第14話
かつてヴィクトリオ王国は西方に住まう遊牧民族と対立していた。
支配域を広げる王国は西方も支配下に収めようとしていたが、遊牧民族は王国に傘下に加わることを認めず、それどころか近隣の村の家畜や農作物の略奪までしていた。
そのため、その西方を平定するために組織されたのが征西軍である。
征西軍は遊牧民族と戦い続けていたが、そんな中で新たに就任したフェルディナンド将軍――王弟でありながら軍務についた彼は柔軟な対応を行った。遊牧民族を打ち破るだけでなく、対話を以て恭順させようとしたのである。
無論、一筋縄ではいかなかったが、彼は粘り強く交渉を続ける。
その甲斐あってか、遊牧民族の中の一つの氏族が歩み寄りを見せ始めた。
それがカルガン族である。
彼らはフェルディナンド将軍と話し合い、やがて一つの協定を結んだ。
この西方を王国領土内と認めること。その領内では恭順した民族に自治することを王国は認めること。自治領外で略奪や襲撃などを行わないこと――。
等々、いくつかの条項を話し合いで決められ、その協定の締結を以てカルガン族は王国に恭順を表明した。形だけではないと証明すべく、彼らは族長の娘を将軍に差し出すほどだった。
フェルディナンド将軍の代では平定を成し遂げることができなかったが、後を継いだ征西将軍たちはその方針を引き継ぎ、カルガン族を介して他の種族と話を進めていく。
そして最後まで恭順を認めなかった一つの氏族は武力で滅亡させると、完全に西方の平定を成し遂げ、王国領内に正式に組み込むことになった。
その際にはカルガン族が先頭に立ち、王国軍と共に戦ったという。
つまり、カルガン族は王国の西方平定に大きく関与し、貢献した氏族なのだ。
(だから、挨拶はそれなりに気を引き締めないと――とは思うのだが)
城門の外に出たライルは目の前の光景に思わず足を止めていた。そこでは民族衣装を身に纏った男が軍の馬の首に抱きつき、楽しそうに笑っていた。
傍らの兵は困惑しながらそれを止めようとしているが、気にもしていない。
横に並んだアリシアが苦笑しながら小さく告げる。
「カルガン族は馬や家畜と共に遊牧する民族であり、馬術や武術に秀でていると聞きます。馬が大好きなんですかね……?」
「……そのようだな。馬に話しかけているようにも見える」
「ライル将軍、仲良くできるのでは?」
「さぁ、どうだろうか」
ライルとアリシアは顔を見合わせてから、男の方に歩み寄る。近づく二人の姿に兵は気づくと、慌てて敬礼した。
「将軍! すみません、客人が勝手に……!」
「はは、すまんな! 立派な馬がいるものだから、ついな」
振り返った男は豪快な笑いを響かせ、ライルの方に進み出る。
その彼が身に纏っているのは深い赤や土色が入り交じった厚手のローブ――袖口や襟口には独特の文様が刺繍されているのが特徴的だ。腰には幅広い帯や革のベルトを装着し、小さな袋や道具をぶら下げている。
まさに、遊牧民族を思わせる格好にライルは目を細めた。
「ここの軍の指揮をしているライル・ベルガルトという。カルガン族の方だな」
「うむ! 我が名はハサム。カルガン族の族長の息子だ」
ハサムは笑いながら頷くと、手を差し出した。ライルはその手を取り、しっかりと握手をする。その掌の感触にふと目を細める。
(――大分武器を使うな。恐らくは槍か)
ハサムも何かライルの手から感じたのだろう、ほう、と小さく声をこぼす。
「剣を遣われるのかな。ライル殿」
「ああ、ハサム殿は槍か。なかなか遣えそうだ」
「はは、カルガン族の名に恥じない程度には戦えるとも」
「こちらも王国軍に恥じない程度には、という程度だが」
ライルとハサムの視線が交錯する。同じ武人の匂いを嗅ぎ取り、気迫を滾らせていた。一方でそれを呆れたように見ていたアリシアは咳払いをして告げる。
「将軍、ご用件を伺っては?」
「あ、ああ、そうだった――それでハサム殿、今回はご挨拶に来た、と伺っているが」
「左様。ウチの者がここに新しく軍が来たと聞いてな。協定を結んだ氏族として挨拶に来ねばならんと思ったのだ」
