている――。
それだけで警戒するに越したことはなかった。
「やはり、我々が城砦に入ったことが彼らを刺激したのか」
「カルガン族と接触したことも要因の一つでしょうな。あれを王国軍の野心と勘違いした可能性があります」
「たかだか五百の兵数でこの西方を征服できるはずないでしょうに――」
パラオッドや部隊長たちが言葉を交わし合い、少しげんなりした表情を見せる。ライルはそれを片目で見ながら、ハサムに声を掛けた。
「連中が反乱を起こす可能性は、ハサム個人としてどれくらいあると思う?」
「充分に、だな。連中は寝物語に王国への恨み言を子供に聞かせるんだ。お前の家族は王国軍に殺された、我が一族は何人王国軍に殺された、とかな」
「――とんでもない一族だな」
思わずライルは顔を顰めると、ハサムは軽く肩を竦めてみせた。
「だがな、あれはムーディ族に限った話じゃない。この西方の氏族の多くが似たようなもんだ。王国軍はここで何度も遠征をしてきた。そのたびに家族が死に、家畜は奪われた。恨み話の一つや二つ、どこの家でも出るさ」
その淡々とした言葉には重みが感じられ、執務室に沈黙が落ちる。
(――俺たちにとっては大昔のことだが、彼らは語り継いでいるのだな)
ライルは視線を城砦の窓に向ける。その視界に入るのは広々とした荒原だ。かつて、ここで王国軍と西方の遊牧民族が戦い合ってきたのだろう。
その延長線上に、ライルたちが立っている。それを自覚しながら振り返った。
「それなら、俺たちの代でそれを終わらせないとならない。できるだけ武力を使わずに収めたいところではあるが、ハサム、可能だろうか」
「ムーディ族以外なら、可能だろうな。というか、ムーディ族が異常に王国軍を憎んでいるんだが――彼ら以外はそこまで憎しみを抱いていないし、基本的に日和見だ」
「なら、ムーディ族の動きを抑えられれば、あるいは、か」
ライルは思案を巡らせながら、視線をアリシアに向ける。彼女は意図を察し、自身の意見を口にした。
「本軍に依頼して軍を動かしてもらってはいかがでしょうか。軍の演習、という名目であれば、大将軍も協力してくれるはずです。三万の軍勢が西方まで来れば、抑止力として充分だと思われますが」
「そうだな。トリスタ荒原まで来ずとも、その手前の街まで来てくれるだけでもありがたい。その圧があれば、ムーディ族も迂闊には動けないはず――」
その言葉に部隊長たちの反応は二分された。然り、とばかりに頷く者と、懸念するように眉を寄せる者――その後者の一人が手を挙げて告げる。
「逆にムーディ族を刺激する結果にはなりませんか?」
「ですな。暴発する可能性は十分にあり得る」
その言葉にアリシアは頷きつつも、軽く指先で机を叩きながら告げる。
「その可能性は否定できません。ただし、こちらが無策でいるよりは安全です。最悪の場合に備える、という意味では必要な一手かと」
「ですが、ライル将軍の武力行使を避けるという方針には反します」
「それは、そうですが――」
部隊長の一人の反論にアリシアは口を噤むと、ライルの方を振り返った。彼は部下のやり取りを聞きながら思考に耽っていたが、やがて口を開いて告げる。
「暴発の懸念は承知している。だが、それでも軍を動かしてもらうべきだろう」
「彼らを刺激する可能性を考慮しても、ですか」
「ああ。というよりも、この程度の刺激で暴発するなら、行く行くは必ず反乱は起きるだろう。であれば、早いか遅いかの違いになる」
そこで言葉を切ると、ライルは目を細めて地図を見て続ける。
「ならば、戦術的に考えれば、早いに越したことはない。迂闊に時間を与え過ぎれば、準備が万端になり、反乱を収めるのが難しくなる。そうなれば、トリスタ荒原の西からもっと厄介な存在が現れかねない」
「――ウィロウ帝国、ですか」
アリシアの言葉にライルは頷いた。
トリスタ荒原を挟んで反対側には、ヴィクトリオ王国と同等の国が存在する。それがウィロウ帝国だ。荒原地帯が緩衝地域になっているので、干戈を交える機会は少ない。だが、それでも帝国は領土的野心を垣間見せている。
「以前も遊牧民族を支援し、反乱を促そうとしていたこともあるくらいだ。もしかしたら、今回も同じ場合である可能性も少なからずある」
ライルの言葉にハサムは何か思い至ったようにふと目を見開いた。ハサムに視線を向けると、彼は躊躇いがちに口を開いた。
「三月ほど前のことだが、帝国の男がムーディ族を訪ねてきた、と噂になった。それに、正体は分からないが、遊牧民族の誰かが西に向かって馬を走らせていたことも目撃されている」
ハサムのその言葉に部隊長たちは顔を見合わせた。緊迫感を帯びた表情にライルは頷きながら言葉を続ける。
「何事もなければ、三万の本軍は軍事演習で終わる。我々の心配が杞憂だったことが分かるはずだ。そして何かあれば充分な備えになってくれる」
「――何事も、なければいいですな」
部隊長の一人がぽつりと告げる。その言葉は誰もが同じく思っていた。その中で重苦しい表情をしたハサムが絞り出すような声で応じた。
「ああ、本当に――心の底からそう願うよ」
その言葉の意味を感じ取り、願望を口にした部隊長はため息をこぼした。
ライルは一瞬、視線を伏せさせてから顔を上げると、視線を部隊長たちに向けた。気迫を込めた声で、彼らに指示を出す。
「部隊は総員、第三種戦闘態勢。アリシアは物資の確認を命じる。不足がないようにしろ。パラオッドは軍に使者を出せ」
その言葉に全員が背筋を伸ばす。戦場の雰囲気に切り替わったのを感じ、ライルは目を細める――さすが、実戦経験が豊富なだけがある。
「総員、行動開始」
ライルが鋭く言葉を続けると、了解、と声を響かせて部隊長たちは立ち上がった。ハサムはその雰囲気に呑まれていたが、やがて彼も表情を引き締めて立ち上がった。
「俺たちもできることはする。ムーディ族に動きがあれば人を寄越す」
「助かる。だが、カルガン族の皆は安全を優先してくれ。場合によっては王国軍よりも先に襲撃を受ける可能性はある。注意してくれ」
「ありがとう。ライル殿」
ハサムは表情を緩めて頷くと、踵を返して執務室から出ていく。ライルは小さく吐息をこぼしてから視線を窓の外に向ける。
(俺たちの代で終わらせる――と言ったものの、どうなることか)
結局のところ、ライルたちは武人である。外交官や文官ではない。
戦いが避けられないとなれば、戦術的に全力を尽くすしかないのだ。そうして犠牲を限りなく少なくすることが彼らの役目になる。
つまり――犠牲は避けられない。また憎しみの連鎖が起きてしまう。
その事実に憂鬱としながら荒原を眺めて、また改めて思う。
(戦いが起きなければいいんだが――)
だが、ライルの願いは数日後、脆くも打ち砕かれることになる――。




