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左遷先に優秀な女騎士がついてきたのだが  作者: アレセイア
第二章

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第18話

 そして昼過ぎ――。


「そういえばライル殿、家畜たちを熱心に見ていたが、得るものはあったかね」


 昼食を共にし、食後の茶をいただく最中、族長のヴァルゴはライルに話しかけていた。それにライルは苦笑しながら軽く頷いた。


「なかなか興味深い場所だった。ただ、活かせるかどうかは」


 ライルたちは馬や家畜が放牧されている場所を巡り、ハサムから様々な話を聞いた。それで得るものはあったが、直ちに活かせる部分は思いつかなかった。


「ただ、本当にいい馬たちばかりだ。今の馬じゃなければ、欲しくなったところだな」

「はは、そう言ってくれるのは嬉しいことだ。私もライル殿の馬を見せてもらったが、非常に逞しい馬で驚かされた。それに激しい気性を持ちながらも、それをしっかりと秘めているようにも見える」

「さすがヴァルゴ殿。お目が高いな」

「お互い様だ。北部の馬には、北部の良さがあるのだろうな」


 ヴァルゴはしみじみとそう告げた後に、少し考え込んでから彼は口を開いた。


「提案があるのだが、ライル殿、我らの馬を使ってみる気はあるかな」

「――カルガン族の、馬をか?」

「うむ、ハサムに聞いたところだと、まだ軍には充分な馬が揃っていないとも聞く。その点をカルガン族の馬で穴埋めできるのではないだろうか」

「それは、確かに」

「我らも王国貨幣を必要としている部分もある。交易には銭が必要不可欠だからな。馬を大口で仕入れてくれるところがいればありがたいのだ」

「なるほど。その提案は魅力的だし、非常にありがたいな」


 城砦内で今の軍にある馬は百頭程度――仮に軍を動かすとなれば心許ない数だ。そこに良馬を補充できるのは、軍を率いる者としてかなり惹かれるものがある。

 だが、課題も少なくはない。ライルは腕を組みながら言葉を続ける。


「ただ、大きな課題が二つある」

「二つか。伺おう」

「一つはまず、人手不足。我が軍は人が少なく、現状の馬数でも世話するのがやっとな状況だ。その状況下で馬を増やすのは現実的ではない」

「ふむ、なるほど。もう一つは?」

「金銭的な課題だな。我々に予算がないことだ」


 ライルはそこで言葉を切ると、傍らのアリシアを振り返った。意図を汲んだ彼女は頷き、ヴァルゴに対して静かに訊ねる。


「ちなみに、どれくらいの価格で一頭の馬を譲っていただけますか?」

「ふむ、そうだな。まとめて買ってくれれば抑えられるが――」


 ヴァルゴとアリシアは真剣な顔をして、指を立てたり具体的な数字を口にして交渉をする。しばらく彼女は話し込んでいたが、やがて吐息をこぼして振り返った。


「やはり手が出ませんね。我らの予算を抑えても十頭迎えられるかどうか」

「……何とも世知辛いのだな。ライル殿」


 ヴァルゴが同情したような表情になるのを、ライルは苦笑しながら肩を竦めた。


「それでも職務を遂行するのが、軍人というものだ」

「さすがはライル殿、清々しい言い分だが――ない袖は振れんぞ?」

「まさに」


 ライルとヴァルゴは笑い合いながら、一旦茶を口に運ぶ。ヴァルゴは一息つくと、少しだけ眉を寄せて腕を組んだ。


「しかし、困ったな。友人であるライル殿には便宜を図りたいが、どうしたものか」

「ありがたい話だが、少し持ち帰って検討すべきかもな。本軍に掛け合えば、もしかしたら予算を割いてくれる可能性があるし」


 ただ、可能性としては低いだろう。軍務卿は軍拡することを良しとしなさそうだ。また監察官を送り込んでくる可能性すらある。

 ライルがため息をこぼしていると、ふとアリシアが小さく手を挙げて訊ねる。


「ヴァルゴさん、少し質問があります」

「良いだろう。ライル殿の副官殿」

「物々交換、あるいは物納という形はいかがでしょうか」

「ふむ――物次第だ。何か心当たりがあるのかね」

「ええ、納めるものですが」


 アリシアはそこで言葉を切ると、真っ直ぐにヴァルゴを見つめて告げる。


「馬です」


 ヴァルゴは意表を衝かれたようにぽかんとし、やがて苦笑を滲ませて告げる。


「正気かね? 馬を得るのに、馬を納めると? それでは何の得があるか――」

「北部の馬、と言い換えましょうか」


 その言葉にぴたりとヴァルゴの苦笑が止まった。その目が見開かれ、真剣な光を帯びてくる。アリシアはそれを見据えながら淡々とした口調で続ける。


「放牧されている場所を巡りながら、ハサム殿から聞きました。いい馬たちではあるが、たまには他の地域の馬の血を混ぜなければならない、と」

「そう、だな。そうでなければ、血が偏ることになる」

「ならば、その混ぜる血を我々が用意できます。北部に限らず、王国中の馬ならどこでも手配することが可能です――その馬と馬を交換するのは?」


 その言葉にヴァルゴは腕を組んで真剣な表情になる。ライルはアリシアに視線を向けると、静かに訊ねる。


「可能なのか。アリシア」

「はい、馬はローズライト家が用意します。ローズライト家は領内に軍だけでなく、牧場も持っていますから。北部の馬をそこで増産しています」


 そして、とアリシアは目を細めながら言葉を続ける。


「見たところ、ここの馬は北部の馬に負けず劣らず、良馬ばかりでした。であれば、我々としてもメリットがあります。ローズライト家の牧場に良馬の血を入れることができますし、場合によっては他領に売り出すことができる」

