第13話
バスカル城砦の修復は想像以上に早く進んだ。
アリシアが手配した資材が潤沢にあったことや、兵士たちの士気が高かったこともあり、城壁はもちろん、城塔、宿舎は次第に機能を取り戻しつつあり。
城砦は廃墟から堅牢な防御施設に蘇り始めていた。
「まだ仮設の段階ですが、厩もできましたね。将軍」
「ああ、そうだな。ようやく馬たちを屋根の下に入れられた」
城門近くの空き地だった場所――そこには木造の建物ができていた。
壁は厚い板を打ち付けただけの簡素な造りであり、屋根は萱葺きだ。中には乾いた藁が敷き詰められ、馬たちはそこで思い思いに過ごしている。
神経質な子たちは新築の小屋に落ち着かなさそうだが、これで充分そうだ。
ぐるりとそれを視察したライルは一つ頷き、傍のアリシアに微笑みかける。
「よく作り上げたな。アリシア」
「工兵部隊の皆さんのおかげです。私は言われた通りの資材を手配することしかできませんでしたし」
「それでも、だ。これで雨風から馬たちを守れるな」
「ですね。ただ、課題はまだありますが。水が少し足りない点ですね」
ちら、とアリシアは視線を厩の片隅に向ける。そこには汲み上げた水が置かれているが、そこには充分な水が溜められているとは言えない。
「やはり、この荒原では井戸だけでは水がどうにも」
「そうだな。近くの泉には連れて行くようにしているが」
ただ、そうなると兵たちの手がそれで埋まり、他の仕事が回らなくなってしまう。特に今は城砦内の修繕で忙しい時期だ。どうにか改善したいところではある。
「誰か馬に詳しい奴でもいればいいんだがな」
「いないんですか?」
「北部軍にはいるさ。ただ、征西軍には来なかったようだな」
ライルはそう言いながら厩の一角に向かう。そこには彼の愛馬もいる。
「こいつの世話をしてくれた奴なんだが。こっちに来てくれなかったのは残念だ」
吐息をこぼしながら、愛馬を真っ直ぐに見つめる。
黒鹿毛の馬であり、その体躯は堂々としている。共に北部の険しい地形を駆け回った仲だ。彼の首筋に手を置くと、彼は鼻を鳴らした。
「シュバル、でしたか。いい子ですね、本当に」
「ここまで信頼してくれるのには、大分時間が掛かったがな。気性は荒いぞ」
「――そうは見えませんけどねぇ」
「少なくとも信頼できる人間しか世話を任せない」
ライルはブラシを手に取ると、軽く彼の身体を梳いてやる。シュバルは軽く吐息をこぼすのを聞きながら、ライルは声をかける。
「厩は良さそうか? 居心地は悪くないと思うのだが」
それにふんす、と鼻息で応えるシュバル。悪くないらしい。
「ライル将軍の言葉を理解しているのでしょうか」
「さぁな。ただ、ニュアンスは汲み取っていると思う。ここぞ、というときは俺の意図を汲んで動いてくれるからな」
おかげで何度か戦闘で命拾いしているくらいだ。ライルはシュバルの身体を軽く撫でながら視線をアリシアに向ける。
「アリシアの馬は、近衛からの支給だったかな」
「ええ、そこの白い子です。毛並みはすごく綺麗なんですけどね」
アリシアは視線を反対側の馬房に向ける。そこでは他を寄せ付けないような気品に溢れた馬がいる。ライルの視線に気づくと、顔を素っ気なく背けた。
どうにも嫌われているらしい。苦笑をこぼしていると、シュバルが足踏みをして身体を押し付けてくる。おっと、とライルはブラシを握り直した。
「すまん、まだ途中だったな。悪い」
丁寧にシュバルの毛を梳いていくと、こっちも、とばかりに首筋を向けてくる。ライルは笑いながらその首筋までブラシを掛け続けると、ぽつりと声が響いた。
「いいなぁ……」
「ん?」
視線をアリシアに向ければ、彼女はどこか羨ましそうな目つきをシュバルに向けていた。振り返ると、慌てて咳払いをしてから首を振る。
「な、何でもありません。将軍」
「ん、そうか。てっきりアリシアも撫でて欲しいのかと」
ライルは冗談めかした口調で笑いかけると、アリシアはぴたりと動きを止めた。それから彼女は顔を真っ赤にさせて顔を伏せさせた。
その様子に思わずライルは目を丸くした。
(――え、マジか)
てっきりライルとシュバルの関係性を羨ましいのかと思ったのだが。
まさかの冗談の方が的中してしまったようだ。
アリシアはもじもじしながら上目遣いでライルを見つめてくる。その熱を帯びた眼差しに少し迷いながらも、誘われるようにライルは手を伸ばし――。
「将軍! いらっしゃいますか……!」
不意に響き渡った声に、ライルは思わず手を引っ込めた。アリシアも慌てて距離を取り、顔を背ける。そこに一人の兵士が入ってきて敬礼する。
「至急報告したいことがあり、参りました! 今よろしいでしょうか」
「あ、ああ、構わないが」
咳払いをしてからライルはブラシを置き、その兵士に向き直る。
(今日の巡回に出た部隊の隊長だな。となると、巡回の報告か)
部隊長は敬礼した手を下ろすと、きびきびした口調で発言する。
「巡回中のことですが、遊牧民族からの接触を受けました」
「遊牧民族?」
「はい、カルガン族の代表と名乗っています。将軍に挨拶を希望されたので、城砦まで共に同行していただきました。現在、城門の外で待たせています」
「なるほど、了解した」
カルガン族は西方の遊牧民族でも代表的な氏族であり、王国に恭順を誓っている。そのことは兵士たちも把握しているため、丁重に連れてきてくれたのだろう。
良い判断だ、と頷き、ライルは部隊長に声を掛けた。
「すぐに挨拶に向かう。城門の前でもう少し待つように伝えてくれ」
「了解しました!」
部隊長は再び敬礼し、厩から駆け去る。それを見届けてから視線をアリシアに戻すと、彼女は頬を叩いて表情を切り替えていた。まだその頬は赤みが抜けていない。
「アリシア、聞いていたな」
「はい、もちろんです。ご挨拶に同行させていただきます」
敬礼したアリシアは小さく吐息をこぼす――少しだけ残念そうな表情を見せながら。
それにライルは少し迷ったが、彼女の傍を通り抜けざまに手を持ち上げ、彼女の頭にぽんと掌を載せた。少しだけ撫でると、彼女は息を呑む気配が伝わってくる。
ライルはその彼女の顔を確かめず、ただ素っ気なく告げた。
「行くぞ。アリシア」
「――はいっ」
彼女の嬉しそうな、弾んだ声を聞きながらライルは厩から出る。その後ろからはシュバルの大きなため息のような鼻息が響き渡っていた。




