表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

第9章真実への足跡

午後の光は、まだ柔らかく邸宅の廊下を照らしていた。

だが、その光はエミリーの心に届かない。胸の奥に、冷たい疑念が渦巻いていた。


バルコニーで見た景色――崖、白百合、そして何よりも「遺体のない事故」の知らせ――が、頭を離れない。


「……カルロスは本当に……」


小さな独り言。だが、その声には迷いはなかった。

自分で確かめる――そう心に決めた瞬間から、彼女の目は冷たく鋭い光を帯びていた。


ジョセフは一歩後ろに下がり、静かに見守る。


朝からここに滞在していた彼は、エミリーの安全を守る一方で、必要に応じて調査に動けるよう準備を整えていた。


エミリーは黙って頷き、廊下を進む。

使用人たちの視線を感じながらも、彼女の歩みは迷わない。

長い廊下、重厚な扉、歴代の肖像画。全てが静かに、だが鋭く見下ろしているかのようだった。


最初に立ち寄ったのはカルロスの書斎。

机の上には書類が整然と並ぶ。だが、よく見ると一枚だけ位置が微かにずれている。

エミリーはそっと指先で触れ、紙の裏に何か書き込みがないか確認する。


「……誰かが触ったのね」


その瞬間、ドアの向こうで微かな物音。

使用人の足音か、あるいは……伯爵か。

エミリーはすぐに振り返り、静かに身を隠す。

息をひそめる彼女の目に映るのは、廊下を通り過ぎるイワン伯爵の影だった。


――動きが不自然だ。

足取りは落ち着いているが、視線はあちこちに散らばる。

感情を見せずに、何かを探しているかのような動き。

事故の報告後に家の今後を語ったあの口ぶり……あれも演技だ。


エミリーは静かに息を整える。

「……この人は何か隠している」


ジョセフがそっと声をかける。

「奥様、もし何か手がかりを見つけたら……」


エミリーは振り返り、真剣な眼差しをジョセフに向ける。

「……あなた、手を貸してちょうだい。あたくしが直接行動するわ」


ジョセフは一瞬、微笑むように小さく頷く。

(やはり、彼女は自分で動く……だが、無謀ではない。頼もしい)


二人は邸宅内の調査を進める。

使用人の動き、物の位置、書類の細部、隠し扉の可能性。

エミリーは鋭い目で一つひとつ確認する。


やがて、庭へと出る。

崖道に向かうため、馬車を手配していた使用人が待機している。

崖道に立つと、先日の事故現場が一目で分かる。

馬車の車輪跡、落下の跡、微かな足跡――風で消えかけた痕跡も、彼女の目を逃さない。


「……誰かが手を加えたかも」


ジョセフが隣で頷く。

「その可能性はあります。現場には不自然な点がいくつも……」


風が崖を吹き抜ける。

遠くに見える谷底に、まだ何かが残っているような気配がする。

エミリーの心臓が高鳴る。


「……カルロスは生きている。そう信じたい」


静かに、しかし強く胸の中で念じる。

目に見えぬものを信じる力。

それが今、彼女を突き動かしていた。


午後の光は傾き始め、影を長く落とす。

邸宅と崖道、二つの舞台に分かれる視線の中で、真実の輪郭はまだはっきりしない。

だが確かなことがある。


――イワン伯爵は、何かを隠している。

――カルロスは、まだ死んでいない。

――そして、エミリーは自分の手で真実を掴もうとしている。


二人は馬車に戻る。

沈黙の中、互いの覚悟を確認しながら、邸宅へと戻る。


夕暮れの光が、庭の白百合を赤く染める。

影は伸び、すべてを覆う。

まだ見えぬ真実。

そして、これから始まる新たな行動の幕開け。


馬車で邸宅へ戻る道すがら、エミリーはふと崖の方に目を向けた。

「……あの足跡、完全に自然じゃない……誰かが意図的に作った……?」


ジョセフは静かに頷く。

「可能性は高いです、奥様。しかも、この跡の向きや深さは、何かを隠そうとしているように見えます」


その言葉に、エミリーは小さく息を吐く。

心の奥で、カルロスが生きていると信じる思いと、イワン伯爵が何を隠しているのかを突き止めたい衝動が、せめぎ合う。


邸宅に戻ると、廊下の角に落ちていた紙片に目が止まった。

僅かに破れた角が、先ほどの書斎で見た書類と同じ紙質を示している。

「……これは……」


ジョセフがそっと肩越しに覗き込む。

「奥様、この紙……伯爵の行動と関連があるかもしれません」


夕暮れの光が白百合の影を長く伸ばす中、二人の背後には、まだ誰も気付いていない真実の影が揺れていた。


――次に何が起こるかは、まだ誰にも分からない。

だが確かなことは、エミリーは自分の手でその謎を解き明かそうとしているということだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