「なるほど、互いにメリットはある、ということか」


(――考えたな)


 ライルは感心すると、ヴァルゴも唸り声を上げながらライルに視線を向ける。


「良い副官殿をお持ちだ」

「俺にはない視点で、助けてくれています――本当に勿体ない副官ですよ」

「恐縮です――それで、いかがでしょうか」


 アリシアの涼しげな声に、ヴァルゴは視線を彼女に向けると頷いてみせた。


「良かろう。馬と馬の取引とは面白い」

「ありがとうございます。ライル将軍、これでお金の面は解決ですね」

「ああ――あとは人手だが……少し無理をしてみるべきか」


 残る一つの問題をどう解決するべきか頭を悩ませていると、ヴァルゴがにやりと笑う。


「それには私から考えがある――どうだね、カルガン族から人を出すというのは」

「……カルガン族から、人を?」


 ライルが目を丸くすると、ヴァルゴは手を叩いてテントの外に声を掛けた。それを合図に一人の民族衣装を着た少女が中に入って来た。

 歳は十四か十五くらいだろうか。まだ顔立ちに幼さが残っている。三つ編みにした茶髪を揺らしながら、可憐ににこりと微笑んでみせた。


(――確か昼食の場にもいたな)


 ライルに食事を配膳したり、飲み物を注いでくれたりした子だ。ヴァルゴは目を細めると、彼女を手で示しながら告げる。


「私の娘のリーシェだ――誰に似たのか、ひどくやんちゃな性格でな。嫁入り先が見つからずに苦労していたところだ。良ければライル殿、貰ってはくれまいか」

「ダメですよ、ライル先輩……っ!」


 ライルが答えるよりも早く、慌てた声を出したのはアリシアだった。それにライルは苦笑しながら手で制し、視線をヴァルゴに向ける。


「誤解するな、アリシア――要するに馬の世話係として、リーシェさんを?」

「うむ、そういうことだ。この子を始め、三十人ほど人手を提供しよう。まぁ、リーシェに関しては本当に嫁としてもらってくれるならありがたいが」


 さらりとヴァルゴが告げた言葉に、リーシェは満更でもなさそうに頬を染め、じっとライルを見てくる。それに剣呑な気配をアリシアは隠そうとしない。


「ライル将軍、慎重にお考えを。友好の証とも取れますが、軍という組織を考えると、易々と部外者を受け入れるのは危険です」

「まぁ、そのような考え方もあろう。判断するのはライル殿、其方だ」


 ヴァルゴは警戒心を露にするアリシアを否定せず、言葉をさらに付け足す。


「ちなみに我らとしては人手を提供することのメリットもある。ライル殿との関係性を深めることができ、さらには軍の訓練で性根を叩き直してもらうこともできる。我らとしては衣食住を保障してくれれば、リーシェを含め、好きにしてもらって構わない」

「つまり、兵として運用しても?」

「問題ない。例え戦死したとしても、文句は言わん」

「――潔いことだ」


 ライルは思わず吐息をこぼしてから、目を閉じて考え込む。


(人手を提供してくれるのは純粋にありがたいが、アリシアも反対するのも分かる)


 部外者を軍内に入れるのは確かに危険だ。機密事項を持ち出される可能性もあるし、内部に危険を抱え込むリスクもある。

 だが――ここは平和な西方の城砦だ。そのリスクを鑑みる必要はあるだろうか。

 しばらく考えてから、ライルは目を開いてヴァルゴを見た。


「その提案を――ありがたく受けることにしよう。ヴァルゴ殿」

「そうか。決まりだな」


 ヴァルゴは満足げに頷き、リーシェは嬉しそうに胸の前で拳を握りしめた。一方でアリシアは不服そうだが、文句を差し挟まない。


「――アリシアも、それでいいか?」

「……もちろんです。将軍の仰せには従います」

「彼らはパラオッドの管轄下に置くつもりだ。彼ならアリシアが心配していることもケアしてくれると思う」

「そうであることを願っています」


 アリシアはそう言いながらため息をつき、お茶を口に運んだ。その一方で上機嫌そうなリーシェはライルの傍に侍ると、にこりと微笑みながら茶のお代わりを注いでくれる。


「えっと、ライルさん、でいい……ですか?」

「ああ、構わない。敬語が苦手なら、タメ口でもいいぞ」

「あはっ……それならお言葉に甘えて。ライルさん、これからよろしくっ」

「――仮にも指揮下に入るというのに……」


 アリシアは頭が痛そうだが、ライルが言い出しただけに指摘しづらいようだ。彼女はこほんと咳払いをし、鋭い視線をリーシェに向けた。


「いずれにせよ、我が軍に入る以上は規律を守ってもらいます。いいですね。リーシェ」

「了解! 副官さん!」


 その威圧するような視線にリーシェは負けずに、弾けるような声で答える。

 二人の視線が交わり、火花を散らす気配にライルは目を瞬かせ、ヴァルゴはおかしそうに笑い声を響かせる。それから彼は視線をライルに向けて、コップを持ち上げた。


「我が娘たちをよろしく頼むぞ。ライル将軍」

「ええ、確かにお預かりします。族長ヴァルゴ殿」


 ライルもコップを持ち上げ、ぶつけ合わせてから茶を一気に飲み干す。そうするライルを挟むように、アリシアとリーシェが睨み合っている。

 それに思わず苦笑する――辺境の城砦が騒がしくなる予感がした。

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