プロローグ
玉座の間は静けさに包まれていた。
荘厳な雰囲気を醸し出す大理石の柱と床。壁には双鷲が描かれた王国旗が掲げられている。その下には文官、武官が揃って整列していた。
そして最奥には数段高くなった壇上に黄金の玉座が据えられている。
その玉座にあるのは、このヴィクトリオ王国で最も権威のある者――アレクサンドロス王だ。彼は今、目の前に跪く一人の将校に視線を注いでいた。
「面を上げよ、ライル・ベルガルト」
王の声にその将校――ライル・ベルガルトは顔を上げた。
細かい傷が刻まれた鎧に身を包んだ彼は精悍な顔つきをしており、その瞳には鋭い眼光を宿している。だが、まだ青年と言っても差し支えないほど若々しい顔立ちだ。
彼が猛々しく戦い、数多の敵を討ち取ったとは誰も思わないほどに。
「そなたの父、ウルス・ベルガルトの件は聞き及んでいる。蛮族の待ち伏せに遭ったにも関わらず、勇猛果敢に戦い、戦死したと。彼のような猛将を失ったのは我が国の痛手だ」
その言葉に列席する文官たちの方から微かな衣擦れが起きた。
ライルがそちらを盗み見れば、武官たちが顔を伏せている一方で、文官たちはどこかうんざりした表情や、露骨に安堵しているものばかり――ウルスの死を悼んでいるようには見えない。
ライルは王に意識を戻せば、黙祷を捧げた王が再び口を開くところだった。
「だが、そなたはその苦境に折れなかった。軍勢を叱咤し、父に代わって指揮を執り、猛々しく戦ったと聞く。その武勇はまさに見事である」
そこで王は一息つくと、ライルの瞳を見据えてはっきりと告げる。
「よって余は、そなたを――『征西将軍』に任ずる」
一瞬の静寂。
やがて、儀礼に則った拍手が乾いた音で玉座の間を満たした。
(――征西将軍、か)
かつては西方遠征を統べる重職であり、王弟すら就いたことのある官職だ。
だが、現在の王国西方はすでに平定されており、脅威はほとんどない。またその西方に広がっているのはほとんどが荒原であり、住むのにも厳しい環境だ。
そのため、兵も予算も与えられない。
与えられるのは何もない荒原を見張る任務。
だが、腐っても将軍位。ライルのような若造に与えられる栄誉としては、あまりに身に余るのは確かだ。
ライルは深々と頭を下げれば、落ち着いた声で応じる。
「身に余る光栄にございます。この大任、謹んでお受けいたします」
再び拍手が鳴り、やがて儀式は滞りなく終わった。
◇
ライル・ベルガルトの父、ウルスはヴィクトリオ王国軍を担う将軍の一人だった。
大柄の身体で大刀を振り回し、果敢に前線で戦う。武門であるベルガルト家に恥じない武人であり、若い頃から戦場で暴れていた逸話は数知れず聞く。
それでいて情に厚く、仲間を見捨てない。宴の場ではいつも豪快な笑い声を響かせ、兵たちからはよく慕われていて――ライルはそんな父の背を見て育った。
残念ながら体躯には恵まれなかったものの、手にした剣術の才覚はそれを補って余りあった。また彼は父の勧めで士官学院に通い、貴重な経験と様々な知己を得た。
強さだけでなく、人に優しくあれる思いやりや状況を正しく判断できる賢さも培った彼は卒業後、父が指揮する軍に所属し、北部戦線に立っていた。
現在、ヴィクトリオ王国軍は北部に手を焼いていた。
北部には山岳に住む民族が多く住んでおり、たびたび国境を侵そうとしてきた。ウルスの軍はそれを防ぎ止める大きな役割を果たしていた。
その彼の下でライルは頭角をめきめきと現し、果敢に戦って敵を討ち取り、武勲を重ねるようになる。他の将校も大いに勇を振るっており、気づけば北部の異民族を押し返すほど、ウルスの軍は勢いをつけ始めていた。
また一方でウルスは異民族との対話も実施していた。王国に恭順させるために平和的な手段も模索し、それに一部の異民族は応えようとしていた。
彼が奇襲を受けて戦死したのは、そんな矢先だった。
ウルスが襲われたのは、協力的な異民族の村を訪れた帰り道だった。
その村人たちの護衛と兵たちもついていたところに、複数の敵が待ち伏せで攻撃。ウルスはその仲間たちを守るために殿軍を引き受け、孤軍奮闘したのだ。
後に発見された亡骸は全身に矢が突き立った凄惨なものであり、それでも彼は愛用の大刀は手放していなかった。
彼の死を悼んでいる暇は、ライルにはなかった。
そこに畳みかける形で異民族の大軍が拠点に押し寄せてきていたのである。大将の戦死と、大規模攻勢に浮足立つ軍を前に、ライルは咄嗟に指揮を執ることを決断した。
『父に代わり、このライルが全軍の指揮を執る。亡き父の無念を晴らすためにも、どうか俺に協力して欲しい――!』
そう告げて最前線に立ったライルの姿に将兵たちは応えてくれた。
天を衝くような士気で彼らは敵を迎え討ち、大損害を与えていく。敵はそれに怯んだ隙を逃さず、ライルは信頼できる手勢を率いて突貫。
大いに暴れ回って、無数の首級を手にすることに成功した。
その大勝を前に、北部の異民族は王国軍に敵対する意思が挫けた。恭順を表明する使者と人質が送られ、戦いは急速に収束。無論、まだ恭順していない異民族がいるものの、北部戦線は一時的な安定を取り戻している。
ただ、北部を守り続けていたウルスが失われた穴は大きい。
王都ではすぐさま代わりの将軍が送られ、代わりにライルは王都に召喚。今回の戦果に対して彼は褒賞を授与されることになった。
だが、その与えられた官職はお飾りに等しい将軍位――。
実質的な左遷人事なのは、誰が見ても明らかだった。
若き将軍、ライル・ベルガルトは、かくして空しくも辺境に左遷されることになったのである。