「そうだったのか。わざわざ足労いただき感謝する」
「礼には及ばん――ところでライル殿、質問があるのだが」
さりげなく切り出された言葉。だが、ハサムの目がわずかに真剣な光を帯びたのをライルは見逃さない。彼は軽く頷くと、ハサムは腕を組んで告げる。
「今まで王国は我々の自治に一任し、ここ十数年は軍を置くことはなかった。それなのに何故、突然ライル殿はやってきたのだ?」
「いろいろ理由があってな――立ち話も難だから、少し座って話すか?」
「うむ、構わん。事情があるならば、聞かねばなるまい」
「まぁ、遊牧民族のハサム殿たちには関係ない話だがな」
気を利かせたアリシアが椅子を持ってきてくれたので、ライルとハサムは向かい合って腰を下ろす。真剣な視線を向けてくるハサムにライルは静かに語った。
元々、ライルは北部の平定をする軍の一員だったこと。
だが、父が討たれたことで急遽指揮を執り、敵を討ったこと。
その褒美に将軍になれたが、出世を妬まれてこの城砦に送られたこと。
ハサムにも理解できるように、分かりやすくライルが語ると、ハサムは厳めしい顔に眉を寄せながら、ううむ、と唸った。
「度し難い話だな。そのような武勇に優れた者を何もない場所に送り込むとは」
ライルの背後でアリシアが激しく頷く気配が伝わってくる。少し苦笑をこぼしてから、ライルはハサムに向き合ってしっかりと伝える。
「ここに軍を置いてはいるが、何か自治に干渉するようなことはしない。むしろ、軍に関して協力できることがあれば、対応しよう」
「ふむ――承知した。その言葉、我が族長や他の氏族にも伝えよう」
ハサムは深々と頷くが、その眉間の皺は拭えていない。彼は腕を組みながら続ける。
「ただ、この軍の駐屯で他の氏族は少し警戒心を抱いている。もしかしたら、我々の自治が脅かされるのではないか、と」
「そんなことは誓ってない――が、会ったばかりでは信頼できないか」
「うむ、ライル殿は人を騙すようには見えないが、万が一ということもあるのでな」
「ならば、少しずつ信頼してもらえるように努力しよう」
ライルの言葉にハサムは笑いながら頷き、ライルの肩を強く叩いた。
「俺個人としても、ここの軍人たちと仲良くやっていきたいと思っている。ここに来るまでに少し話したが、気持ちのいい連中だ。それに馬の面構えもいい」
「馬の面構え?」
「ああ、互いに信頼し合っているのがよく分かる。しかし、この辺りの馬ではないな」
「北部の牧場で育った子たちだ。見て分かると思うが、逞しいぞ」
「なるほど、足腰が非常にしっかりしている馬だな」
「そちらの馬もなかなか逞しいと思うが」
視線を城壁の近くにいる馬に向ける。そこにはハサムの連れと思しき民族衣装の男たちが馬たちの相手をしている。
「軍馬とは少し細身ではあるが、その分、瞬発力がありそうな脚だ。この荒原の環境に適した馬なのかな」
「ふふ、ご明察だ。ライル殿。足の速さならこの子たちに負けないぞ」
ハサムは自慢げに言いながら、ライルを見てにやりと笑う。
「ライル殿は馬のことも分かるようだ。是非とも、我が氏族たちに会ってもらいたくなった。きっといい酒が酌み交わせるはずだ」
「なら、挨拶に行こうか。遊牧民族の皆々とは仲良くしたいからな」
ライルの言葉にハサムは少し目を丸くしていたが、やがて嬉しそうに頷いた。
「そうか! そう言ってくれるなら、ぜひ歓迎しよう! すぐ行くか?」
「いや、さすがにすぐはな。アリシア、いつが都合良いと思う?」
口を挟まず静かに後ろに立ち続けるアリシアに問うと、彼女はすぐに口を開いた。
「五日後が良いと思います。それなら同行者の人選も余裕を以てできます」
「だ、そうだ。ハサム殿、それでいいか?」
「ああ、分かった。なら五日後の朝、迎えに来る。その日を楽しみにしている」
ハサムはにやりと笑いながら拳を突き出す。ライルは拳をぶつけ合わせながら目を細める。
(遊牧民族たちか。どんな人たちがいるのか――)
今から会うのが、楽しみだった。




