第1話
(父を喪い、華々しい戦果を挙げたにも関わらず、得たのは形だけの将軍位、か)
ライルは王城の廊下を歩きながらため息をこぼす。
すでに儀礼は終わっていた。同じく参列した大将軍と共に今後のことを話し合った帰り道である。彼が言うには、北部軍はすでに別の将軍が掌握したとのこと。
当然、ウルスの軍勢はそこに組み込まれているのだろう。
ライルは北部戦線に帰ることも許されず、西方という赴任地に行くしかない。
あまりにも先行きが不安――だが、もちろん、軍属である以上、命令は絶対だ。
(割り切るしかないだろうな。少なくとも、味方は少なくない)
文官たちはともかく、武官たちはライルに対して同情的だ。特に大将軍はいろいろと便宜を図ってくれる。今はそれだけが頼りだ。
やれやれと首を振っていると、ふと冷ややかな声が脇から響いた。
「これは、これは――大層な出世をされたな。ライル・ベルガルト殿」
視線をそこに向ける。そこに立っていたのは数人の近衛騎士たちだ。その先頭に立っているのは見覚えがある――学院で一緒に学んだ、ダビデ・ロベルティだ。
近衛騎士の軍服に身を包んだ彼は前髪を指先で弄りながら、軽薄な笑みを見せる。
「その歳で将軍位か。いやはや、がつがつと戦功を立てられたことはある。さて、赴任地はどこだったかな」
「西方だが」
「おや、あんな辺境に? はは、驚いたな――そんな場所に赴任するとは」
わざとらしく驚いたロベルティに、追従するように取り巻きが笑い声を上げる。空々しい笑い声が響き渡るのを、ライルは無表情で見ていた。
内心では腹が立つ、というより、呆れ返っていた。
(まだ俺を目の敵にしているのか――なんというか)
学院時代からロベルティは何かとライルに絡み、侮辱を込めた言葉を告げてきた。身分のことや立ち振る舞いなど――何かと難癖をつけてくる。
ここまで来ると正直、感心してくるところもあるのだが――。
「その執念をもっと別のところに向けていれば」
思わず口にすると、ロベルティはぴたりと動きを止め、じろりと睨んでくる。
「何か言ったか。ベルガルト」
「――いいや、別に。独り言だ」
「いや、違うな。今の言葉、このダビデ・ロベルティに対する侮辱と見た」
(どっちが侮辱しているんだか)
ライルは半眼になると小さく吐息をこぼし、ロベルティに向き直る。面倒くさいことこの上ないが、口を滑らせたライルが悪い。
上手くやり過ごすにはどうすべきか、思考を巡らせながら口を開き――。
「これはライル先輩――いえ、今は将軍ですか」
不意に澄んだ声が割り込んできた。聞き覚えのある声に振り返ると、髪をなびかせながらきびきびと歩いてくる一人の女騎士が目に入った。
「――アリシアか。久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです」
彼女は足を止めて敬礼し、目を細めた。
艶やかな長い金髪をなびかせ、顔立ちはすっきりと整い、凛とした雰囲気を漂わせている。近衛騎士の軍服に身を包んでいるが、その佇まいは相変わらずだ。
彼女の名は、アリシア・ローズライト――士官学院時代の後輩だ。
剣で挑んできた彼女を負かせて以来、何かとつけて話しかけてくるようになった。最初は少し鬱陶しくも感じたが、剣術や戦術には熱心で、ついつい話し込んでしまう。いつしか、それなりに仲のいい先輩後輩になっていた。
さて、とアリシアは視線をロベルティに向けると、彼はわずかに怯んだように一歩下がる。
「――ロベルティ騎士、今、聞き捨てならないことを聞いた気がするのですが」
「な、なんだ、アリシア、部外者は口を挟むな」
「いいえ、挟ませていただきます――貴方、将軍に対して無礼な発言をしましたよね」
「……っ」
その言葉にロベルティは表情を引きつらせる。アリシアはちら、とライルの方に視線を向けながら言葉を続ける。
「ライル・ベルガルト様は今しがた、陛下から将軍位を仰せつかったばかり。つまり我々からすれば、上官に当たります。その人物に対し、敬語を使わず呼び捨てに?」
アリシアはロベルティを見ると、心底軽蔑した口ぶりで続ける。
「礼節を重んじる近衛騎士において由々しき問題だと考えます。本人の適正も疑われるため、この件は報告させていただきます」
「ま、待て、それは――」
「いいえ、待ちません。将軍、彼が敬意を払わなかったのは間違いない事実ですよね」
「まぁ、事実だな。とはいえ」
ロベルティが憎々しげに見てくるのに小さく吐息を一つ。ひらりとライルは手を振りながら言葉を続ける。
「彼と自分は学友だったし、これはあくまで私的な会話だった。故に咎めるのは酷だろう。許してやってくれ」
(時間を割くのも面倒だしな)
ライルの意図を察したのか、アリシアは一つ頷くと恭しく一礼した。
「仰せのままに。閣下――ロベルティ騎士、閣下はそのように仰せですので、そのお慈悲に感謝して礼を申し上げるように」
ロベルティは屈辱に身を震わせていたが、アリシアの冷たい視線に気づくと、ぐっと奥歯を噛みしめながら頭を下げた。
「……っ、寛大なお言葉、ありがとうございます……っ」
その姿はあまりにも情けなく、少しだけ溜飲が下がる。ライルは鷹揚に頷くと、ロベルティは弾かれたように踵を返し、足早に立ち去って行った。
荒々しい靴音が遠ざかり、取り巻きたちも慌ててそれに従う。
それを見送ってから、ライルはアリシアを振り返った。目が合うと、彼女はにこりと微笑む。先ほどの冷淡な表情とは一転、親しみを込めた嬉しそうな笑みだ。
「アリシア、ありがとう。絡まれて面倒だったんだ」
「いいえ、これくらいならお安い御用です――ロベルティももう少し身の程を知ればいいのですが」
「それができないほどの人物なんだ。気にするな」
「ライル先輩――将軍は相変わらず器が大きいですね」
「先輩で大丈夫だぞ。今は私的の会話だからな」
そう告げると、アリシアはくすぐったそうに目を細めて頷いた。
その笑顔は学院時代の頃と同じであり、懐かしい気分になる。
笑って告げながら、歩こうか、とライルはアリシアに声を掛けた。
「近況を聞かせてくれるか? アリシア」




