第15話
そして、その五日後の早朝――。
バスカル城砦からは五人の兵がハサムと共に出発していた。
早朝の荒原は冷たい風が吹き抜け、容赦なく体温を奪っていく。だが、ハサムは心地よさそうに馬を駆けさせながら、隣を振り返って笑った。
「ははっ、遠乗り日和だな! ライル殿! 風も冷たく澄んでいる!」
「そうかな。この冷たい風にはまだ慣れなくてね」
ライルは苦笑しながら馬を駆けさせる。その後ろには外套に身を包んだ兵たちが追随している。その中には副官のアリシアの姿もある。
彼らも少し寒そうにしているが、問題なくライルとハサムについてきている。
ハサムはそれを見やりながらまた笑い声を響かせる。
「そのうち慣れるようになるさ! ライル殿も兵士たちもな!」
そう言いながら馬の脚を速めるハサム。ライルはそれに負けないように馬を駆けさせた。広々とした荒原に馬蹄の音が響き渡り、土埃が舞い上がる。
次第に日が高くなると、風は徐々に温もりを帯び、乾燥し始めてきた。辺りは拓けた荒原が続いており、目印になるものが少ない。振り返れば、城砦はもう遠くになっていた。
(――まだ地形を把握していない。道に迷いそうだな)
一応、地形把握に秀でた兵も連れてきているが、正直不安だ。
その不安を感じ取ったのか、ハサムは軽い口調で声を掛けてくる。
「帰りは送るから安心してくれ。ライル殿。しかしすごいな、この馬の脚についてくるのか。軍の馬はどれも遅いと思っていたんだが」
「こいつらは特別だ。先も言った通り、北部の山で鍛えられている」
軍馬は基本的に重たい兵を載せて走ることを考え、速力よりも持久力が重視される。だが、北部で鍛えられたシュバルたちはどんな場所でも対応できる柔軟な脚を持つ。何より負けないのは恐らく跳躍力だろう。
バネのある脚を持っており、ここぞというときの走力は頼りになる。
ふむ、とハサムは一つ頷くが、ちら、と後ろを見ながら手綱を緩める。
「だが、後ろの子はそういう過酷な環境にないようだ。付き合わせては悪いかな」
「ん――ああ、そうか」
後ろを見ると、いつの間にかアリシアが最後尾についていた。他の兵の後ろに回り、風を避けながら体力を温存していたようだが、馬の脚がバテてきている。
悔しそうな表情を見せるアリシアに、ライルは振り返りながら慰める。
「仕方ない。そいつは近衛の馬だからな。環境に慣れていないのだろう」
「――すみません。まだこの子には辛かったみたいで」
「後で労ってやれ――悪いな、ハサム殿」
「馬に罪はないさ。むしろ、付き合わせた俺が悪かった。五人とも軽々とついてきてくれるから、少し嬉しくなってな」
ハサムはそう言いながら、アリシアの方を振り返ってにやりと笑う。
「しかも、そこの小娘もついてきた。実力に劣る馬にも関わらず、馬術でカバーしたな」
「小娘ではありません。アリシアです。これでもライル将軍の副官です」
その言葉にむっとしたようにアリシアが声を張り上げると、ハサムは苦笑を返した。
「はは、悪い。確かにライル殿のような気骨を感じる」
「……そう、ですか?」
「こういう娘は我が一族では見ないからな。嫁に迎えたいくらいだ」
「お断りします。私はライル将軍の副官です」
すぱっと断るアリシアに、ハサムはまた楽しそうな声を響かせ、ライルを横目で見た。
「いい副官を持っているな。ライル殿」
「その言葉は嬉しいが、あまりからかわないでやってくれ。かわいい後輩でもあるんだ」
「そうか、そうか――それは悪いことをした」
ライルの表情から何かを察したのだろう、ハサムはにんまりと笑って口を噤んだ。それから正面に視線を向けると、ふと目を細めた。
「――っと、もうしばらくでつきそうだぞ」
「見えてきたのか?」
「そういうわけではないが、まぁ、地形を見てな」
そうは言うが、ライルの目には緩やかな斜面にしか見えない。所々に低木が生え、丘があるので何となく分かるかもしれないが。
「あの丘を迂回して少し進んだら、すぐに俺たちの家がある。のんびり行こうじゃないか。みんな」
「その割には駆け脚だぞ。ハサム殿」
「はは、我が一族にとってこれがゆっくりなのだよ。ライル殿」
調子のいいことを言うハサム。その姿に少しだけ目を細めて思う。
(この気持ちいいほどに豪快な感じ――なんだか、親父に似ているな)
追随する三人の兵たちも同じことを思っているのか、少し苦笑を滲ませている。征西軍の兵たちが好みそうな気風の男だ。
そんな男を生んだ一族――果たして、どんな民族なのだろうか。
想像を膨らませながら、ライルたちはハサムの案内に従い、丘を迂回するように駆け抜けていく。そして、見えてきたのは立ち並んだ複数の円形の建物だった。周りには住民たちが歩き回り、洗濯物を干したりしている。
「――っと、あれが……」
「そうだ、俺たちの家だ」
そう言いながらハサムは手を大きく振り回す。それに気づいた住民たちが手を振り返し、周りの住民に声を掛けていた。
次第に集まってくる住民たちを見据えながら、ライルは目を細める。
(――ここがカルガン族の住まいか)
想像以上に広く、多くの住居が並んでいる。それなりに人の姿もあり、住居の向こう側には放牧されている馬などの家畜が見えた。
ライルたちが立ち並ぶ住居まで近寄る頃には、住民たちの多くが顔を見せていた。その先頭に立つのは、厳めしい顔つきの年嵩の男性だ。
ハサムがひらりと馬から降りると、その男性に頭を下げた。
「族長、ただいま戻った」
「うむ、ご苦労だった。ハサム」
続いてライルたちも馬を降り、歩み寄る。ライルはアリシアに手綱を預けると、族長の前に進み出て敬礼した。ハサムがライルを手で示して笑う。
「族長、この方が新しい将軍のライル殿だ」
「お初にお目にかかる。ライルだ」
「族長のヴァルゴである」
ヴァルゴは頷きながら手を差し出した。ライルは彼の握手を交わしながら微笑む。
「今回はお招きいただき感謝する。ここに赴任した身として一度、遊牧民族の皆さんには挨拶せねばと思っていた」
「ハサムから経緯は聞いている。王都の政争に巻き込まれたそうだな」
「ああ、いかにも。軍を動かし、この地を騒がせたことは申し訳なく思う」
「なんの。協定が守られ、我々の自治が保障されるのであれば、我らとしては多少のことは目を瞑ろう。カルガン族は王国と関係を維持していきたいと思っている」
「それはありがたい。こちらとしても互いに尊重し合えるように配慮したい」
ライルとヴァルゴの視線が交錯する。ヴァルゴはライルの目をしっかりと見据えて頷くと、手を住居の方に向けて低い声で告げる。
「こちらで詳しいことを話そうか」




